第30話「『マリオネットワーク』」
◇
「ことわざってのはよォ」
空気の渦をいくつも出現させながら、寅宗は言う。
「人類の宝だ。今日まで生きてきた人類の叡智の結晶だ。それを踏まえて、お前達に俺はこう言うよーー」
無数の渦の刃が、視認できるくらいのスピードでアリスに向かっていく。
「江戸の敵を長崎で討ちに来たわけじゃねぇんだよ俺ぁ!」
思い出す。砂漠の世界で俺達が殺めた少女のことを。目深にかぶったフードから覗いた瞳の色を。
俺達は自分の望みのために、友達の大好きな人を殺めた。報いを受けるのは当然だ。容赦なく、やってくれて構わない。
しゅぱっ、と軽い音とともにアリスの頬からまた鮮血がはじけた。それでもアリスは悲鳴をあげることもなく、寅宗に向けた視線を動かさなかった。
ついさっき、俺達の大切な友達がベランダから飛び降りた。ルナルナ。佐伯ルナ。友達だった、少なくとも俺はそう思っていた。
「誰にでも秘密の一つや二つはあるものだよ」
いつかサギーが言っていたことを思い出す。
誰が好きだとか、テストの点数とか、チートスキルを持ってるとか。そんなこと、正直どうでもよかった。
学校帰りにゲーセンに寄ったり、つまらない冗談を言い合って笑ったり、そんな毎日が続いていけばいいなって、そんなことばかり考えていた。
ある日、どこからともなく現れた問い掛け。
「何か願いはないのかい~?」
安易に答えてしまった俺への、これが報いだ。
友達が死ぬ。友達に殺される。
小説やドラマでしか見たことがない「ドラマチック」な光景が目の前に広がっている。
……それでも。そうだよなぁ、仕方ないよなぁ、殺されてやるか。とは俺は思えなかった。
死にたくなかった。生きていたかった。罪は償いたい、けれど生命は守りたい。醜いままでも生きていたい。
自分の汚い思考に吐き気がするけれど、それでも活路を探して俺は寅宗を見つめ続ける。
どうやらアリスも俺と同じ考えらしい。加害者なのは俺達なのに、それでも「生命」も「友達」も諦めたくない。駄々をこねる子どもみたいだ。
許される道理なんてないのに、それなのに……。
◇
「困ったなぁ!」
滅多に聞かない大きな声に、一瞬視線を奪われた。
日々子が拳を震わせて、何度も同じ言葉を繰り返す。
「困ったなぁ! 困ったなぁ! 困ったなぁ!」
それから数秒の静寂の後、教室のあちこちに現れたのは、光と闇から成るまだらの渦だった。俺達が異世界を行き来する時に使うものとよく似ているまだらの渦、けれど今、そこから現れたのはーー。
「あーあ……『マリオネットワーク』遣っちゃった……」
日々子の溜息が聞こえた。
鬼。オーガ。ゴブリン。悪魔。スライム。獣人。数多ある異世界に存在する、いわゆる「モンスター」と呼ばれる生物。
渦から次々と現れるそいつらは、日々子の願いを叶えるために、寅宗に襲いかかった。




