第8話「お金、くれるの?」
◇
「なぜ効かないっ!? 俺の『ソウル・インフィニティ』は世界に存在するあらゆる事象を『付加価値のない絶対の零』に変換出来る唯一無二のスキルだというのに!」
「長ったらしい説明ご苦労様。でもねー、その『絶対の零に変換出来るチートスキル』を無効化できちゃうんだなー、こいつの『静』の力は」
「はははははっ! どうだ!」
ふんぞり返って快活な笑顔をチートくんに向けるクズ村は、スキルを無効化する動作をしているようには見えない。ふんぞり返って笑っているだけだ。
「あー、なんであたしが説明してんだろ。馬鹿だから? あんたが馬鹿だから?」
「馬鹿とか言うなよ! 傷付くだろ!」
傷付けるつもりで言ってるんだから傷付いてほしいんだけどね。
なーんて、乙女心を歌うラブソングの歌詞みたいに嘯いて、あたしはチートくんにとどめを刺す。
「『そーるいんふぃにてぃー』」
ぱあん、と空砲を打ったような音が響くと同時にチートくんは消滅した。チートくんの説明が本当ならおそらく、彼が存在した記憶も記録も……足跡一つさえ残さない完全な消滅だ。
「討伐完了ー」
まだらの渦に包まれながら、あたしはこの「動」の力を手に入れた日のことを思い出していた。
◇
「すみません、もう少しだけ待ってください……」
滞納している家賃を今日こそ払ってもらおうと乗り込んできた大家と、ひたすら頭を下げ続けるお母さん。空腹を訴える弟や理由もなく泣いている妹の声をBGMにして、両者の主張は平行線をたどっていた。
結局はその日も人のいい大家が折れて、お母さんはほっとしたのか情けない苦笑を浮かべていた。
「ごめんね、アリス」
何について謝られているのかわからなかったけれど、「大丈夫だよ」とあたしは微笑んだ。微笑むことくらいしか、出来ることはなかった。
バイトするよ、と申し出たことは何度もあったけれど、それよりも弟達の面倒を見てほしいと頼まれた。そのぶん私が働くから、とはお母さんは言わなかったけれど、目元の隈は日に日に濃くなっていて、昼夜問わず何らかの仕事に勤しんでいた。
どうしてこんな暮らしを送っているのか、深く考えたことはなかったし、考えたくもなかった。いなくなった父親のことについてお母さんに訊ねることもせず、お母さんの口からその話題が出ることもなかった。
ジャッキーと出逢ったのはそんな「困窮」という言葉を体現したような暮らしを送っていたある日のことだ。
白昼夢かと思った。いつものように学校に向かっていた時、突然、光と闇のまだらの渦に包まれた。とうとう、おかしくなってしまったんだ、あたしは。渦の中、膝を抱えてうずくまっていると急に視界が晴れて、あたしはファストフード店の中に現れた。
膝を抱えていたはずなのに、いつの間にか椅子に座っている。向かいの席は空いていたけれど、そこから声が聞こえた。
願いを叶えてあげるから、ちょっとバイトでもしてみない~?
ふざけた声音だったけれど、あたしは縋った。夢の中だと思っていたから、お母さんの前では決して見せなかった大粒の涙を零しながら「お金、くれるの?」そう呟いた。
「バイト」の説明を受けて、あたしは素直に従った。夢にしてはだいぶ具体的で、ちょっと面白そうだったから。
名前も姿もないその存在は、あたしの返事を聞いて満足したようだった。
とりあえず、先に振り込んでおくね~。
数日後、買った覚えのない宝くじが教科書の間から出て来て、十分すぎるくらいの金額が当選していた。嬉しかったけれど、それ以上の恐怖を覚えた。
それでも受け取ってしまった以上、あたしは働くことを余儀なくされた。
◇
「チートスレイヤーズ!」
チートくんの討伐を終えた渦の中で、クズ村がキメポーズの練習をしている。
「……あんたはさ、」異世界とはいえ、人を殺めてまで叶えたい願いがあるの?
喉元まで出掛かった問いを飲み込んで「いつも楽しそうだね」とどうでもいい言葉にすり替えた。
あたしに言えるセリフじゃないやー。
でもなー。クズ村の願い「モテ期」って、そんなに叶えたいもんなの?
「チートスレイヤーズ!」
次々に思いついたキメポーズを試すクズ村を、あたしは笑えなかった。
ヒロインの過去のお話でした。
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