自作の小説をバイブルに異世界で不本意ながらチートになったけど、ハーレムだなんて聞いてない‼︎
「ぱんぱかぱーん。おめでとうございまーす。あなたは100万人目の当選者に選ばれましたぁ。」
抑揚のない声がファンファーレとともに響き渡った。
えらく目の死んだ金髪美少女が椅子にどっかり座りながら拍手を送ってくる。いや、顔も死んでるけど。
三十代OLも真っ青なくたびれっぷり。あ、ため息ついた。なんか二重あごになってるし。
「自分は一応転生神で、ろくに仕事をしないくせに意見だけ出して結局私の仕事をふやしていく神々(クソジジイ共)の発案により、あなたを前世の記憶を持ったままファンタジーな異世界に転生させてあげまーす。ついでになんかチートとかも上げるのでさっさと決めて転生しちゃってください。」
耳ほじり始めたんだけど………このひと大丈夫だろうか。
どうやって死んだかは覚えていない。よくある目の前のトラックに轢かれそうになった人を助けようとしたら云々は全く記憶にないので、どうせどこかでけっ躓いて頭ぶつけたか、受験勉強に耐えられなかった俺のチキンハートが機能を停止したとかその辺だと思う。
これからどうなんのかなー。あ、先週風邪だって言ってバイトをずる休みしてしまった。地獄とか落とされそう。そう考えるとこの申し出はかなりラッキーだと思う。記憶を持ったままなら、真っ当に生きてちゃんと天国にいけそうな気がする。
「あの、神様。」
「ん、何?もう決まった?」
「えっと、特にいらないです。チートとか。記憶持ちで転生させてくれるだけで十分です。」
だって転生っあれだろ?最初は不遇なのに前世の知識で俺TUEEEしてハーレムとか作っちゃうあれだろ?
無理だよー、絶対無理だよー。だってあいつら強いせいで、化け物並みの敵とか出てきて平気で腕とか足とかもげるじゃん。魔法でくっつくのだとしても死ぬほど痛いに違いない。戦いとかしたくない。人とか殺したくない。平々凡々な現代の生活を謳歌した俺にとっては痛みや今まで培ってきた倫理観を崩壊させるものは恐怖の対象でしかない。
死ぬまで農作業とかは正直勘弁だけどそこそこの街に住んで小さなお店をやったりするので十分だ。力がなければ死ぬ可能性もあるだろうが、いくら強かろうと人間死ぬときは死ぬ。もしかしたら天命とかあるのかもしれないし。それまでにせいぜい善行でも積みたいと思う。
女神さまは、俺の回答に痛く驚いたのか、手のひらの上に置いていた顎がずれて、肘掛に顔を殴打。そのまま、椅子から転げ落ちた。
大丈夫か?
おそるおそる様子を見ようと近づくと…………。
「うっわああああぁぁぁん‼︎」
えっらい勢いで泣き出した。
嗚呼、せっかくの美少女フェイスが涙と鼻水でぐちゃぐちゃに。
「こんなに、こんなに善良な人間だったなんて‼︎前世見た感じだとパッとしないただのクソガキかと思ったのに‼︎」
やかましい。
「最近転生だの勇者召喚だの押し付けられて何百人もの人間押し付けられるし‼︎何の影響かなんか知らないけどこっちを脅してスキルの数増やそうとするだの、昔よりやりにくい奴が多いしいいぃぃ‼︎私、一応女神なんですけど⁉︎皆敬意が足りないんじゃないの⁉︎敬意が‼︎」
なるほど、すっげえ荒れてると思ったらそれが原因か。転生した奴、皆日本人なんじゃないか?
