迫るゴブリンにフルスイング
僕が初めてフルダイブゲームに触れたのは、たしか十年と少し前だったか。当時から既にフルダイブ技術は確立されていたが、今ほど現実に近い世界は描けていなかった。それでも、僕の記憶の中には美しく残っている。思い出補正というやつだろうか。
新しいゲームを始める時は、いつもドキドキする。それこそ、初めてゲームを始めた時と同じくらいに。高校生にもなって子供らしいとは思うけれど、まあそれだけゲームは好きなのだ。
瞼を持ち上げると、見えてきたのは背の高い木々だ。足下はやや硬めの土が広がっている。
初期スポーン地点はどうやら森の中のようで、たぶん動作確認や戦闘のチュートリアルを兼ねてのことなんだろう。となると、はじめにやることはモンスターと戦闘しつつ最初の街を目指すことか。
もし初っ端から死亡したらまた森の中にスポーンするのかな?だとしたらキャラメイクの時に平民や回復のジョブを選んだ人は大変そうだ。最初の森だから意外と簡単に行けるのかな?
「……それにしても、すごいなぁ」
何がすごいのかと言うとこの世界そのものが、である。
頬を撫でるそよ風、靡く木々の葉。しゃがんで地面に触れるとひんやりとした土の感触。土を掴んでみると、一粒まで余すことなくしっかりと造り込まれている。
ここまでリアルなのは、本当にすごいことなのだ。開発者は変態に違いない。
「よっと」
すごいのは何もテクスチャーだけではない。
試しに手に持つ杖を振ってみてわかったが、驚くほどに現実と違和感なく身体が動くのだ。
これはゲームにもよるのだが、大体のゲームは大なり小なりどこか動きづらかったりするものだ。
これなら飛ぶように売れているのも納得できる。
「っと、そろそろ動かないと」
時間は有限である。さっきのキャラメイクで散々時間を浪費しといて言う言葉ではないかもしれないけれど。
ともあれ、移動だ。
「グギャ!」
街への道がわからないので完全に自分を信じて歩いていると、遂に第一村人……もとい第一モンスターと出くわした。この記念すべき出会いに選ばれたのは、ファンタジーRPGに彼ありと言われるほどに(?)メジャーなモンスター、ゴブリンさんだ。
個人的には嫌いなモンスターではないのだけれど、割と嫌われ役を担うことが多いから悲しいところである。……何故嫌いじゃないかって?そりゃあ序盤だとお世話になる存在だからさ。
「ともあれ、色々付き合ってもらうからよろしくね」
「グギャァァ!!」
甲高い鳴き声を上げて真っ直ぐ突っ込んでくるゴブリン。対してこちらは杖を構えて待つ。断っておくと、構え方は魔法を撃つ為にするような形ではなく、どちらかといえば野球でするような構えだ。
あまり上等なAIを積んでいないのか、ゴブリンは警戒することもなくあっさりと間合いに入り込んできた。
そしてフルスイング。
フルダイブ型が主流になった昨今での戦闘のコツは、躊躇しないことだ。電脳世界とはいえ、画面越しにではなく自分の身体を使って戦っているのだ。殴ること斬ること撃つことに躊躇していれば自分がやられてしまうので、殺られる前に殺ってしまえの精神が大事だ。
さて、フルスイングをしたのはいいものの、少しだけ吹っ飛んだゴブリンにはあまりダメージが入っているようには見えない。それどころかまた元気に突っ込んでくる。物理攻撃力1の杖で、なおかつ僕の貧弱なSTRではこんなものか。これが最前線のプレイヤーなら風船みたいに割れたのかな?こわいね。
「グギャァァ!!」
再度迫ってくるゴブリン相手に、今度は避けて足を掛けると予想通りゴブリンは綺麗に顔面から転んでくれる。
そして後頭部に杖を一発、二発、三発。起き上がろうとしたので顔面を蹴って怯ませ、さらに四発目五発目を叩き込む。そうすること計十二発目、やっとゴブリンさんは赤いポリゴンとなって散る。
「ごめんね、MPはあんまり使いたくないんだ」
とか言いつつも本音は何発殴れば倒せるか試していたのだ。
結果は最初のフルスイングと、途中に挟んだ蹴りを加えて計十五発。バフなしレベル1の貧弱ボディでこれは、ちょっとキツイかもしれない。と、いうのも、魔法使いとかバリバリの後衛職を選んどいてアレなのだけれど、暫くはソロで攻略するつもりだったのだ。敵の攻撃を避けながら魔法を撃つのは当然として、MPがなくなれば自分で殴りにいく気満々だったのだ。
「うーん、STRに振るべきか……いや、先ずは武器かな」
ステータスの方はMPとAGIとINTに振りたいんだけどなぁ。まあそれは追い追い考えるとして、今は早く街を目指さないと。既に杖の耐久が半分近い。次は魔法を使うにしても、低レベルの今では撃てる数もたかが知れているだろう。
「「「グギャァ!!!」」」
ああ、どうしてこういう時に限って囲まれるのか。LUCにほぼ振らなかったせいなのかな?
死亡すれば最初の街の前にリスポーンします。初期で戦闘向きではないジョブを選択した人は、死亡すること前提で作られています。
それから、開発者は変態です。