第36話「もっとちゃんとしろよ」
◇
青春を謳歌する、なんて言うのは大人ばかりで、子ども達はみんな地獄にいるのさ。
思春期だからー、で片付けないでいただけますかねぇ? ねぇ?
スクールカーストとかマイノリティとか格好良さげな片仮名宛てがって、はいはい我々は理解していますよみたいな顔してんじゃねーよ。
なーんて意見をSNSで見掛けてどうでもよくなって、あーユーチューバーにでもなろうかなぁ、って見えない未来に夢を見たことは、わたしはないんだけどね。
いや、誰にもそんな夢はないのかもしれないし、どうでもいいけど。
未来に夢を見なさい、ただし保証はできません。
不確定要素の賑やかし傍観者であるわたし、松崎苺から見てもこの世界は不条理で溢れていて嫌になるけど、その「嫌になった結果」のひとつが今まさに眼前に広がっているわけです。
◇
チートスレイヤーズの片割れ、鈴村龍之介の願い「世界平和」が歪んだ形で叶えられた結果、
「龍之介ー! 一緒に帰ろー!」
「『仲良きことは美しきかな』、だな」
「おう、ルナルナ! 寅宗!」
「……一緒に帰ろう、アリス……」
「私もご一緒しますわ」
「うん、ヒビィ! むぅちゃん!」
夕焼けの教室。繰り返される下校時刻。
……わたしのチートスキル「捻じ巻き戻し」が遣われてしまっている……。
「やり直し」なんてキメ顔で言ったのが恥ずかしくなってくるよ。
鈴村龍之介の「静」の力で抑えられて、影島アリスの「動」の力で好き放題に遣われてしまっているわたしのチートスキル「捻じ巻き戻し」。
簡単に言えば無限に平行世界を産み出せるってだけなんだけどねー。今のこの世界が何億個目なのかわかんないやー。ははは。
いや、辛い思いをしたのは分かるけどさー、過去に囚われることを「世界平和」なんて呼んじゃいけないでしょう、少年。
なーんて、大人ぶりたい訳でもないし、「このまま世界が終わってしまえばいい」と思うことを「悪」とは呼びたくないけどね。
うーん、でも、このお話もそろそろ終わらせないと。父様のためにもね。
夢から覚めるまでが青春ですよー。
◇
帰り支度を終えて教室を出ようとする「友達」を、
「ちょっと待って!」
ひとりの少女が通せんぼした。教室と廊下の間に立って、両手をめいっぱい広げて。
「どうしたの? いっちー」
「松崎、忘れ物か? 待っててやるから取ってこいよ」
「そうじゃなくて。いやあ、さ。楽しいよ? とっても楽しいよ? 突然産み落とされた『スキルそのもの』のわたしだって、オチのない四コマ漫画みたいな平和な日常に憧れはするよ?
でもねー、ちょっとチート過ぎません?」
「『可愛い子には旅をさせよ』、か?」
「……どうしたの……? 苺……」
「松崎さん、ゲームか何かのお話ですか?」
「うん、ゲームか何かのお話だよ。上手く行きすぎて気持ち悪くなる、ズルい奴の話だよ」
「松崎、お前……何を……」
少し狼狽したように見える『友達』の向こう、ベランダを松崎苺は指さした。
「そこから、ひとり。落ちたよね」
◇
「『捻じ巻き戻し』で繰り返すのは構わない
?
『ゴールデンウィークポイント』で適切な距離を置くのは構わない?
『マリオネットワーク』で助けてもらうのは構わない?
『ゲームオーバー』で別の人生を過ごすのは構わない?
『雌豚』で想われるのは構わない?」
「やめてくださいっ!」
「……やめて……!」
「やめろ!」
「…………」
「ズルいんだよ、お前達。現実から目を背けるなら、もっとちゃんとしろよ。何美味しいとこだけ味わってんだよ。
……ねぇ、佐伯ルナ」
松崎苺は、ベランダから少女のひとりに人差し指を移した。
「きみ、本当に『佐伯ルナ』なの?」
「……あはっ」
「『捻じ巻き戻し』の世界に父様が、『鷺沼正義』がいないのは、お前の都合だろう? ねぇ、佐伯ルナ」
「……あはっ、あははは~」