「挙げ句の果てには『俺の英雄譚を見届けたいのなら、お前も連れて行ってやってもいい。』だぁ⁉︎何様だよ‼︎現実ちゃんと見ろよぉぉぉ‼︎」
一通り叫んで落ち着いたのか、ぜぇぜえと息を整えている。しかしなかなか涙が引っ込まないのかずっとえぐえぐいっている。あいにくハンカチなんて気の利いたものは持っていないので自分の着ていたTシャツで顔を拭ってやった。
「まあ、その、すみません。うちの同郷の者が。多分、非現実的状況に頭がパアになったんだろうというか………ご苦労様です。」
哀れだ。哀れすぎるぞ女神。
「う、えっぐ。久しぶりの思いやりに満ちた言葉に心が動いてしまいました。見苦しいところをお見せして申し訳ないです。コホン。では、あなたの誠意ある態度のお礼に異世界転生ではなく、異世界転移させて差し上げます‼︎」
女神様曰く、転生より転移のほうが難しいらしい。特に俺の場合肉体が完全に消滅しており再構築するのがすごく面倒くさいんだとか。確かに出生を気にしない分やりやすいだろうけど、そんな事させてしまっていいのだろうか?
「大丈夫です‼︎今まで私に対する態度が悪かった人には劣化版スキルにすり替えたり、言語変換機能をこっそり抜いたりしてたので。力はだいぶ貯めてるんです‼︎」
黒い、黒いぞ女神。というかそれ大丈夫だったのか?
「死なない程度にちょっと困るレベルの物しかしてないですから。この前勇者のクソガキが『これさえあればチートだ!』とか言ってた『鑑定』と『経験値倍加』はレベルが上がり辛いようにしてやったし。というか、お前らの魂胆はだいたい見えてんだよ。全員同じようなスキル取りやがって。パワーバランス調節済みだっつーの。」
女神様は半目でけっ!とえらい言葉を吐いた。恐ろしい………。
「他に、なんでも1つ願いを叶えてさしあげましょう。莫大な資産。ユニークスキル。さぁ、なんでもどうぞ‼︎」
はて、本当にそういう物は特にいらないんだよなぁ。特別な物じゃなくて、何か生活していく上で便利な物とか………。あ。
「えっと、前世の物を持ち込む事はできますか?」
「地球の物ですか?うーん。ある程度の物なら平気ですよ。でも、携帯電話とかは持っていってもこちらの世界とは繋がらないので意味はないかと………。」
じゃあ、ネットとかもダメだな。ふむ。
「それでは『知識』はどうでしょう。」
「それくらいならお安い御用です。肉体に書き込めばいいですから。でも、あなたの脳の容量を超えるような情報は詰め込めないですが。」
それなら全く問題はない。なぜなら俺の欲している知識は『かつて1度目記憶していた』知識だからだ。
実は俺はかつてネット小説を書いていた。書籍化こそされなかったものの、何度かランキングにも載ったしその手の物が好きな人は知っている人も多かったと思う。
そして、その内容とはズバリ、『異世界転移物』だ。これを書くために俺は調味料やガラスなどの異世界でもあると便利な物の製造方法をかなり調べた。また、それを小説の中に多く記している。一度自分で書いた文章なのでおぼろげに記憶には残ってるし容量的には問題はないと思う。それに、今の自分にとっては欲しい情報だけが凝縮して載っている所謂『異世界マニュアル本』だ。好都合な事この上ない。
その旨を女神様に伝えると、了承してもらえた。おまけに、その知識を忘れないよう、永久記憶をつけてもらった。まあ、この知識限定だけど。
「それでは女神様、いろいろありがとうございました。」
「こちらこそ。久しぶりにまともな人と話せてホッとしました。もしあなたがまた亡くなったときはこちらに来れるようにとりはからいます。そのときはいろいろお話聞かせてくださいね。」
神々しい笑みを浮かべている。やっと女神様らしくなったな。
「はい、ぜひ。それとこれからも俺の同郷の者が何か失礼をするのでしたらいっその事雷の1つでも落とせばいいと思います。舐めた事言わないように。」
