魔犬DX
ウィンスダム家。
都市国家バモアのまさに中心へ位置する屋敷。
街の鉄鋼で固められた建物と比べれば、オーソドックスな造りの二階建てだ。
ただ規模はでかい。
オレの家の優に五倍はある。
強固な正門の前には、門衛らしき兵士が二名立っている。
家の周囲を見回っている兵士も複数いる。
「あれはユディール帝国の兵ではないか?」
「うん、そうだよ。シエラの家はユディールの兵士が交代で警備してるからぁ」
つまりユディール帝国はウィンスダム家に対し、自国の主要な拠点の一つと同程度の価値は見出だしているわけだ。
「で、どうする。正面から行くのか」
「わたしはお友達だから大丈夫だけどぉ……お兄さんは無理だよね? 顔も知られてるんでしょ?」
「別に強行突破するならどっちでもいいだろう」
「だ、だめだよぅ! 街中から兵士が集まってきちゃう!」
どれだけ集まろうと薙ぎ払うのに苦労もせんが、まあそんなことをすれば戦争は避けられんな。
「小さい頃シエラと家で遊んでてぇ、たまたま見つけた抜け穴があるの」
「抜け穴?」
「うん、たしか執務室に繋がってたはず。こっちこっち」
ディオネの後をついて歩き、ウィンスダム家から離れていく。
『売地』と札のかかった空き地へ入っていったディオネは、奥まった場所にある石畳を指さした。
「あったぁ! これこれ」
ディオネと一緒に石畳を持ち上げれば、地下へ続く穴に梯子が伸びている。
「地下か……危険はないんだろうな?」
「大丈夫! 子供の頃はなにもなかったよぉ」
何年前の話だそれは。
しかし他に道も無さそうなので、ディオネの後に梯子を下りていく。
地下は石造りの人工トンネルになっていて、四角にくり貫かれた壁が延々と奥まで続いている。
どこか底冷えするような寒さだ。
「暗くて不便だな。おいディオネ、“灯火”を使え」
「……え?」
「え? じゃない。低位魔術だよ、明かりを灯す魔術だ」
「わたしぃ、魔術は苦手でぇ」
「魔術学校の生徒なのだろうがおまえ!」
灯火は初歩中の初歩魔術だ。
冒険者をやっている魔術師で使えない奴など聞いたことがないし、人によっては火弾よりも習得難度は低いはず。
「も、もう二年も留年してるし、わたしほんとに才能無いんだよぅ。お兄さんが使って?」
「……オレは低位魔術が扱えん」
「だめじゃん!“レジスト”なんてものが使えて、なんで低位魔術が使えないの!?」
「人にはそれぞれ理由があるんだよ。仕方ないな、このまま進むか」
薄闇の中、ブーツと革靴の足音がコツコツ響く。
ディオネが人のローブを後ろからつまんでくるので、歩きにくくて敵わん。
しばらく進んだところ、不意に肌がぞわりと総毛立った。
「おい……今、魔力探知されたぞ」
「え、なにそれ? わたしなんにも感じなかったよぉ?」
それはおまえが鈍いからだ。
常にレジストを張って魔力を探っているオレにはわかる。
間違いなく侵入がバレたな。
「――見ろ。なにか来る」
「え? え!?」
ハッハッと獣の荒い息遣い。
足音を数えれば、二……いや三体か。
オレは懐からスクロールを取り出して前方の暗がりへ投げ込んだ。
“火弾”がトンネル内を赤く照らし、浮かび上がった四つ足の獣が火を避けるように四方へ散る。
「犬? いや、通常の犬ではないな。魔術によるなんらかの強化を受けている」
「どど、どうするの!? 魔術でどかーんってやっちゃってよ!」
「どかーんとやったらトンネルが崩れて生き埋めになるがいいのか?」
「だめぇ!!」
続けざまにスクロールを投げるも、黒犬どもはすばしっこく壁を蹴って立体的に動き回る。
こんな魔物じみた犬を作って、ウィンスダム家は怪しい研究でもしているのか?
「ディオネ、これで時間を稼げ」
スクロールの束をまとめてディオネに渡した。
せっかく“氷位領域”などという、滅多にお目にかかれない魔術を使ってやっているのだ。
魔術師を相手に楽をしたかったんだがな。
「――“不動の陣、彼の者の肉を縛り、影を縛れ、モース・モル・モルト・モート」
「えぇーい! このぉ! あ、あっちいってぇ!」
ディオネは滅茶苦茶にスクロールを消費していやがる。
二、三枚ずつまとめて投げつけている。
請求は当然シエラにするつもりだが、もたもたしていると全てのスクロールを使いきる勢いだ。
「――“地の呪縛、飛び立つこと敵わず、堕ちた天界の勇、取り込みて、呪いを深めん」
間断なく放たれるスクロールによって、犬どもはまるで近づけない様子。
しかしこれだけの魔術を撃っても仕留めきれないとなれば、並の魔術師はここで食い殺されて終わりだな。
「――“影身の大檻獄”!」
魔術の波動がズシ――と周囲に行き渡り、犬どもの動きが止まる。
グルグルと涎を垂れ流して全身を痙攣させる。
小範囲の金縛り。
受けた者は指の一本すら動かせまい。
「今だ、やれ。ディオネ!」
「は……ぐ……うご、けない、よぉ……っ……!」
そうか。
それはそうだな。
オレは新たなスクロールをローブから取り出し、黒犬どもに放った。
パッと炎に包まれ断末魔をあげる犬ども。
明るみの中でトンネルの奥を見ると、行き止まりに縄梯子が確認できる。
「出口かな。行くぞ」
術の効果は例によって一時間は続く。
仕方なくディオネを肩に担ぎ上げた。
滑り落とさないよう、やたらと柔らかい太ももをしっかりと握り込む。
「あ、足……っ、だめぇ、むずむず、する……!」
「文句を言うとまた片足立ちさせるからな。おまえ身体を売り物にしてたんだろう? 我慢しろ」
とはいえオレも体力に優れているわけではない。
ディオネを抱えながら、よたよたとなんとか梯子を上っていく。




