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ウスターシャーソース


 薬剤師や医者が人体実験をするなど言語道断の所行だろう。

 しかしながら、時には良い事例を見せる事もある。


 ペリンが考案し、リーと画策した実験について言えば、それは功を奏した。


 女の子からの評判は上々であり、怪しげな黒い液体は近所でも評判である。


 とにかく使い勝手が良く、料理に合った。

 蒸した野菜に、焼いた肉や魚に、芋やスープに。


「こらうめぇ……でもよお二人さん。 コレは何なんだ?」


 ふと、近所の人からそう問われたリーとペリンだが、悩んだ。

 元々名前などない。


 そもそもはカレーを造ろうとしたが、その失敗作なのだ。 


「え? そ、そ、それはそ、それは………」

「そ、そーっす、ソースっす!」


 リーの言葉を受けて、ペリンが声高にそう言ってのけた。

  

 本来ならば失敗作だが、要は言った者勝ちである。


 だが失敗作は今や失敗作ではなく、地元の人にも評判のソースとして認知され始めていた。


 こうなると、リーとペリンも黙っては居られない。

 せっかくなのだからと、バックレていた貴族の元へと馳せ参じる覚悟を決める。


 二年という歳月は掛かってしまったが、二人は自分達が作り上げた【ソース】に絶対の自信を抱いていた。


   *


 リーとペリンにカレー作成を頼んだ貴族、マーカス・サンディ卿。

 正直な所、流石にサンディ卿もカレーに付いては諦めていた。


 時折、貴族同士の集まりにでも行けば食べられない事もない。

 だからこそ、待てど暮らせど頼んだ物を持って来てくれないリーとペリンを急かしたりはしなかった。


「お前らさぁ、時間って意味分かる? 時間ってのはさ、タダじゃないんだぜ?」


 ある日、突然リーとペリンが現れて、怪しげな液体を見せた。

 この事には、サンディ卿も鼻を唸らせたのも無理はない。


「お前らさぁ……二年だよ、二年? 分かる? この時の重さがさ? 二年ったらよぉ、子馬だった大きくなって人を乗せて頑張ってる頃だよ? 分かる? 失われた年月ってさ、帰ってこないんだよ?」


 言葉こそ優しい。

 ただ、声色には嫌みが在るが、ソレも無理はなかった。

 

 サンディ卿に散々嫌みを言われたリーとペリンだが、ジッと耐える。

 二人には勝算が在るからだ。


「サーセン! その事については、これこの通り!」

「スンマセンっした! サンディ卿」


 とりあえず詫びを入れ続けるリーとペリン。

 何とかサンディ卿の機嫌を取り、持参したソースを試させたい。


 その為ならば、ある程度の恥は捨てていた。


「お願いしまっす! どうか、どうか一口だけでも!」

「ちょっとです! ちょっとだけですから!」


 なかなか帰ろうとせず、あくまでも自分達が持ち込んだ液体を試してくれと譲らないリーとペリン。

 

 こうなるとサンディ卿も面倒くさいのか、盛大に溜め息を吐いた。

 無理やり帰らせる事は出来るが、元々二人は薬剤師である。

 そんな二人に無茶ぶりした責任が自分に在るという事は、サンディ卿もある程度自覚していた。


「わぁったわ、試せば良いんだろ?」


 仕方なしに、サンディ卿が折れた。

 在る意味では、リーとペリンの粘り強さが勝ったとも言える。


「………リーとペリンよ……ようやく作ったと思ったらこんな怪しげなモノを……」


 既存のどんなソースとも相容れない黒い液体。 

 

 この時代、実はとある島国から同じ様な黒い液体が調味料としてフランス等へも輸出されていたのはサンディ卿も知ってはいる。

 しかしながら、見た目こそ似ていても漂う匂いは違った。


 余り気乗りしない様子で、サンディ卿はお抱え薬剤師が作った液体が入った瓶を掴む。

 

 そして、リーとペリンの前で試食会が始まったのだ。


「………うめぇ!! なんじゃこりゃあ!?」


 冒険のつもりで黒い液体が掛かった魚を口に入れたサンディ卿は、そう発した。

 

 この事自体は、リーとペリンは驚かない。 

 既に地元にて評判は知っている。


 ただ、黒い液体の絶対量の少なさ故に、余り外部に漏れでなかったという事でもあった。


「よう、コレはなんだ?」


 既存のどんなモノとも相容れない味に、サンディ卿はそう尋ねた。

 此処に来て、膝を着いていたリーとペリンはバッと立ち上がる。


「「それは、ソースに御座います!」」


 特に名前も決めて居なかった。

 些か締まりが無いが、それでもサンディ卿が二人の作ったソースを気に入ったは言うまでもない。


   *


 リーとペリンが作り上げたソース。

 それにいたく感銘したのか、貴族は更にその怪しげな液体を自分の上へと献上する事を決めた。


「コレさ、品評会出すわ」

「へぁ!?」「ふぁ!?」


 ノリノリなサンディ卿と驚く二人。

 さて、大変なのはリーとペリンである。


 想っていた以上に大事に成ってしまい、気が気ではない。

 自宅兼用の工房に帰るなり、リーはペリンの肩を掴んで揺さぶった。


「く、国の品評会!? ど、どうなってこうなった!? ペリン君!?」

「お、おちけつ………あ、違う、落ち着けよぅ、りー」


 何とか相棒と自分を宥めようと試みるペリン。


 カレーを作り上げられなかった事は別にせよ、それに代わるソースを作り上げてしまったリーとペリン。

 