意識が消えようとする直前こっそりと女神様に助言をすると、彼女はニタリと笑った。何かあくどい事を考えているに違いない。同郷の者たちよ、せいぜい女神の逆鱗に触れないように頑張りたまえ。わはははは。
そんなこんなで意識が戻ると、俺はとある町の近くの森に立っていた。着ている服は日本の物とは程遠い物だった。多分女神様が異世界でも浮かないような物に変えてくれていたのだろう。持っていた皮の鞄には金貨が3枚入っていた。あなたは神か。女神だけど。
そのおかげで、関税を払う事ができたため、あっさりと町の中に入ることができた。冒険者登録をしたおかげでそのお金は返してもらえたし、当面のお金には困らない。人生イージーモードかよ。
まあ、宿暮らしなのでその資金もすぐに尽きそうだったため冒険者として細々と依頼をこなした。採集なんかをしてお金をちまちま貯めて武器を買い、訓練して討伐依頼を受けた。そうそう、俺は才能が少しあったみたいで魔法も使う事ができた。いかんせん地球生まれなので素養は大した者ではなかったが、例の知識のおかげでそこそこ強くなれた。科学知識って偉大。でも反則的な強さじゃないし、そんなチートじゃないよ‼︎ちょっとだけチートなんだよ‼︎今Bランク冒険者でもうすぐAランクに上がるなんて、そんな事はなくってよ。おほほほほほ(棒)。
そして商人ギルドでも登録をした。とは言っても店を持つのではなく、ギルドに新しい製造レシピを売っているのだ。ネットから引用して、半年ごとに数個渡しているのだが、2度目に売りに来た時から俺だけギルド長の部屋に通されるようになった。商人ギルドの人たちは俺に対するごますりが凄まじい。ギルド長なんかたまに興奮で目が血走ってる。商人怖い。
とはいえ俺の日常は平和だ。小説の主人公とは違い、起こりうるトラブルは全力で回避している。何処ぞのでかい組織に喧嘩売って命を狙われてもいないし、金銭に関しても、独占しないように商人ギルドに情報を売ったおかげで恨まれてもいない。なかなか順調である。
ただ1つ問題があるとすれば………。
「「「「「だっんなさま〜〜‼︎」」」」」」
俺は今、囲まれている。いや、そんな生温い表現は当てはまらない。どちらかというと包囲されている。
彼女たちの共通点としては、全員美少女である事。そして、異常に俺に執着しているという事だ。
あんまり覚えていないのだが、俺はモンスターに襲われていたり、厄介ごとに巻き込まれていた彼女達を助けたらしい。ガチで記憶にないので、多分何かで動いた時に俺のあずかり知らぬところで彼女達を救ってしまったのだろう。いや、正直本当に感謝とかお礼とかいらない。俺に恩返しをするためにわざわざ故郷を出てきた子とかもいるみたいだし。責任をとって家まで送ると言ったのだが全員聞こえないふりをしてきた。それどころか俺をめぐって、キャットファイトを繰り広げようとしている。
余談なのだが俺の書いた小説では、もちろんハーレム要素はあった。しかし、どちらかというと自分を見下していた相手をねじ伏せて相手の好意を得るという下剋上物だった。相手から無条件に好意を寄せられるような内容ではなかったのだ。よって、恋愛に関してはこの小説は全く参考にならない。
女の子ほんと怖い。肉食すぎる。みんな虎視眈眈と俺のベッドに入ろうとねらってくる。鍵をかけても壊されるし逃げようとすれば罠で捕獲される。もう嫌怖い。誰か助けて!
女神様!正直チートとかどうでもいいからこの『知識』、恋愛マニュアルかなんかと交換してくれ‼︎
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うわ、やっばい。あの人好きすぎてこっそりチート付けすぎちゃったよー。本人全然気づいてないけど。普通拳1つで岩砕いたりとか出来ないですからね。というか、あんだけ強くなったら神格化できると思って死後結婚してもらおうと思ったのに、なんなんだよあの雌豚ども私の旦那様に付きまといやがって天罰でも下したろか以下略