第24話「友達を殺めるなんて」
◇
跪くクラスメイト達を踏みつけながら、ルナルナが近付いてくる。
逃げることも出来ず、教室の隅に追いやられた俺達を救ったのは柔らかい声だった。
「仕方ないですね。『ゴールデンウィークポイント』を使います」
「むぅ……ちゃん?」
視線を巡らせるアリスに俺も倣うけれど、葵の姿は見つけられない。
確かに、葵の声だった。どこだ? どこにいる?
「っ!」
突然、視界を黒い渦に遮られた。いつも異世界を行き来していた時とは違う、暗闇のような渦だ。包まれると言うより、呑み込まれるような感覚に襲われる。
「アリス!」
蒼白い顔をしたアリスに、思わず俺は手を差し延べた。立っている感覚が揺らいで、より一層不安そうなアリスは俺の手をつかんだ。
日々子もアリスを支えたまま俺達と一緒に闇に呑まれて、
「便乗させてもらうよ」とサギーも俺達に加わった。
◇
完全に闇に呑まれて、何も見えない。ただ、俺の手を握るアリスのぬくもりだけが感じられた。
視界と一緒に聴覚も失ったようで、それでも自分の心臓の音だけは聴こえる。
このまま、死んでしまうのかもしれない。根拠のない不安が膨らみ始めた頃、ようやく視界が開けた。
◇
美しい場所だった。
絵画や彫刻が飾られていて、そのほとんどは金色に輝いていた。ぐるっと見回して、どうやら広い部屋の中であることがわかった。
「すごいね……」
同じように部屋を見回したアリスが、単純な感想を述べて、
「あ、」
繋いでた手をはたくように振りほどいた。ん、調子戻ってきたな。
「ようこそ、私の部屋へ」
「むぅちゃん!」
姿を現した葵を見て、アリスが驚きの声を上げたのも無理はない。
クラスメイトの女子が、本気のコスプレのようなドレスを身にまとってたんだから。
「……どうしたの? ……何か……嫌なことでもあったの……?」
「そりゃないだろ、流石に」
恐る恐る訊ねた日々子に思わず突っ込む。でも、俺も日々子と似たような気持ちではあった。罰ゲームでもなければ着ることのないような、金色のドレスだ。
「違いますよ。ふふっ」
怒るでもなく、普通に訂正して葵は微笑む。
「『ここ』での私服はいつもこんな感じです。無事で何よりです、皆さん」
ここは異世界「キルトハイ」。葵はこの世界の王女で、この部屋は王城の一室、つまり自分の部屋だと葵は説明した。
そして、それを「嘘だね」とサギーが訂正する。
「赤瀬川さん、嘘はいけないよ。『キルトハイ』の王城の一室、は合ってるけど……君は王女じゃないでしょう?」
「あら、知ってましたの?」
「そりゃあ、友達だからね。君は王族直下暗殺部隊『揺籃』の隊長。チートスキル『ゴールデンウィークポイント』を所有する殺人鬼だ」
「鬼、は言い過ぎですよー。せめて『殺人姫』くらいにしてもらえません?」
「な、何を言って……?」
「むぅちゃん……? サギー……?」
会話についていけない俺達を置いて、二人は話を続ける。
「ここに来てもらったのはいいんですけど、これからどうします?」
「そうだねぇ。無能な高校生二人が『雌豚』をどうにか出来るはずもないし。君に頼もうかな?」
「嫌ですよー、友達を殺めるなんて。ねぇ、日々子さん? アリス?」
「……私はもう……スキル使わないって……決めたから」
「何の話をしてるの……? ねぇ、むぅちゃん」
何らかの意思を示した日々子と違って、アリスは状況が飲み込めていないらしい。俺も同じだ。『ブラックリッパー』で寅宗と会ってから、混乱するようなことしか起こっていない。
「誰にでも、秘密の一つや二つあるってことだよ」
全てを知ってるようなサギーの口振りに、少しだけイライラした。こんなに嫌味なやつだったか、こいつ?
「まぁ、とりあえずお茶でもしましょう。美味しい紅茶があるんですよ」
何も知らない俺達は、いつもと同じように微笑む葵に、笑顔を返すことが出来なかった。




