第2話
「ヒール…」
淡く光りトウヤの頬の傷が消えた。これくらいのかすり傷に回復を使うことになるとは思っていなかったエミリーナは軽くため息をついた。パーティに入ったときの事を思い出していた。確かにバランスの悪いパーティで彼女が入ってもそれは変わらないようだ。そもそも3人の役割がおかしいのだ。
剣士であるトウヤがメイン火力であるはずで、そもそも勇者だ。なのに彼はろくに狩らず解体処理ばかりしている。魔術士のセアラは火力は申し分ないくらいあるがうまく調節できないらしく後処理で火力の調節練習中である。というか火魔法しか使わないのはなぜなのだろうか…持っていない?そして一番の問題はトモミだ。彼女が次々と先にゴブリンを倒してしまうので他の2人の出番がないのだ。そしてマイナスドライバー、それは武器ではないはずだが彼女の武器はそれである。しかも高火力。
「……はぁ。」
ため息しかでなくても仕方がない。やっとトモミの手から開放されたばかりだ。胸を掴むのはやめて欲しい。痛いし恥ずかしいのだ。
「エミリーナ、向かう方向はこのままであってるかな?」
「あ、はい大丈夫です。まっすぐ向かってきたのでそろそろ着くはずです。」
そのまま森をまっすぐ進んでいくと村に着くはずである。進み続けると森の切れ目があわられた。どうやら村に着いたようだ。
だが目の前の光景に足を止める。ゴブリンがいるのだ。村の中に10匹ほど…そのうちの1匹が子供に襲い掛かっている。真っ先に動いたのはトモミだ子供を襲っているゴブリンに攻撃を仕掛け子供をつれて飛び上がった。
「エミリーシールド!人!建物全体に!」
「え、はっはい!」
シールドを貼り終えた次の瞬間トウヤさんの剣が光り、ものすごく大きな光の剣が横に振られた。剣のサイズが変わったわけではないようでその光が通過した建物は無事であった。
ドガガガガガーーッ
気がついたときには10匹いたゴブリンは全滅していた…
「トウヤさん…?」
「ん?村人無事でよかったね。」
「え、はい、そうですね?」
子供を抱えていたトモミが戻ってきた。その場で子供をおろすと建物に向けて走り出した。
「おにぃほんと容赦ない。」
「くさっても勇者だねぇ~」
「あの、トウヤさん…なんであんな大技を使ったんですか?」
3人は顔を見合わせている。なにか変なことでも聞いたのだろうか。
「おにぃは運動神経がやばいんだ…」
「えーとね?簡単に言うと、大技使うしか能ががないということ。」
頭をかきながら申し訳なさそうな顔でトウヤは頷いている。
「つまり…どういうことなんです??」
「ごめんねエミリーナ、僕は走りまわるのが得意じゃないんだ。攻撃を避けるのも多分無理かな?」
「それで大技なんですね…じゃあ私がシールドもし持っていなかったら…」
「全滅。」
「全滅かもー?」
「多分村人みんな巻き添えになってたかなー?」
その場でエミリーナの膝が崩れ落ちた。口を押さえ震えている。気持ち顔も青ざめているのが見て取れる。
「終わったことはしかたないでしょ~?」
「エミリーナ、村の人たちのところへ行こう。この様子だとゴブリンの集落があるんじゃないか?」
「……そ、そうですね。村人から現状を確認したほうがいいかもしれません。」
どうにかそれだけのことを声にだし、震える足を押さえながらなんとか立ち上がると4人は村の中へ足を踏み入れたのである。
先ほどのトウヤの攻撃の被害を確認しながら中のほうへと進んでいく。どうやら建物に被害はでていないようだ。ただ、周辺の木々が多少なりになぎ倒されているようだ。トウヤがしとめたゴブリンを次々魔石を回収し、一箇所に集める。まとめて処理をするようだ。集め終わりセアラが火をつけた。10匹のゴブリンは大きな火柱をあげて燃えている。
「あの…依頼を受けられた冒険者の方ですか?」
火柱を眺めていた4人に向かい背後から声を掛けてきた人がいた。白髪交じりの髪の毛に同じく白髪交じりの髭を生やしている。この村の人だろう。
「はい、ゴブリンの集落の有無を調べにきました。」
「おお、やはり!先ほどは村の子を助けてくれてありがとうございました。」
どうやらこの男がこの村で一番偉い人のようだ。男に案内され一軒の家へ案内されると、先ほど助けた子供が柱の影からこっちを覗きこんでいた。
