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「……ん」


 目が覚めると、アタシはドレス着のままベッドで寝ていました。


 えと――

 ……そう。アタシは豚と性交する羽目になって、それで……!


 やたらと風通しがいい部屋を疑問に思いつつ起き上がります。


「なっ……!?」


 これはどういうことでしょうか?

 寝室の壁が崩れています。


 て、天変地異でも起きたんですかね。


 粉々に崩れた壁から、おそるおそる外へ出てみました。


「そらっ。そらっ。そらっ」


「はぶッ!? ぶひッ!? 動けな――ぶひぃッ!?」


 32階の部屋にいたはずが、なぜか外には地面があります。


 いや、それはいい。

 全然よくないですが、目の前の光景に比べればかわいいもんです。


 部屋のすぐ外では素っ裸の豚――クリムド伯爵が、仮面の男から何度も何度も頬を叩かれてます。


 伯爵はまるで縛られてるかのように両手を頭の後ろで組み、繰り返される平手打ちに身をよじらせています。


「“影身の大檻獄(モス・ラ・ハーン)”すら防げぬとは。よく【帝魔】などと恥ずかしげもなく名乗れたものだ。【低魔】と改名したらどうだ?」


 仮面の男は高笑いしながらパシン! パシン! とそれは楽しそうに伯爵を叩いていました。


 裸の豚が仮面の男に嬲られている。

 おぞましい光景です。


 というかあの声、不遜な態度。

 どう考えてもエイザークですね。


 仮にもアタシの師を名乗っておいて、あの男は一体なにをしてるんでしょう。


「……む。おいシエラ! 目覚めたのなら早くこっちに来い!」


 しまった。

 エイザークに気づかれてしまいました。


 よく周りを見れば凄い数の帝国兵に囲まれてますし、こんな異様な空気の中に出ていきたくないです。


 ですがエイザークの命に背けば、もっとひどい醜態を晒す羽目になります。


 アタシは仕方なく、仮面のエイザークに駆け寄っていきました。


「し、師匠! こんなとこで何やってんですか!?」


「決まってる。おまえを捕まえに来たのだ。借金も倍増したわけだし、簡単に逃げられると思うなよ?」


「え、あっ」


 膝裏と肩を掴まれ、簡単にひょいと抱えられちゃいます。


 恥ずかしい。

 なんか、ちょっとだけですが、お姫様みたいな扱いに顔が熱くなっちゃいます。


 こいつは、ホントにアタシを救いに来た。

 変な仮面はマイナスポイントですけど。


 どうやったか知りませんが、たった一人で帝国兵を翻弄し、あまつさえ【帝魔】を無力化してアタシを助けたんです。


 どうして、そこまで。

 お金のためだけじゃないですよね?

 ホントはアタシを好きなんですよね?


 腕の中からエイザークの顔を見上げますが、仮面が邪魔で表情が読めません。


「はあ……はあ、貴様、ワシにこんなことをしたからには、楽には殺さん……ッ!」


「いつでも受けて立ってやろう、我が居城でな。それまでの間、おまえの嫁(・・・・・)はたっぷりと可愛がっておいてやる」


「ぐ……ぐぬぬ……!」


 真っ赤になった頬で恨み言を述べる豚に、エイザークはそんな台詞を返しました。

 下腹がキュンとします。


 もしかして、こいつ……ウィンスダムの家に被害が及ばないよう演じてるんでしょうか?


 颯爽と踵を返すエイザークを、帝国の兵は誰も止めません。


 ホントにどうやって……


 例えばですが、エイザークは凄い魔術師だったりするのでは。

 なんて思いが沸き上がります。


「叩きすぎて手の平が痛い。では、そろそろ帰るぞシエラ。しっかり掴まっていろ」


「は、はい。師匠」


“しっかり掴まれ”という命令なのだから、仕方ありません。

 仕方なくです。

 仕方なく、アタシはエイザークの首にギュッとしがみついちゃいます。


 ああ――なんだか懐かしい匂い。

 鼻をすんすん鳴らしました。


「鼻息がこそばゆい。もっと離れろ」


「はあ? 師匠が、ん、ちゅ。しがみつけって、ちゅ。ちゅ。言ったんですよね?」


「首をついばめとは言ってないだろうが!」


 ――はっ!


 あ、アタシは何を……


 おそらく豚との性交を覚悟したときに、変なスイッチでも入っちゃったんでしょう。

 無意識の暴走、恐るべし。


 だけどほら、これはご褒美なんです。

 ちゃんとアタシを助け出したエイザークに対する褒美のつもりなんですよ。


 だからもうちょっと。


 アタシは舌を伸ばしてまた首もとに――


「引くほど大胆ねぇ、処女のくせに」


「わああああ!? な、なんでディオネがここに!?」


 馴れ馴れしく言葉を投げてきたのは、いつの間にかエイザークの隣を歩くビッチでした。


 急激に体温が上昇して心臓がバクバクします。


「最初からいたでしょ? でもぉ、ほんとにシエラとお兄さん恋人だったんだぁ」


「恋人などではない」


「そ、そうです! 誰がこんな陰湿な魔術師♡ す、す、好きになるわけないですっ♡」


「温度差すごぉ」


「ちが……っ!?」


 紋様があるから喋り方はしょうがないのに!

 これじゃ一方的に、アタシだけがこいつを好きみたいじゃないですか!?


 弁明しようとするアタシを、ビッチは生意気にもずっとからかってきやがりました。


 学生時代のように、無詠唱魔術で泣かせてやったのは言うまでもありません。


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