安堵の溜息(青葉視点)
早朝の時間帯、おれは大学に講義を受けに行くために電車に乗っていた。こんな時間だから、車内はとても混み合っている。隣の人の身体がおれのそれに当たるくらいだった。
唐突な話だが、おれには、好きな人がいる。学部は違えど、同じ大学に通っている、幼少の頃から知っているいわゆるおれの幼馴染みだ。今日は空きコマに彼女と会う予定で、そのときさりげなく彼女に告白しようと思っている。昨日、宝石店で彼女に内緒で購入した指輪を渡して。
10万の指輪を買ったが、それで清可は満足してくれるだろうか。12万の指輪と迷ったが、シンプル過ぎるかなと思い却下した。この贈り物におれの気持ちが全身全霊でこもっているのを分かってくれれば、受け取ってくれるだろう。......まずい、顔がニヤけてきてしまう。
付き合う前に指輪を送るなんて、「重い」と思われそうな気もするが、おれにとって清可はいつかは結婚したいと思っているほどの相手だ。今までの清可の漂わす雰囲気から察するに、付き合うことをオッケーしてくれる可能性は高い。おれは幼い頃から綺麗で少しお澄ましさんの清可に対してこっそり恋慕の情を抱いてきて、最近はようやく彼女もおれの想いに気づき、それに応えてくれているような感がある。ちなみにおれの初恋は幼稚園児の清可だ。そう考えると、かなりの長期間に及んだ片想い期間を経て、いま、告白にいたるわけだ。
――指輪とともに、おれの深い愛情と誠意もぜんぶ受け取ってもらうのだ。大丈夫、きっとうまくいく。
おれは指輪をポケットから取り出そうとした。のだが。
(あ、あれ.......?)
ジーンズのポケットに、あるはずなのに。
(ゆ、指輪が無い......!)
それから衣服についているありとあらゆるポケットを探り、 バッグの中身を全部ぶちまける勢いで指輪をさがし回り........車内が混んでいて腕や手が周囲の人にぶつかって大迷惑をかけてしまったけど、それどころじゃない。
すると、にわかにバッグの裏ポケットのうちのひとつに指輪を入れたことを思い出し、焦りながらそこを探る。
あ、あった.......!
ビロードの小さな四角いケースに入った指輪は、そこにあった。
「はあ......よかったあ......」
安堵のあまり、独り言が漏れる。
そのときになって、周りの人たちが迷惑そうにおれを横目で見ているのに気づいた。謝罪の意味で慌てて少し頭を下げかけたその瞬間、
誰かに強く手首を掴まれ、指輪をもった手を空中に高く突き上げるかたちとなる。
「このひとに、痴漢されました!」
そのときは自分に何が起こったのか、よく分からなかった。