第9話「夢があるじゃないですか」
「そーるいんふぃにてぃー」
呟いてみたけど何も起こらない。当たり前だ、あたしの「動」の力はチートな誰かを相手にしないと使えない。
そしてジャッキーいわく、あたし達の暮らすこの世界は無数にある世界の中でも珍しい「チートスキルを認めない世界」らしい。
いやいや、それって逆に言えば異世界にはたくさんチートがいるってことじゃん! いいのそれ?
そこまで考えて、ああそうか、と気づいた。
だから、あたし達「チートスレイヤーズ」は存在してるんだね。
「インフィニティ? 何が無限なんですか?」
あたしの独り言が耳に入ったらしく、サギーが訝しげな表情を浮かべていた。
鷺沼正義、通称サギー。クラス一の常識人で、クラス一の常識人っていうのはつまり超変人ってことだとあたしは思っている。
品行方正、成績優秀。そんな響きのいい四字熟語で先生方は彼を評すけれど、あたしだったらそこに一つアクセントを加えたいなーと思う。
「博愛主義」。誰にでも優しいし、誰にでも真っ直ぐだ。そして誰にでも厳しくて、曲がりくねっているような気もする。
この間の倫理の授業でサギーは全員から意見を集めて、けれど提出されたレポートにはその意見はほとんど反映されていなかった。公平に意見を訊ねはするけれど、その行為自体が彼にとっては「正義」で、意見の中身自体はどうでもいいのかもしれないなー、とか。
「無限なんていう概念はなくなっちゃえー、って思ったんです。サギーもそう思いませんか?」
人見知りゆえ、ニックネームで呼ぶけれど敬語を使うという事態に陥っているけどあたしは元気です。つらいー。
「うーん、同意したいけど……ちょっと悩みますね」
口元に手を当てて真剣に考えてくれている。適当なノリで喋ったあたしが馬鹿みたいだよサギー。ごめんね。
「『無限』というものがない、という考えなら同意したいです。世界の全てが有限なら、そこを目指して頑張ることも出来るし、諦めることも出来ます。でも、」
「でも?」
「『無限』という概念には存在していてほしいですね。その方が何と言うか……夢があるじゃないですか。ほら、ハイファンタジーのチートスキルとか四次元ポケットとか」
両手を広げて微笑むサギー。広げた両手が翼になって、そのまま空へと飛んで行ってしまいそうに見えた。
「ハイファンタジー……四次元ポケット……」
サギーは色々知ってるなぁ。感心するのと同時に、知っていることを隠して上手に生きているサギーの狡さを少しだけ感じた。
「何話してんの? 恋バナ? ラブなの?」
佐伯さんが会話に加わろうとしてきた所で予鈴が鳴った。
「あちゃー」と言いながらも素直に着席する佐伯さんに倣って、あたしとサギーも各々の席に戻る。
気怠い気怠い、午後の授業の始まりだ。
◇
異世界「スロウスレーゼ」で魔王の城にようやくたどり着いたと思ったら変な二人組に襲われて……。ここ、どこだ?
誰にともなく呟くけれど俺はアレだ、第一話の序盤に登場した名もなきチートスキルホルダーだ。音速を超えているように見せかけて、実は対象の反応速度を鈍らせるというスキルを持っている。いや、持っていた、だ。
「チートスレイヤーズ」と名乗る二人組に襲われて、意識を失って……そこからわからない。何もわからない。
俺の身体はどこだ? 腕は、足は、声は……。
思念だけが存在している。それなのに、身体がないのに、とても寒い。凍えるような感覚を抱いて、ふらふらと魂だけが漂っている。
ああ、帰りたい。マラソン大会、最下位でもいいから、元の世界に帰りたい……。
お読みいただきありがとうございますー!
不穏な空気を挟みながら、まだまだ物語は続きます。
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