「えーと村長さんでいいのかな、ゴブリンはいつもあのように襲ってくるのですか?」
「はい…大体同じくらいにあらわれて、村人を1人連れて行きます。今回は1人も連れて行かれずほっとしております。」
「なるほど…じゃあまた今日くるかもしれないですね…」
さっと村長の顔が青くなった。人を連れ去りにきたゴブリンが戻らなかったのだ。仲間がいるなら様子を見にくるだろう。下手をしたらそのまま集落全体を狙って大群で来る可能性だってある…
そのことを説明すると村長はますます顔を青ざめている。
「に…逃げたほうがいいでしょうか……」
「逃げても無駄じゃないかなー?」
頬に指を当てセアラはあっさりと言い放つ。私なんか変なこと言ったかしら?見たいな顔をしている。
「だって、ほら…もう囲まれてるみたいだもの。」
次の瞬間弓がいくつか家屋に向かって飛んできた。たたたんと刺さる音がする。
「セアラ、ゴブリンは村全体を囲っているのか?」
「んーそうね…こう…村の半分くらい周辺にいる感じ?」
魔法で周囲を確認していたセアラが状況を説明した。
「わかった…」
「エミリー、再びシールド展開っ」
「ふぇっ?は、はい!」
指示を出したトモミは1人外へ飛び出した。その後をゆっくりと立ち上がったトウヤが続いていく。少し離れた場所からゴブリンの断末魔が響いている。トモミが単身切り込んでいるようだ。
「村長さん、ちょ~~とばかり森が燃えてしまうけどいいよね?」
「え…?」
「村人、森どっちとるの?」
「あ…村人です!」
「おけ~」
返事を聞くとセアラも外へと飛び出した。トウヤの横に並び手を前につきだす。
「えーと…対象、シールドが貼ってないもの。インフェルノ!」
あたり一面火が走りぬけた。大小いたゴブリンも木々も次々と燃えていく…ゴウゴウと音を立て目の前は火の海となった。
「おねぇも手加減知らないんだから…」
2人のもとに戻ってきたトモミがあきれている。
「…と、そろそろ消さないとね。…デリュージュ!」
目の前に大きな津波を出し火を消しながら周りを押し流す。一般的な人の2倍くらいある高さの津波だ。目を凝らしてみるとその中に流れていかなかったものがある。この津波にも流されず残っていたもの…
「ゴブリンリーダー……うそっ」
建物から出てきたエミリーナは驚いた。
「ゴブリンリーダー?それはなんだ。」
「ゴブリンの集落をまとめるものです…」
「ふぅ~ん、じゃあやっぱり集落があるってことね。」
ゴブリンリーダーは津波に流されないばかりかゆっくりとこちらへ向かってくる。
「あ…あれは駆け出しの冒険者が倒せる相手じゃありません…」
水がはけ、ゴブリンリーダーの姿が全部見えた。人の3倍くらいの身長をしていて、所々火で火傷を負っている。
「エミリー、シールド!私に3枚っ」
「へ…?ふぁい!」
シールドをかけてもらうとトモミはゴブリンリーダーへ走りより、周りをちょこまかと駆け回る。もちろん足にマイナスドライバーをこまめに切りつけるのも忘れない。
「エミリー!」
「ひゃいっ?」
「おにぃに…攻撃強化!」
「わ、わかりました!」
エミリーがあわててトウヤに攻撃力を上げる魔法をかけるといつの間にかトウヤは剣を構えていた。トモミはひたすらゴブリンリーダーの足を狙う。しばらくするとゴブリンリーダーが片足をついた。
「今!」
ゴブリンリーダーの動きが止まるとトモミはその場から飛びのいた。次の瞬間トウヤの大きな光の剣が縦に振りおろされ、その場に轟音を響かせる。あたりはもうもうと砂煙を上げ視界が悪い。
「ん~~エアロ!」
風が吹きぬけ辺け視界が開ける。すると目の前には縦に半分に切られたゴブリンリーダーが仰向けで横たわっていた。
「おねぇ、周辺の様子は?」
「んー…村の周辺に生き物はいないわね。でも、あっちのほうに生き物がかたまっているわ。」
指を刺したほうは丁度トウヤたちが向かって来たほうの反対側だった。村長に確認を取るとここからその方向に村はなく、町ならまだ全然遠いがあるそうだがセアラが確認した距離とは違っている。
「ゴブリンの集落かな…」
「そう…かもしれないですね。」
