最終話「遅いよー!」
◇
簡潔に言えば、ボロ負けだった。
「神に挑んだ敗北者」ことジャッキーは、有するスキルを無制限に遣って、友達をひとりずつ確実に殺していった。
そしてまた、最後に残されたわたしは--
「『捻じ巻き戻し』」
◇
「あはっ。殺ってみろよ~!」
ジャッキーの声に影島アリスが嘆息する。
「いい加減、聞き飽きたよ」
「ん~? 聞き飽きた~?」
「三億二万四千飛んで七回目だ。そりゃあねぇ」
わたしが苦笑すると、
「でもよ、そろそろなんとかなりそうだよな」
「あと一万回以内で勝てそうですわね」
「……気の長い話だね……」
「『雨垂れ石を穿つ』だな!」
三億回以上殺されたのに、みんなはどんどん明るくなっていた。明るい、っつーかヤケになってる感じ?
わたしのチートスキル『捻じ巻き戻し』を使えば、幾らでも平行世界を生み出すことが出来る。しかも、殺される前まで時間を戻して。
「あはは~! 元気だね~!」
ジャッキーもそのことには気付いてるんだろうけど、とぼけた振りをして笑っている。身体が半分溶けた、佐伯ルナの姿で。
「『ゴールデンウィークポイント』!」
赤瀬川葵が敵との距離を取り、
「困ったなぁ!」
と小森日々子が叫べばわたし達のリミッターは外れる。
「『ゲームオーバー』!」
灰崎寅宗が真空の刃を放ち、けれどそれはジャッキーに片手で叩かれて終わりだ。
「『パンデミック・マジョリティ』! かーらーの、『ソウル・インフィニティ』!」
影島アリスが、かつて屠った敵のスキルを操る。無制限に自らのクローンを生み出し、その一人ひとりがジャッキーを無に帰そうとする。
それでも、
ぱあん! と大きな音を立てて弾けたジャッキーは、次の瞬間には佐伯ルナの姿に戻っている。
「ボスキャラが友達の姿をしてるって、ゲームなんかじゃよくあるけどよ」
ジャッキーが手のひらから放つ闇色の散弾を「静」の力で打ち消しながら、鈴村龍之介が口を開いた。
「こうして直面してみると、あんまりピンチな感じしねーよな。ルナルナに似てるだけで、全然違う--あいつは、俺たちにこんなことしねーよ!」
「うん! 『ゲームオーバー』!」
応えるように、影島アリスが灰崎寅宗のスキルを遣う。弱体化は解かれて、リミッターも外している。
それでも、『相手の人生を強制的に終わらせる』はずのチートスキルは、ジャッキーに届かなかった。
「茶番だよね~」
振り返ると、赤瀬川葵も小森日々子も灰崎寅宗も殺されていた。
赤瀬川葵は黒焦げにされて。小森日々子は内蔵を掻き回されて。灰崎寅宗は切り刻まれて。殺されていた。
そして、正面に向き直った時にはチートスレイヤーズの二人も殺されていた。
鈴村龍之介は四肢の骨を折られて。影島アリスは首を飛ばされて。
三億回以上見た光景だけど、決して慣れるようなものではない。もう二度と見たくない。それでも、敵に勝つまでは繰り返さないといけないのだ。
友達のために、鷺沼正義のために。
◇
「『捻じ巻き戻--』」
「おっはよー!」
廊下から教室に入ってきた人影は、のんきな声を上げて微笑んだ。明るく染めた髪がキラキラと輝いて、偽物とは全然う。鈴村龍之介、お前の言ってたことは正しいよ。
「はじめまして、だよね。わたしは松崎苺」
そんなふうにわたしが挨拶を返すと、彼女はまた微笑んだ。
「そうだね。はじめまして--そして、さようなら」
◇
「愛されるけれど、愛せないチートスキル」だと鷺沼正義は言っていた。遣い勝手の悪いあのスキルを持った彼女は、どうすればよかったんだろう。そうぼやいていた。
「苺ちゃん。サギーのお陰で、こうして一瞬だけでも逢えて嬉しかったよ」
可愛い顔だ。さぞかしモテるだろう。
「『愛されるけど愛せない』。やっぱり、このスキルは自分のためには遣えないんだよ。だから--やっぱり、さよならしなきゃね」
そう言うと、彼女は半壊した教室の中、わたしとジャッキーの間を横切ってベランダに向かった。ベランダに着くと、一度振り返り、友達と別れる時のように片手を挙げて大きく振った。
「!?」
まばたきを一度した、次の瞬間にはその姿は消えていて、思わずベランダに駆け寄る。
キラキラした光の粒子が舞っていた。飛び降りることもせず、彼女は世界から消えたのだ。
そして、その光の粒子はどんどん広がって、わたしもジャッキーも友達の死体も包み込んで、ゆっくりと世界を呑み込んでいく。
「逢えて嬉しかったよ、佐伯ルナ」
わたしが呟くと、耳元で、
「ううん、わたしはただの『雌豚』--」
くすくすと笑う声が風のように流れていった。
◇
◇
◇
まあ、そんなわけで世界は救われましたー、とかね。犠牲の上の勝利ってヤツ?
「愛されるけど愛せないスキル」を「未来」に対して遣うとか、チート過ぎやしませんかねー。
で、悲しいことに語り部のわたしはこうして生きてるわけなんです。佐伯ルナのサービスかな?
「ポテト美味しいよねー」
「身体に悪いものほど美味しいですよね」
「……もぐもぐ……うま……」
学生らしく、放課後にファストフードを楽しんだりしてね。
「『三本の矢』!」
「いや、ポテト三本持ってキメ顔すんなよ寅宗」
あの日以来、誰もチートスキルを遣ってないみたいだ。遣えなくなった、じゃなくて遣わなくなった、ね。ここテストに出ますよー。
あーもう、語り部とか不確定要素とか言ったって、揚げたてのフライドポテトには勝てないよねー。ファストフード最高!
「ファストフード最高!」
「いっちー、元気だね」
「あはは、影島は相変わらず可愛いねぇ」
「……世界一だよ……アリスは……」
「『青春』だな!」
「寅宗、鍵括弧つければことわざになるわけじゃないぞ」
「あ、いらっしゃったみたいですよ」
開いた自動ドアにみんなで顔を向けると、二人は小さく手を挙げて応えた。成績優秀組は遅くまで大変だねぇ。
少し頬をふくらませて、影島が声を掛ける。
「遅いよー! サギー! ルナ!」




