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師弟でお出かけ

 思いのほか早起きしてしまったので、外で朝の空気を吸っていた。


 肺に満たされる潮の香り。

 遠目に広がる海が、朝日を反射してキラキラ光っている。


 伸びなどして背骨をぽきぽき鳴らしていたところ、空を横切る黒鳥が一羽。


 黒鳥は何度か空を旋回すると、滑空しながら降りてきてオレの肩に留まった。

 細い足に封書が括りつけてある。


 郵便はまず各地の冒険者ギルドからギルドへ。

 専門の御者によって運ばれた後に、宛名の家々に配られるのが一般的だ。


 だがこの黒鳥はそれを介さず、郵便物を一個人へと届ける。


 カースという黒鳥の名にちなんで“カース便”。

 値段も相応に高い。


 封書を受け取れば、黒鳥はすぐに飛び去った。


「ふむ……」


 こんなものをオレによこす相手。

 見なくともわかるのだが、一応は封書を開く。


 中に記されているのは二言だけだった。

 日付けと場所だ。


 日時は今より三ヶ月後。

 場所は“グリフェン城”とある。


 グリフェン城とはたしか、ユディール帝国領地の古びた遺跡だったはずだ。

 ここからなら馬車で片道二十日以上はかかる。


 封書の最後には星形のような印があった。

 これは九つの台形が重なり合っているらしいが、まあどうでもいい。


 “九楼門(くろうもん)”のマークだな。


「――師匠。あっ、こんなとこにいたんですか」


「シエラか」


「朝食作りを強制させといて部屋にいないとか、ホント殺しますよ♡ とっとと食べてください♡」


「…………」


 背中がむず痒くなる甘い声音を発して、シエラはすぐに家の中へ引き返した。


 紋様の穴を突けて、してやったりのつもりなのか知らんが……

 本当にあれでいいのか、あいつ。


 読み終えた封書を空へ投げれば、たちまち燃え尽きて灰になり、風に流れていく。


 九楼門――魔神を倒したオレの前に、どこからともなく現れたじいさんが言ったんだったな。


“――お主は今日、この時より九楼門じゃ”


 などと勝手に組織の一員とされた挙げ句、今のように定期的に封書をよこしてくるのだ。


 この会合らしきものに一度も参加したことがないオレには、九楼門が一体どういう組織なのかさっぱりわからん。


 わかるのは、九楼門がオレを含めた九人の魔術師で構成されているということ。

 所属する魔術師それぞれが、希少な魔術の使い手であること。


 それだけだ。


 希少な魔術とは気になるが、どうせ遠からず向こうから接触してくるものと思われる。


 でなければ、九楼門に対しなんの貢献もしてないオレを組織に置いておく理由がない。


 どんな罠があるかもしれん場所に出向くよりは、苦言なり粛清なり奴らが実行しに来たところを待ち構える方が気楽だ。


「まだですかねー? アタシ今日予定あるんです。マジ急いでくんないですかド変態♡」


「すぐに行く」


 玄関扉の隙間から覗いてくるシエラに、そう返事をして中へ入る。


 やっぱり普通に腹立たしいな、シエラよ。


 今回も九楼門の会合なぞに参加する気が無かったオレは、調子に乗った弟子にどんな仕置きを与えてやろうかと考えていた。




「――ごちそうさま。今日もひどい味だったぞ」


 歯が欠けそうなほどカチカチに堅いパンと、野菜くずが浮いた雑味満載のスープ。


 パンはスープに浸せば柔らかくはなるが、その分どうやればこんなダシが出るのか理解できない苦味を吸い、端的に不味くなるのだ。


 平らげた皿をテーブルの隅にやり、スプーンを握りしめてわなわな震えているシエラに話しかける。


「ときにシエラ。おまえ今日は予定があるとか言っていたな? どんな予定だ」


「……は? なんでアタシの予定を教――ひッ!? あああああ――~~~~ッ!?」


 シエラの手からスプーンが落ちた。


 馬鹿め。油断したな。


「どうした? 大きな声など出して」


「ふッ……ふッ……い、いえ。今日はその、服を、買いに、行きたくて」


 耳まで真っ赤に染めて、口もとを覆いつつ涙目で返答するシエラ。


 こいつは声を出すことをいつも堪えていたから、さぞかし屈辱だろう。


「しかし、誰が勝手に服を変えていいと言った?」


「え!? で、でも、だってもうこんな服……いや、です」


「ふむ……たしかにな。その布服だけだと、洗濯もままならんか」


「洗濯はしてますがッ!? 夜とか洗って裸で寝て、その、朝にまた着るんです!!」


「おい唾を飛ばすな」


「くッ――この……この、陰険魔術師♡ ホントに大ッッキライ♡」


 忙しい奴だ。


 だが服か……それもいいだろう。


「喜べシエラ。オレも服の購入に付き合ってやる」


「え!? えと……いやいやいいです! 師匠の手を煩わせるわけにはいきませんからッ!」


「遠慮するな。弟子になった記念に服くらい買ってやろう。もちろんオレのセンスで選んでやる」


「あは……ホント、やめてくれませんか……♡」


 頬をヒクつかせるシエラを促し、オレ達は二人で家を出た。


 さて、シエラを屈服させる第一歩だ。

 どんな服を着させてやろうか。


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