第6話「紛うことなき」
◇
ピーン、ポーン----
間延びした呼び鈴のような音が授業中の教室に響く。
なーんて、嘘です。この音色が届いているのはあたしと、斜め前の席で机に突っ伏しているクズ村の鼓膜にだけ。
呼び鈴だー、と思ってぱちっと瞬きをした次の瞬間にはもう、あたし達はまだらの渦に包まれている。
「よだれふきなよー」
「おー」
まだらの渦の中、制服の袖で口元をごしごしこするクズ村。あたしは一つに束ねていた髪を下ろす。
「なんで毎回ほどくんだ?」
「んー、なんか、バトルモード! って気分になりたくてさ」
「ふうん」
納得しているのかいないのか、クズ村は曖昧な声を出した。実際、あたしも自分のこの仕草の意味をはっきりとはわかっていない。気合を入れたい、っていうよりは、別の自分になるスイッチを入れるって感じかなぁ。
やっほー! 平日の午後、いかがお過ごしですかにゃ?
「おう、ジャッキー」
「適当に語尾を可愛くしてキャラ付け狙うのはやめた方がいいよー」
そんなこと言うにゃ! 今から行ってもらうのは異世界「オウルドイーター」だにゃ! チートスキルホルダーからいい感じに離れた所に転移させるからよろしくにゃー。
「可愛くしようとしてにゃーにゃー言うのは浅ましいよー。イタいよー」
「そもそも外面はピエロだしな」
黙れ。じゃ、行ってらっしゃい~。
◇
渦が消えて、視界が晴れた。童話の世界のような陽の差す暖かい森の入口に、あたし達は立っていた。
「いい所だな」
「あったかいねー。あ、リスだ、そこの木のとこ」
「おお、紛うことなきリスだな。かっわいいなぁ!」
目的を忘れてあたし達は森へ侵入した。どこまで行っても樹木、樹木。陽光を浴びて緑の葉が輝いている。
「……森だねー」
「森だな。紛うことなき森だ」
少し歩いただけで疲れてきた。帰宅部ばんざーい。
「飽きたねー。あとその『紛うことなき』って流行ってんの? つまんないよー」
「そうか? わしゃ嫌いじゃないがのう」
「っ!!」
「誰だ!?」
「……こっちじゃよこっち。……下!」
恐る恐る視線を下げると、あたしの膝の辺りまでの背丈のちっちゃなおじいさんが白い髭を揺らしていた。パーティーグッズのような三角帽子をかぶっている。
「ちっちゃなおじいさんだ……」
「ああ。紛うことなきちっちゃなおじいさんだな」
「傷つくんじゃけどー!」
両手をばたばたさせて怒りを表現するおじいさんにあたし達は素直に謝罪した。見上げられる度にスカートの中が見えちゃってる気がするけど、まーいいや。異世界では貞操観念もやや薄め。
「ふむ。謝ればよろしい」
ところで、ちょっと頼みたいことがあるんじゃが。そう言うおじいさんの案内で、あたし達は森の更に奥へと進んで行く。
「どこまで行くんですかー?」
「もう少しじゃ」
どんどん先を行くおじいさんを必死で追い掛けるあたし達。ぽかぽか暖かいどころか、じんわり汗が滲んできた。気持ちわるーい。
「ようし、着いたぞ」
目的地に到着したらしく、おじいさんが立ち止まってあたし達に振り向いた。両手を広げて、
「ようこそ! 食人の村へ!」
◇
しっかり騙されて、しっかり監禁されました。森の中なのに鉄格子です。鍵付きです。
いや、どうしようヤバいよねこれ。檻の外では大きな青白い炎を囲んでちっちゃなおじいさん軍団が踊っています。完全に生贄コース! いや、「食人」って言ってたから食べられちゃう!? ダメだって! 少年漫画でもあんまりお勧めされてない文化だよ食人ー!
「どうしようクズ村っ」
「……むにゃむにゃ、もう食べられねぇよ……」
「なんで食べられようとしてる人間がおなかいっぱいの夢見てんのよ!」
死にたくない、生きていたい、あたしはぐるぐると思考を巡らせる。
どうしてこんな状況になったんだろう。
ジャッキー、は呼んでも呼んでも現れないし、たぶんチートキャラを倒さないとここからは出られない。
チートキャラから適当な距離を取って、ジャッキーはあたし達をここへ転移させたはずなのに……。
「あ、」
ふと思い付いて、あたしは檻の前に立っている看守のおじいちゃん(ちっちゃい)に訊ねてみた。
「すみません、おじいちゃん達の中にすごい力を持った人っています?」
「んん?」
ほっほっほ、とおじいちゃんはサンタクロースのように笑って言った。
「中も何も、この村の全員、チートクラスの能力を持っておるよ」
「……は?」
意味がわからない。何を言っているのおじいちゃん。
「たとえば、あそこで笛を鳴らしてるあいつは無限に隕石を落とすことが出来る。わしゃあ世界を三日で焼き尽くす程の炎を生み出せる」
「へぇー」
なるほどなるほど、クズ村が落ち着いてるわけだよね。
「ねーねーおじいちゃん、それって呪文とかあったりする?」
「ほっほっほ、そんなものはないよ。両手を合わせて『えいっ』と念じるだけじゃ」
「そっかー」
両手を合わせてー。
「えいっ」
◇
村も森も、おじいちゃん達も、全てが燃えている。
炎に包まれながら、あたしはクズ村に訊いた。
「なんで教えてくれなかったの?」
「いや、まぁ……」
申し訳なさそうな顔をしてから、クズ村はぽつりと呟いた。好きなんだよ、リス。可哀想だろ。
あたしが呆気に取られている間にまだらの渦が現れ始めて、真紅の炎は遠ざかっていく。
「ごめんね」
謝ることしか出来ないあたしに「んなことねーよ」とよくわからない返事をして、クズ村はそっぽを向いた。……少し、頬が赤いよ?
あたし達はまだらの渦にすっかり包まれて、視界のどこからもあの森の姿は見えなくなった。
「可愛かったね、リス」
「ああ」
「紛うことなき可愛さだったね」
「うるせーよ!」
ジャッキーが早急にあの異世界を蘇らせてくれることを祈りながら、あたしは髪を束ねた。
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