第32話「構わないだろ」
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鷺沼正義という名の少年について語れる者はそう多くない。その僅かな幾人かが鷺沼正義について訊ねられたときには必ず「無口」「陰気」「虚ろ」などという決して耳触りが良いとは思えない言葉が並ぶ。
そして彼を語る者達は最後にこう結ぶのだ。「友達じゃなかったよ」と。
何が彼を死へと誘ったのか、語れる者はこの世に一人としていない。彼が何を思っていたのか、知る術はない。
けれど、鷺沼正義。死んだはずの彼は、彼の肉体は、現世に存在し続けている。
「友愛を得られなかった敗北者」の抜け殻。
想いを遂げられなかった歴史の、怨念の塊。
その塊は生命を失う直前の鷺沼正義の肉体に契約を申し出た。
「僕と友達にならないか?」と。
笑ったり、怒ったり、悲しんだり。狭い教室の中、時々窮屈に思えることもある人間関係の中で、一度死んだ鷺沼正義は生きている。
契約を結んだ少年は、その魂のほとんどを「敗北者の抜け殻」に支配されて、それでも日々を生き生きと「友達」と共に歩んでいた。
◇
魔物に囲まれて身動きの取れない俺達を見て、一番動揺しているのはどうやら日々子のようだった。そりゃそうだ、俺達を助けるために使ったスキルがまったく逆の効果を呼んでしまったんだから。
だけど、これは日々子が願ったことでもある。
手に入らないのなら壊れてしまえ。
子供のようなわがままだけど、当たり前だ。俺達は融通の利かない、頑なな子供なんだから。
「そんなモノローグを語ってもどうにもなりませんよ?」
溜息をつきながら、葵は魔物から俺達をかばうために空気中に薄い膜を張ってくれている。
「『ゴールデンウィークポイント』の劣化版です」
気休め程度の防護壁、と言う葵の言葉に偽りはないようで、防護壁は魔物の爪や牙によって侵食されつつある。
土色の魔物の醜い爪の先が膜を貫き、葵の左腕に触れた。ちょん、と触れられただけに見えた白く細い腕から鮮血が滲んで、葵は顔をしかめる。
「葵、お前はどうして……」
「安寧のためです」
問いの途中で答えが返ってきた。
「私は平和なこの世界が好きです。安心して暮らせること、笑い合える人がいることが幸せです。この世界にはそのために存在していてほしいから、私は--」
「闘います!」
葵の語気に追従するように、侵食されていた防護壁が一瞬歪み、その歪みが晴れるとともに魔物達が少しだけ膜の向こうに弾かれた。
葵の想いが形になった、のか……?
スキルは所詮スキル。チートスキルだって攻略法がないわけじゃない。想いの力でパワーアップ、とかそんなご都合主義は漫画の世界だけで充分だ。
それでも。そんな夢見がちな思春期の衝動を信じてみようと、俺は思った。
「『闘う』……」
さっきまで横で震えていたアリスが、強い光を目に宿している。
起死回生の策なんて何ひとつ浮かばないけれど、もう少し生きていたい。そう思った。
◇
鷺沼正義は死にかけていた。
一度は失った生命を、二度目の生涯を、しかし彼はためらうことなく使い果たそうとしている。
「友達が待ってるんだ……」
砂塵の舞う、荒野と化した異世界で彼は闘っている。悪夢のように巨大なピエロのぬいぐるみが彼を嗤う。
「『友達』~!? 今更何を夢見てんだよ~! 俺と同じ『抜け殻』の癖にっ!」
「……敗北者だって、構わないだろ、」
夢を見るくらい。
小さく呟いて、それから正義は再び声を掛ける。眼前の巨人、ではなく、その中に眠る者達に。
「聞こえてるんだろ!? 君達だよ! 鈴村くんと影島さん……『チートスレイヤーズ』の二人に倒された君達の力が必要なんだ!」