目の前に横たわっているゴブリンリーダーから魔石を回収する。今まで集めたゴブリン達の魔石は指先一節分くらいだったのに比べ、今回のは拳大くらいの大きさだ。他のゴブリン達は燃えてしまいすでに回収不可能なのでこれだけでも持ち帰る。魔石の回収が終わるとトウヤたちは先ほどセアラが見つけた生き物の反応のほうへ足を運ぶことにした。
「そろそろね…」
木々の切れ目に洞窟が見えてきた。どうやら目的地はそこのようだ。その洞窟の入り口にゴブリンが2匹立っている。門番だろうか。でも立っているのを確認したのは一瞬で次に目にしたときにはすでに事切れていた。
無言でそれに近づき当夜は魔石を回収、セアラが軽く燃やす。どうやらトモミがしとめていたようだ。
「みなさんほんとに冒険初心者ですか…?」
あまりの手際のよさにエミリーナはつい声に出してしまっていた。
「え、何か間違っていたのか?」
「ん~私が失敗でもしたのかな??」
「これじゃだめなのか…?」
3人はエミリーナに詰め寄り驚いた顔をしている。
「言われたことをやっていただけだがやはりそれだけじゃだめなのか…?」
「いえ…そうじゃなくてですね、むしろしっかりと出来ていることに驚いたんですよ…」
ほっとしたように3人は顔を緩めた。
「よくアルバイトで言われてたからね。言われたこと以上の結果を出せって。」
「ほんとほんと。いらっとくる先輩たちだったよね~」
「はぁ…アルバイト?は分かりませんけどこれだけ動けるとやはり勇者パーティーなのだなーと、実感してしまいますね。」
そんな会話をしつつ洞窟の入り口から中を覗きこんでいると奥からトモミが走ってきた。いつの間にか中に様子を見に行っていたようだ。
「もうゴブリンいない…」
すでにゴブリンがいなかったのか、今狩って来たのかは分からないがゴブリンはいないらしい。4人は連れ立って奥へと足を踏み入れた。入り組んだ洞窟を歩きながら奥へ奥へと足を進める。ところどころ細いわき道があるようだがとりあえず今は無視をした。
「それにしても暗いわね…」
「セアラさんは光魔法は何かもってないです?」
現在、エミリーナが出している小さな光だけで歩いている。小さすぎて周辺しか見えないのだ。
「光魔法は使えないのよね~闇なら使えるんだけど。」
「ああ、光魔法か…」
すっとトウヤが右手を出した。
「ライト」
ブワッと大きな光があふれ辺りを覆いつくす。まぶしくて目を開けていられないくらいだ。
「ちょーっとこれは眩し過ぎー!」
「ト、トウヤさん光魔法使えるのですね…」
「むしろ光魔法しか使えないんだけど…うーん眩しくて前も見えないなこれは。」
魔法を使わせても威力が桁違いなトウヤの明かりでは、狭い洞窟の中で逆効果だった。
「うーん…闇魔法をかぶせたら丁度よくならないかな~」
「え?」
「んーと…ダークミスト」
黒い霧のようなものが光を包み込み眩しくて見えないというのがなくなった。むしろ丁度よい光方をしている。
「いいかんじ?」
「びっくりです…」
よく見えるようになった洞窟内を見渡すと少し先に広い場所があるのが見えてくる。どうやらゴブリン達の集落だった場所のようだ。広場に足を踏み入れるとゴブリンが何匹か倒れている。どうやら先ほどトモミが処理したのだろう。それと混ざって人の死体もいくつか転がっているが、これは今まで連れ去られた村人の亡骸に違いない。
「まだ奥に生き物がいるわね。」
4人は警戒しつつさらに奥へ進む。するとそこには牢屋に入れられた人間が身を寄せて座り込んでいた。男達は手足を欠損したものがいたり酷いものだったが、どうやらまだ生きているようだ。女達は服を剥ぎ取られ身を寄せておびえている。
「エミリーナ、男達に回復を。」
「は、はい!」
「セアラ、女達を眠らせておいてくれ。」
「わかったわ。」
「えーと…そうだな。トモミは村長に報告と女達用に布、後全員運び出す為の人手を呼んできてくれ。」
「…ん。」
全員に指示をだすとトウヤはゴブリン達から魔石を回収しつつ、ゴブリンを一箇所に集める作業を始めた。それとは別にすでに亡くなってしまった人達も別の場所に集める。すべての作業が終わるころにはトモミが呼びに行った村人達がやってきて無事だった人を連れ帰り始めた。
「村長、亡くなった人達は連れ帰って埋葬しますか?」
「ああ、そうさせてください…」
亡くなった人達も運び終えると後はゴブリンを燃やし、その熱も利用して洞窟ごと破壊した。