エリアボス:クロウベアー
初期装備である「旅人の杖」が壊れたのは地味にショックだった。というのも、あの後すぐに街へ戻り、武器調達の為に再度武器屋チャレンジを敢行し(もう混んでいなかった)売られている杖の欄を確認したのだが、どこにも旅人の杖は無かった。何軒か回ってみたりもしたのだけれど、どこをみても売られている物は同じだった。仕方ないので量産型な杖とロングソードを二本ずつ買って取り敢えず諦めることにしたのはついさっきの話。今はその新調した武器を手に、またも森に足を運んでいるところ。今回はレベリングや検証などではなく、もう第二の街を目指そうと思ったのだ。
やり残したことが無いわけではないけれど、それらは多分他の街にも同じ施設はある筈だから、取り敢えずは放置だ。
始まりの街である「アインスフィン」から第二の街である「ツヴァイダル」へ渡るには、初期スポーン地点でもあった森を抜けなくてはならない。
結構広い森だけど、迷う人が多いというわけでもないらしい。理由としては先ず真っ直ぐ進んでいけば抜けられることと、マップアイテムや機能は無いが方位磁針のような街の方角がわかるアイテムがあること。そんなわけで、普通に進めば一時間もあれば抜けられるようだ。しかし、そんな簡単に素通りさせてくれるほどこのゲームは甘くない。
「ガァロロォァ…」
森を進み続けると、段々と進める道が狭まっていき、最終的には一本道になる。そこを通っていくと、木の生えていない円形の広い空間にたどり着く。そこにいるのは現実にいる熊を二回りくらい大きくした灰色の体毛に覆われていて、ゴツい腕と鋭い爪が特徴のクマ型モンスター、エリアボスだ。名前はたしか、剛爪の大熊だったかな。割とそのままだね。
「ツヴァイダル」へ行くには彼…彼女?を倒さなければならない。
「三、四人で組んで挑むのが普通らしいけど……まあ最初のエリアボスだしいけるよね」
右手に剣、左に杖を構えて相手を睨む。対するあちらは一人でいる僕を見て完全に油断しているようだ。
なので一発目はありがたく当てさせてもらおう。
「『アル・ファイヤ』」
気がつけば魔法のレベルも上がっていて、新たに使えるようになったのはこの『アル・ファイヤ』。名前から察せるとは思うけれど、これはファイヤの強化版だ。どこが強化されたかと言えば、火球の大きさと威力と、あと消費MPだ。最後のは強化とは言わないかな?
バスケットボールくらいの大きさの火球が顔面にぶつかり爆発。綺麗に顔面に当たったお陰か、それなりにダメージが入ったらしくめっちゃ叫んでいる。
「そんなに怒らないでくれよ、油断していた君が悪いんだろう?」
そう言った僕にさらに怒ったのかは知らないけれど、二足立ちになって威嚇してくる。
そんなのは構わず僕は接近していく。まあ何となく次の攻撃が予想できるので準備はしておく。
「ガァァァ!!」
予想通り右前足での大振り、それを掻い潜りながら相手の脇を斬り裂き通り抜ける。
うん、刃もしっかり通るみたいだ。この調子でチクチク攻撃すればいけるかな。
未だ正面を見るクロウベアーに「アクセル」を使いながら再度接近。無防備なその背中に剣を振り下ろそうとした瞬間、振り向きざまの大振りで対応してきた。
これはもう一発くらい叩き込めるだろうと油断していた僕が悪いね。避けることは出来ないので、振り下ろしていた剣を軌道修正し爪にぶつける。当然僕が力負けし、後方に大きく吹き飛ばされてしまった。取り敢えず体勢を整えようと受け身を取りながら距離を延ばす。
常に視界の端に存在するHPバーを見てみれば、ほんの少しだけ削れているのがわかった。無敵状態でもなんでもないのでHPが減るのは当たり前なのだけれど、地味にこのゲームを始めてから初の被ダメージなのだ。ゴブリンたちから攻撃を食らうのは何か癪だったから、意地でも食らってやるものかと、立ち回ってきたのだ。
剣を振って腕の調子を確かめる。特に痺れもないので問題は無さそうだ。
それにしても、相手さんの反応が思ったより良いもので焦ったよ。次は油断しないからね。
「『ファイヤ』」
なんだか殆どの戦闘で牽制としてしか使っていない気がする魔法を放つ。今回も突進してくるクロウベアーに牽制目的だ。
いや、本当はジョブボーナスやらステータスやらで魔法の方がダメージは多く入るのだけれど、正直な話、魔法は使いづらいのだ。僕は偏差射撃とかが得意とはいえ、それでも銃や弓と違って自分で狙っている感覚が薄くてどうにもやりづらい。それでも魔法を選んだのはチャレンジ精神から来るものかな。
放った火球は前足に命中するが、クロウベアーは止まらない。足をもつれさせて転んでくれることを期待してたんだけど、残念。
横に回避してすぐに「アクセル」を使って近づこうとするが、まだリキャストタイムが終わっていなかったので普通に走る。
「ガルァァァ!!」
またも右の大振り、タイミングを合わせて避けつつ太腿あたりを斬り裂く。そこから左の杖で喉を突いた。
「おっ」
喉への攻撃はクリティカルが入ったようでクロウベアーはノックバック。うーん、なんだかこのままゴリ押しでいけそうな気がする。ちょっとやってみようか。
ノックバック状態の隙を突き、今度はちゃんとクリティカルが入るように狙って太腿あたりを斬りつける。少し体勢を崩した。
「また隙が出来てるよっと」
打撃属性に補正が掛かるスキルを使いながら、杖で腹を叩く。スキルの力とクリティカルのノックバックが合わさってか、クロウベアーは後ろから転んだ。やっぱりゴリ押しが効きそうだね。
起き上がる前にリキャストタイムの終了した「アクセル」を使い、素早く顔付近に近づく。そして剣を手放し、杖の先端を下にして両手で握りしめる。
おいおいクロウベアー、君はエリアボスだろう、なんでそんなに怯えた目で僕を見るんだ。そんなことをしたって僕は止まらないぞ。
「ガッッ!?」
杖を思いっきりクロウベアーの口の中に突き刺した。この距離で暴れられたら間違いなく僕の紙装甲では潰されてしまうので、早いとこ、やることをやっちゃおう。
「『ファイヤ』『ファイヤ』『ファイヤ』『ファイヤ』『ファイヤ』―――――」
割と早い段階で気づいたことだけれど、魔法はスキルとは違いリキャストタイムが無いので、MPがある限り連射が効くようなのだ。
正直PvPで使われたらだいぶ厄介だと思う。他の人はどうやって対処してるんだろうね。
「―――『ファイヤ』」
僕のMPが無くなるのと同時にクロウベアーはドロップアイテムとなった。やった僕が言うべきではないけれど、なんだか可哀想だった。……ごめん。
「ドロップアイテムは……爪と毛皮か」
爪は武器で、毛皮は防具用か。正直、装備品よりもお金を優先したいから売るのもアリかな。
主人公が使っているファイヤの魔法は杖の先端部から発射されます。
「剛爪の大熊」
実は意志の森という名前のついたアインスフィンとツヴァイダルの中心部に存在するエリアボス。
ゴツい腕と鋭い爪がチャーミングポイントの脳筋熊で、基本的に左右どちらかの大振りを放ってくるため隙は大きい。特殊攻撃の威嚇があったが、残念ながら使う機会は無かった。