Hello, Variants (Last)
Note
・ハンティストギルド
各地の有害獣駆除などを生業とするハンティストの統括・派遣組織。ライセンス発行から備品の支給など、手広くバックアップしてくれる。
心と身体の高揚を冷えた空気が覚ましていくのがくっきりと感じられた。大きく肺の中の空気を吐き出して、中身を入れ替える。向かいに転がっているギルはもう眠ってしまっている……今のうちに……
私も鞘を外して横になり、雲間から漏れる月明かりをぼんやりと眺めながらこれからの処理について頭の中で考えを巡らせてみた。鼓動が落ち着いてくると、次第に張り詰めていた糸がフッとちぎれたように、私の意識はまどろみに飲まれた。
***
「……で、なんで“獣”じゃなくてオッサンが繋がれているのでしょうか。」
「いま説明したとおりです。今話した異常バールフとは関係なく、この男……ギル=ヘルストは5年前に起きたガイア近辺での少女誘拐事件の重要参考人です。」
「ではなぜ、その誘拐犯と一緒にハントに出ていたのでしょうかー。」
「これで2度目ですが……。この人が街を出歩き、ギルドに接触してくるということは被害者はもう死んでいるか売られているでしょうから証拠もなにもありませんし。それに……」
「お団子美味しかったんで」とは言えないよな……。
馬車で私が眠ってしまう前、私はギルのことを拘束しておいた。理由はさっき述べた通りだが、私の自己紹介を書いておかねば。
私は、ハンティストギルド-オステム支部の「治安維持課」に所属しているハンティストだ。そもそもこの世界は“獣”が現れて蹂躙された時──崩落期以降、それ以前にあった「国」が存在しない。いや、各村や街が国の代わりと言っても良いだろう。それぞれに領域や国民、主権はあるが、国境は崩落期以前と比べて人口も激減したため紛争を起こすほど密接していない。
だが、各クニが建国されていくなかで、“獣”に対抗すべくハンターが生まれていった。そのハンター達を統括したものがハンティストギルドだ(ちなみに、ハンターはハンティストの前身で、ハンティストは“獣”の生態研究も担っている)。各クニに警察などはあるが、仕事柄各地を旅したりする私たちは警察の指定した犯人や重要参考人の指名手配をすることもある。
私がギルの顔を知っていたのは、ここに来る前にこの近辺の指名手配リストに目を通していたからだ。あくまでも副業的位置なのだが。
「とにかく、資料を漁ってきてください。それから、水をいただけますか。」
渋々引っ込んだ受付の青年にロビーで待たされる間、俯いていたギルが顔をあげて「なぜ確信したのか。」と聞いてきた。初めて会った時点で一度ここに来るのは決めていたが、なによりこの人が使っていた剣だ。依頼を出してきたということはハンティストではないわけだが、なぜそんな男が身の丈近くある大剣を持っているのか。なぜ依頼を出した時ではなく出立前に手入れに出したのか、とか。
「失礼致しました。確認が取れましたので、あとはこちらのものが処理します。」
「いえ、ではこれで。」
帰ってきた青年の態度の改まり様に内心でほくそ笑みつつ、まっすぐ宿に向かった。
宿に着いたときにオーナーが何か言っていた気がするが、よく覚えていない。部屋に入るなり荷物を降ろし鎧を脱ぎ捨て、鉛のような身体でそのまま布団に倒れ込んだ。重たい瞼に逆らうことなく、そっと一日の無事を喜び、深い眠りに落ちた。
***
もう日の出から少し経っているらしい陽の光で目を覚ました。昨日に引き続き重たい身体を引きずり、大浴場へと向かう。脱衣所で身につけていた衣類の代わりにハンドタオルを持って浴場の戸を開けるが、もう誰も入っていなかった。裸体だが思いっきりのびをして、頭からお湯をかぶる。柔らかな陽をそのまま浴びているようなぬくもりの湯で身体を清めて、湯船につかる。肩まで浸かると、ショートともロングともつかない中途半端な白髪が湯船に揺らいだ。……なんだ、珍しいか。髪を着色したり脱色したりできる世界であれば、私も真っ先に黒く染めるのだが生憎そんな技術はないんだ。
湯船から上がり、新しい肌着に着替えて部屋へ荷物を取りに戻った。オーナーに交渉して荷車を貸してもらったのでギルの荷物と私の荷物を積んで、チェックアウトした。だが宿を出てすぐに、オーナーが走ってきた。
「ハインケス様、昨日も申しましたが、黒いトレンチコートの男性があなたを探しておられました。外出中ですと伝えると『ギルドのロビーで待っている』との伝言を残していかれました。」