 在る意味では偉大な発明者とも言えるが、その二人はと言えばただの名も無き薬剤師である。

 まさか国の事業に関わる事に成ってしまうなどとは思いもしなかった。

 

 しかしながら、考えてみれば名誉な事だとも思える。

 普段ならば、適当に症状を聞いて漢方薬を調合して配布。


 それだけの人生の筈が、まさかのどんでん返し。

 あの日作った失敗作が信じられない奇跡を生んだ。

 

「やっちゃう? やっちゃうよ!」

「お、おうよ! やったるぜ!」


 どうせ散るなら花の如く。

 リーとペリンは、覚悟を決めた。


 最も、二人しかソースを持っていないのだから、サンディ卿だけでは品評会に出られない。


 過去には盛大な失敗を悲しみもしたが、今の二人は冒険心に燃えていた。


   *


 時と場所は変わり、サンディ卿に連れられて来たリーとペリンは目を剥いていた。

 

 ハッキリ言えば自分達が行る場所は場違いとしか思えない。

 王宮などという場所には、今まで縁どころか関わる事すらなかった。


 如何に薬剤師とは言え特段珍しい職種でもない。

 そんな二人からすれば、王宮は実に畏れ多い場所であった。


 一応めかし込んでは行るリーとペリンだが、ガチガチである。

 背筋は必要以上に伸び、体はまるで岩の様。


 二人が怯えているのは、これから何が起こるか分からないからだ。

 ソースには自信が在るが、かといって人の味覚は時に曖昧である。


 誰かが美味いと言っても、別の誰かは不味いというかも知れない。


 それがただの一般人ならば、別に気にするところではない。

 しかしながら、今回の相手は国の象徴である。


 嫌が応にも緊張感がリーとペリンを固めていた。


「此度、このソースとやらを持ち込んだのは……そなたらか?」


 女性らしい柔らかい声に、リーとペリンはビシッと姿勢を正す。

 相手はただの女性ではない。


「ふ、ふぁい!」「そうであります!」


 別に軍人でもない二人だが、傍目にはそう見えなくもない。

 実に庶民らしい素朴な反応に、女王はクスクスと笑った。


 王宮と言えば聞こえは良いが、誰も彼もが裏があり腹の中は探れない。

 腹に逸物持っている魑魅魍魎が跋扈する魔境である。


 それに対して、外から来たであろう二人組は実に謙虚ですらあった。


「……では、早速」


 この時、女王が庶民が持ち込んだモノを味見するというのは有り得ない。

 サンディ卿の助けが在ったとは言え、正に歴史的事件と言えた。


 余談ではあるが、この時ソースを掛ける為にと出されたのはシェパーズ・パイ。

 作り方に関しては、煮込んだ挽き肉にマッシュポテトを乗せて焼いたものである。

 味付けは塩。


 味気ないとは言え其処へ、件のリーとペリンのソースを入れて味見した当時の女王は大変感動したらしい。


「……こ、これは素晴らしい! 芳醇な香りに旨味たっぷり! よし! コレにはそなたらの故郷の名を付けるが良い! コレより、このソースは……ウスターシャーソースである!」


 と、時の女王陛下が言ったかどうかは定かではない。

 しかしながら、こうしてカレーの失敗作からウスターシャーソースは誕生したのだ。

 

「や、やった……やったんだぜ! リー!? リー?」


 ペリンは身に余る光栄に耐えきれず、ハシャいだ。

 今までの人生の中でも、この上ない栄誉だろう。


 ただ、ペリンの隣のリーはというと、何故か動かない。 


「リー?」

「うーん……」

「おい! リー!? 何でいきなり気絶してんだよ!? こら! 失礼だろうが!」


 気が抜けた様にその場で後ろへと倒れるリー。

 ペリンは慌てて相棒を抱き起こす。


 何とも呑気な二人を、女王は暖かく見ていた。


   *


 王宮から戻った二人だが、半ば夢心地である。

 信じられない体験を、夢ではないかと疑うほどに。


「……夢じゃ……ないんだよな」

「夢じゃねぇよ?」

「ちょっとさ、抓ってくれる?」

「ほれ」


 リーの頼みを受け入れ、ペリンは相棒の頬をグイッと引いた。

 確かな痛みがリーの頬に走り、それが嘘ではないと伝える。

   

「……ウスターシャーソースかぁ」

「作りかた分かってるしさ、いっちょやってみっか?」

「夢はデッカく……か?」

「おうよ、相棒!」


 これ以降、リーとペリンは自分達の名を付けた会社を起こす。

 この際、サンディ卿も手伝いをしたがあまり有名ではない。

 

 マーカス・サンディ卿の名誉の為に補足するならば、そもそも彼が二人に【インドのソースを作って】と無茶ぶりを言わなければ何も起こらなかったのだ。

 

 その点を鑑みれば、サンディ卿もまたソースの生みの親ともいえる。


 売り出されたウスターシャーソースは広まり、二人の評判は鰻登りに上った。

 後にこのソースがとある島国に渡り、様々な形へと魔改造を施されるのは更に先の歴史である。


 それはともかくも、十九世紀頃。

 某大●帝国の高等法院によって、在ることが決められた。


 流行りのモノが出れば、真似をしたくなるのが世の常であろう。

 それは、珍しい事ではない。


 それでも、国の決定は揺るがない。

 ジョン・リーとウィリアム・ペリンが作ったこのソースこそが、正真正銘のウスターシャーソースなのだと。


 かくして【リー&ペリン】という二人の名を冠したソースは現代までその名を馳せた。


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