第5話「行ってあげないことも、ないんですからねっ!」
◇
チートを倒して、ジャッキーからお金を受け取って、ほくほくのあたしは元の世界、時間、地点へと……。
「あっ、」
嫌だ、戻りたくない。呼び出された瞬間に自分が遭遇していた状況を思い出してそう念じたけれど、時既に遅し。
光と闇のまだらの渦は空気に溶けるように消えて、そして----
「うっざいんだよチビキノコ!」
「黙れ死ねさもなくば殺す。死んでよ死んで灰になった方がずっといいよそうしなよ」
「二人とも、ちょっと落ち着いっ痛ぁ!」
あたしの眼前でサギーが二人の女子に殴られた。小突くとかじゃなくて、肩の付け根と顔面への本気の殴打だ。
ぜぇぜぇ、と女子らしからぬ呼吸をしている佐伯さんとヒビィ。何がどうしてこうなった。
「わたし、間違ってないよね? ね? 影島さん!」
「私の味方、してくれるよね? いつでもいつまでもアリスは私の味方だよ……確定事項だよ……」
何がどうしてこうなった、なんて他人事のように思ってみたけれど、全然他人事じゃなかった。二人の諍いの原因はあたし、影島アリスなのだ。
倫理の授業を終えて(レポートはサギーが上手くまとめてくれた。というかほとんど捏造だ)、午後の授業もぼんやりと乗り越えた放課後に諍いは始まった。
あたしは倫理の授業で何も意見を出せなかったことをずるずると引きずっていて、いつも以上にびくびくとした人見知りを発揮していた。
「一緒に帰りましょうね、私の愛しいアリス」
そんなあたしを見兼ねて、とかそんなんじゃなくていつも通りにヒビィが声を掛けてくれたのと、
「影島さん、ちょっと話したいんだけどいいかな? ね?」
あまり話したことがない佐伯さんに肩を叩かれたのが同時だった。
簡単な話だ。ヒビィはあたしを横取りされるのが嫌で、佐伯さんはとにかくあたしと話したい。つまりあたしの奪い合い! ラブのトライアングル!
佐伯さんがあたしから聞きたかったのはクズ村の話だろうし、断ってヒビィと帰途に就けばよかったんだけど……。
突然肩を叩かれたことにテンパったあたしは「喜んで!」と居酒屋の店員みたいな返事をしてしまったのだ。
そこからヒビィと佐伯さんの言い争いに発展して、教室に残っていたサギーも巻き込んで、その真っ最中に異世界に飛ばされて……。
チートモンスターをボコってる間に忘れてたよー。あぁどうしよう、今すぐ走って逃げ出したい。
不意にがらっ、と教室の戸を引く音がしたのでそっちを見ると、
「ルナルナー。おっ、なんだアリスと日々子もいるじゃん。ゲーセン寄ってかね? 新しいぬいぐるみ入ったってよー。もちろんサギー、お前も来るよな?」
廊下から顔を出したのはクズ村だった。戦闘中のこの場にのこのこ現れて、お前無事で帰れると思うなよ?
「行くー! オフコース!」
「ん、行っても……いいかも……ね。アリスも、ね」
「学校帰りにゲーセンって、青春って感じだなぁ。うん、もちろん行くよ。鈴村くん」
「なっ、」
なんなんだよっ! って叫びが喉まで上がってきたけど、なんとか飲み込んだ。
鈴村龍之介。異世界では「静」の力で敵のスキルを無効化することしか出来ないし、頭の中身もそこそこポンコツだからあたしは「クズ村」なんて呼んでるけど……こいつ、現実のこの世界ではごくごく普通に人気者なのだった。
「ん? アリス、来るよな?」
さっきまで戦争してた三人はあっという間にクズ村とパーティーを編成していて、呆然と立ち尽くすあたしにクズ村が声を掛ける。
「いっ、」
「『 い?』」
「行ってあげないことも、ないんですからねっ!」
異世界と現実のキャラの間で揺れながら、それでもあたしは精一杯のツンデレを演じてパーティーに加わった。
◇
校舎を出て、青春らしくはしゃぎながら歩くみんなから少しだけ距離をとって、あたしも靴を鳴らす。
「はははは!」といつものように笑い声を上げるクズ村を見て、今更だけど一つの疑問が浮かんだ。
こんなに人気者のクズ村なのに、叶えたい願いが「モテ期」なのはなんでだろう?
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