君の言い方(青葉視点)
数秒間は、自分に一体何が起きたのか理解できないでいた。
一瞬、ふわっとした浮遊感を味わった。それから視界が反転し、背中に強い衝撃を受け、今はビルのあいだの夜空を仰いでいる。
おれは歩道のアスファルトのうえに仰向けになって倒れこんでいた。
街を行き交う人たちはおれを訝しげな目でじろじろ見ながら通り過ぎていく。おれを見てひそひそ話している人たちもいた。彼らの視線が痛いし、それよりも痛いのはおれの腰と背中だ。投げられたときに思い切り打ち付けたのだ。
おれは腰を手でさすりながら、恥ずかしさで急いで立ちあがった。
今日はあの女のせいで災難続きだ。電車では痴漢に間違われ、駅事務室では駅員と警察から厳重注意を受け(結局、被害者不在とのことでひとまず立件はされずに済んだ。不幸中の幸いだ)、路上では豪快に投げ飛ばされるなんて。もし他人から聞いた話だったら信じられないような出来事だ。こんなところであの女と鉢合わせたことには驚いたものの、おれは変質者なんかじゃないって咄嗟に否定しようとしたんだ、ただそれだけだったのに。
おれをいきなり背負い投げしてきたあの女はいつのまにか雑踏のなかに消えていた。おれはしばらくのあいだ、自分に起きたことが頭の中で整理できずにその場に立ち尽くしていた。
すると、おれの今の気分とは正反対の明るいメロディーがポケットから鳴った。おれのスマートフォンだ。ポケットから取り出して電話に出る。
「もしもし」
「青葉、いまどこにいる?」
「......父さん。もうレストランの前だよ」
「それなら早く入りなさい。涼子さんと遥斗と待っているよ」
「わかった、じゃあね」
ところが、電話を切るとメールの受信ランプが点灯しているのに気がついてしまった。急いでメール画面を出す。清可からだ!
今日おれに打撃を与えたのは、痴漢騒ぎ(誤解)と事務室での説教だけでなく、空きコマに会う約束をしてたのに清可にすっぽかされたことも追加される。キャンパスの憩いのスポットで、指輪をバッグにひそませながら待ち合わせしていたのに、ドタキャンされた。『予定ができたから今は無理だけど、放課後なら空いてるから』との短い断りのメール。おれは頭をかきむしった。歯がゆい、歯がゆいぞ。もう少しで清可と正式なお付き合いができるというのに!!
少し冷静さを取り戻したあと、清可からさっき届いたメールを開いて読んだ。
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From: 瀬野清可
青葉の言いたいことなら分かってるよ。わたしに伝えたいことがあるんでしょ。でも、わたしの返事はノーだから。
それを踏まえたうえで会いたいなら、わたしは構わないです。
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そんな言い方はやめてくれ。今夜、自暴自棄になってベッドのなかでクマの抱きまくらを八つ裂きにしてしまいそうだから。
おれのどこに落ち度があったのか言ってくれ。本当にハッキリ言われたら立ち直れそうにないけれど。
いつのまにかきみの気持ちを踏みにじっていたのだとしたら、謝るから。何かきみの気に食わないことをしていたなら、お詫びするから。だから、そんな言い方はやめてくれ。