古典落語はしたくない3
音吉は、さも当然と言ったことのように答えますが、師匠は呆れるやら、驚くやら、まるでどうしたらいいのかわかりません。
「ええとだね、音吉や、そもそも私はだね、落語をやっている噺家なんだけれどもね、それがなんでクラシックミュージックだのロックだの言ってしまうお前がだね入門したのかね?」
「ええっ、師匠! 師匠は噺家さんだったんですか」
師匠は当然の疑問を口にしますが、音吉は根本的なことがわかっていなかったようです。
「そうだよ、音吉、私はだね、噺家なんだよというよりだね、そもそも、お前は私のことを何だと思っていたんだね」
「それはですね、師匠がテレビでですねマイクに向かって、何かわめいているところを見てですね、歌手か何かかなあと思った次第でありまして」
音吉はマイクで大声を出していれば、それはみんな歌手なんだと思っていたようです。
「音吉、お前ってやつは全くいやなことを言うねえ。確かに、噺家なんて言いながら、マイクを使っていたあたしもあたしだよ。本来噺家にとって、マイクなんて必要のないものなんだ。噺家にっとってはだね、目の前にいるお客さんに自分の声で話を聞かせてなんぼってものだからね。それにまあ、テレビの悪口を言っておきながら、自分もテレビにでているんだから、世話ないったらありゃあしないんだから。けどね、私にも義理とかしがらみとかいろいろあってね、テレビに出ざるを得ないって言うことが往往にしてあるんだよ。 正直あの時はねえ、目の前にマイクがあってだねえ、どうにもやりにくいったらありゃあしなかったんだが、いや、話がそれたね、まあ、音吉や、お前がそのロックだか何だか分からないけれども、そいつをだね、やりたいんだったらね、好きにおやりになったらいいよ。師匠とか弟子とか言うことはとりあえず置いといてね」
「師匠! ありがとうございます。正直『お前みたいなやつはもう師匠でもでしでもなんでもない』って言われるものかと覚悟していたんです。ぼくは今から師匠とは向かう方向は違うことになりますが、これからも師匠の弟子でいさせてもらってもよろしいでしょうか」
「ああ、もちろんだよ、あたしに教えられることはもう何もないけれどね、お前はこのさきもずっとあたしの弟子だよ」
師匠は内心もうどうでもいいと思っていたのですが、音吉はそんな事はつゆ知らず、ただただ感激するばかりです。
「師匠、ぼくは師匠の弟子で良かったです。不出来な弟子で本当に申し訳ありません。これからは離れ離れになりますが、心の中ではいつも師匠のことを思ってロックしていきたいと思います」
そう言うが早いが、音吉は脱兎のごとく駆け出して行きました。