幸せ度数システム
「あ、大吉ぃー」
数分前に年が明けたばかりだった。
灯篭で照らされた神社は学問の神様が祀られているという事で有名で人がごった返している。屋台なんかも出ていたり酒瓶片手に酔っ払っている中年もいた。通う中学のすぐ側にありいつも見てきた宇和田は普段と違う神社の空気に圧倒されつつもテンションが上がっていた。
「いーなー」
隣から無遠慮に宇和田の引いたおみくじを覗き込んできた癖に彼女はぶつくさと文句を言っている。
一ヶ月後に推薦入試を控えこうしてお宮参りに来た。一年前から付き合っている彼女と共に。
「旭は?」
「うっ」と顔を顰め渋々と紙を顔の前に持ってくる。
「...まあ、これから上がるって事なんじゃねぇの?」
「今年一年は不幸って事じゃん!凶だよ!凶!!」
モコモコのミトンのような厚い手袋で旭は頭を抱えた。
「今年はサチスト出るのにー!!これってなにかの予言!?あたしどうなるの!?」
「サチストってなんだよ」
「何って『幸せ度数システム』の略じゃん!幸せ度数...幸せストレージ...で、サチスト!!」
「言っとくけどstorageは貯蔵とか保管って意味だからな」
旭はお世辞にも頭が良いとは言えない。どうにか推薦で合格を勝ち取るらしいが一般試験を受ける事になれば希望は薄いだろう。だから何としてでも旭には合格してもらわなくてはならない。だからこうして神頼みに来たのだ。
神社を出て鳥居を抜けるとパラパラと雪が振り出した。気温もぐっと下がり吐く息が白い。
旭は空に手を伸ばしながら
「うわぁー、ホワイトニューイヤーだね!」
「一応聞くけど何だそれ」
ホワイトクリスマスの新年バージョンだろうか。
旭はクルクルと楽しそうに回りはしゃぐ。
「ねぇ!」
と振り返った。旭は満面の笑みを浮かべる。
「絶対、2人で合格しようね!」
※
「72パーセント...か」
入学式が終わりいつもの神社の桜の下で互いの結果を見せ合う。
宇和田は灰色に近い黒の学ラン。そして旭は同じ色のセーラーだ。
「うーん...これって良いの?」
「どう見ても良い方だろ。中間発表でその数字なら」
「4年後はもっと上がってるだろ」言う宇和田に対し旭は少し不満げだ。
だが「ま、いっか」と笑顔に戻る。
そして宇和田の結果を覗き込んで来た。
「えっ!?きゅ、99パー!?」
驚きを隠しきれないう旭を宇和田は満足そうに見る。
「なんで100じゃないの!?」
「そこかよ...でもまぁ完全なものなんてないって事じゃねぇの?」
「あ、確かに!洗剤とかでもよくあるもんね!」
「俺の結果は洗剤と同じか」
手刀でポンと旭の頭を小突くと大げさに旭が痛がる。
そして顔を見合わせ2人同時に吹き出した。
「ま、あたしという彼女がいるもんね、そりゃあ結果がすごいわけだ!」
「自分で言うか、それ」
「なによー、あたしじゃ不満?」
「なわけねぇって」
2人して冗談を言い合い笑い声が神社に響いた。
「あ、そうだ!もう1つの結果はどうだった?」
「寿命...なぁ」
政府から通知されるのは幸せ度数だけではない。それと同時にあと何年生きる事が出来るのかが通知される。結果は完全とは言い難いが今までのデータからその数字はほぼ間違いがないと言われている。
「あたしは87まで生きるから...あと72年だって」
「長生きだなー」
「72年なんて想像出来ないねー。まだ15年しか生きてないのにさ」
「それで?」と旭は宇和田を見上げる。
だが宇和田は首を振った。
「教えねぇよ」
「えー!なんでー」
「マナー違反だろ?家族以外に言うの」
「じゃああたしはどうなるんだよぉ」
「自業自得だ」
「恋人じゃないかー。いいから教えてよー」
「断る。だって」
ニッと宇和田は口の端を吊り上げた。
「あとどのくらい生きるのか互いに考えながら生きるよりそっちの方が面白いだろ?」
「うーん...そお?」
「そうそう。じゃ、帰ろうぜ」
「ねぇ!」
背を向けて歩きだそうとした宇和田を旭は引き止めた。
「なんだよ」
「あたし!」
距離は5メートルくらいしか離れていないのに口に手を当て旭が叫ぶ。
「宇和田の事好きになって良かった!」
「ハァ!?」
いきなりの大声の告白に宇和田はたじろぐ。そして誰にも聞かれていないか辺りをキョロキョロ見回した。
「お前なぁ...」
怒ってみせるもその顔は朱に染まっていて隠しきれていない。
それを見て旭は「にひひっ」と笑った。
※
辺り一面白い空間だった。
一定のリズムでなる微かな電子音に消毒液の匂い。
どうやらここが病院らしいと言う事にはすぐに気づいた。
「先生!」
看護師さんが慌てた様子で隣の医師に声を掛け手を握ってくる。
「大丈夫?分かる?」
「あ......」
上手く声が出ない。
仕方がないので寝たまま軽く頷く。
「良かった」
どうしてここにいるのか、どうして看護師さんは泣いているのか。その理由は分からなかった。
なにかがおかしいと気づくのにそう時間はかからなかった。
交通事故にあった。そういう事らしい。
今から一ヶ月ほど前の高二の夏、学校の帰り道の事だったらしい。神社から下りてきた所に車が突っ込んで来たのは。
「2人...って言いました?」
看護師に尋ね続けるとようやく答えてくれた。
「あなたと一緒に神社から出てきて、それでーー」
神社と聞いて思い浮かぶのは一つだけだ。思い出の、出会いの場所の、よく一緒に行ったーー
「もう一人は跳ねられた衝撃で救急車が到着した頃にはもう脳死が確定していたわ」
嘘だ...
「あなたも心臓に負荷がかかっていて瀕死の重体だった。でも彼の財布からドナーカードが見つかって、そこで相手の御家族からの了承を得てーー」
「じゃあ、彼は...宇和田は......」
涙も出ない。それくらい衝撃が大きくて、認めたくないくらいショックだった。
「死んでないわ」
肩を捕まれ看護師さんは真っ直ぐ見つめてくる。
「死んでない」ともう一度繰り返した。
「彼は貴方の中で生きているのよ」
「あた...しの......」
無意識に心臓に手を当てる。
ドクン、ドクンと感じる確かな鼓動。命の証。
一年前どうして宇和田が寿命の結果を見せたがらなかったのか。その謎が解けた。
あの日から宇和田は知っていたのだ。もう長くない事にーー
看護師さんは傍らから手紙を取り出す。
「彼の家にあったみたい。御家族の方が持ってきてくれたわ」
便箋の表には自分の名が書かれている。
考えるより先に手が動いていた。
中に入っていたのは一枚の便箋。その中央にたった一文だけが書かれている。
『俺は99.9パーセントの幸せ者です』
涙を止める術はなかった。
トクン、トクンーーと鼓動は鳴る。
彼がくれた彼の幸せ。 それを胸にあたしは生きる事を許された。