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バイトからファンタジー  作者: 森戸玲有
第2章 殺し屋ってファンタジー
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第2章 ②


「ここは日本ではない?」

「その通り。国名は「リムブール聖国」だ」

「――……で、レクスとイズクは何者なの?」

「私は、王位継承権第一位の尊い人間。……で、イズクは私の兄だ」

「兄っ!? 兄なのに丁寧語なんですかっ?」

「それは私もやめろと言っているのだが、やめないんだから仕方ないだろう。くだらない質問なら受付けないぞ」

「じゃ、じゃあ! どうして私はこちらに来てしまったの?」

「イズクが「強い暗殺者」を条件に、異国(・・)からという条件で召喚術を使ったせいだろう」

「異国って?」

「お前は異国人だろう?」

「日本人です」

「知らない国名だな。本当にこの大陸に存在しているのか?」

「私だって、リムブールなんて国が地球上に存在してたなんて知りませんでしたが……」

「ちきゅう? 何だ。それは? にほんだか、ちきゅうだか知らんが、リムブールを知らないとは、いつか命取りになるぞ」

「――で? さくっとやる相手っていうのは?」

「――国王の側近・現在宮廷顧問という特殊な役職にいるイグリードという男だ。イグリードは数年前から宮中に入るようになり、しまいには国王を良いように操るようになっていった。このまま野放しにしてはおけない」

「どうして、私の言葉は二人にだけ通じているのでしょうか?」

「それは奇跡の業だ」

「何だ。そりゃ?」 

「……シーナ」


 今まで黙って椎菜とレクスのやりとりを耳にしていたイズクが口を挟んできた。


「奇跡の業のことを聖術(せいじゅつ)と呼ぶのです。貴方の国には聖術はないのですか?」

「聖……術?」


 そんなものがあったら、椎菜の家がここまで貧しくなることはないのではないか?


「聖術だか、魔法だか分かりませんが、日本にそんなものはないですね……」

「つまらない国だな」


 レクスが本当につまらなそうに、欠伸をした。


「リムブールでは王族が奇跡の業を一つ使うことができる。奇跡の業というのはまた大げさだな。特殊体質のようなものだ。一人一つ。イズクはお前が見た通り召喚術を身につけている」

「はあ。いまいちリアリティがないというか……」


 椎菜としては、いまだにここが日本でないことが信じられないのだ。それ以上のことを、伝えられても頭がついてこない。


「私の祖父は……、まあ、個人的には、いけ好かない最低なジイさんだったが、念波で会話ができる人だった」

「はあ?」

「祖父は、リムブールで自由貿易を開始するにあたって、自分の能力が活かせないかと考えた。そして、それを活かす方法を見つけた。自分の能力を何かに凝縮して、込めれば良いのだとな。お前は気付いていないだろうが、実際、お前はリムブールの言葉で話しているわけではないんだ。お前の強く伝えたいことが頭に伝わって、我々はお前に言葉を返している。それをまたお前が認識している。そういう仕組みだ」

「まったく、意味が分かりません」

「分かるはずないですよ。殿下の説明では……」


 にべもなく言い放つと、イズクは何処からともなく紅色の怪しげな錠剤を取り出した。


「私たちは、この錠剤を飲むことによって、貴方と会話をしていたのです。他の使用人は貴方が何を話しているか分かりもしませんし、貴方も分からなかったでしょう? 我々と縁も所縁もない遠方の人間に依頼したほうが禍根も小さく済んでお得だと思ったんです」

「そうですか……」


 わざわざ暗殺依頼するために、こんな手のこんだ真似をしたのか?


 しかし、とんでもない的外れですよ。お客さん……と、喉から言葉が零れそうになって、椎菜は慌てて咳払いで誤魔化した。


「ともかくも、話は伝わりましたね? イグリードの首をそのハサミで挟めば、貴方の役目は全うできます。残りの謝礼はちゃんとお支払いいたしますし、故郷にも帰して差し上げます」

「ちょっ、ちょっと待ってください」


 反射的にふかふかのソファーから、椎菜は立ち上がった。


「では、その……。イグ何とかっていう人を……」

「イグリード」


 レクスとイズクが声を合わせて言った。

 しかし、椎菜にとってはそんな外人名などどうだっていいことだった。


「その人を私が殺さない限り、家には戻れないということですか?」

「何か、問題でも?」


 イズクがとんでもなく凶暴な目つきで、椎菜を見上げた。

 問題だらけだ。大アリだ。普通に暮らす女子高生が誘拐された挙句、殺人を強要されている。

 むしろ、殺されそうなのはこっちの方だ。


「ともかくも、こちらは貴方に前金を支払ったのです。もちろん、気が進まないようでしたら返金してくださればこちらで別の者を手配いたしますけど? どうします。この依頼を受けず、代金を返しますか?」

「……あ、……う」


 椎菜は口にしかけて、どうしようか悩んだ。

 もちろん、元の世界に返して欲しい。だが、元の世界に戻ったところで、あの宝石は今頃母の手によって換金されて、借金返済に充てられてしまっているだろう。

 ……はい、どうぞと言って、返すに返せない。

 大体、この世界、召喚という謎の魔法がまかり通ってしまっているのだ。

 その不可思議な術のメカニズムが判明しない限り、椎菜は何処にいてもイズクに呼び戻されてしまうのではないか?

 呼び戻されて、宝石はもう何処にもないと告白したらどうなるだろう。


「もしも……。万が一よ」


 椎菜は胸を叩いて、精一杯強がって見せた。


「私がその仕事を請けずに、宝石を持ち逃げしたとして、貴方達に何ができるんですか。だって私は凄腕の殺し屋なんですから、追っ手をかけてきても、無駄かもしれませんよ?」

「その点は大丈夫です。俺も召喚師のはしくれ。召喚術を駆使して、貴方を違う世界に飛ばして差し上げましょう。暗殺に関しては貴方の方が上でも、召喚術の知識もない貴方に俺は止められません。どうします。試してみますか?」 

「嫌だな。もしもの話だって言ったじゃないですか」

「そうだ。もしもの話だぞ。イズク」


 三人全員でうすら寒い笑い声をあげながら、椎菜は考えていた。


 ……違う世界?


 何で、そんなところに椎菜が飛ばされなければならないのか。

 恐怖を通り越して、腹が立ってきた。


「そんなに強いのなら、イズクさんがさくっとやれば良いんじゃないですか」

「……それができるのなら苦労はないんですけどね」

「それは無理だな。一つは、イグリードが聖術に通じている男であること。そして、二つ目は、もしも私達が手を下せば内乱になるということだ」

「内乱?」

「そうだ」


 レクスがきっぱりと断言して、静かにカップの液体を啜った。

 一口に内乱と言い切られても、この国の国民自体、この屋敷の住人しか見たことのない椎菜には、まったくといっていいほど実感がわかなかった。

 レクスが暗くなってきた室内を見回し、窓を振り返った。


「さて、日も翳ってきたことだし、今日のところはここまでで良いだろう。焦ったところで、準備もあるだろうし。なあ、シーナ?」 

「はあ……」


 椎菜はこの薄ら寒い悪夢に相槌を打つしかない。レクスは不自然なほど椎菜と距離をおいて座っているくせに、口調と態度だけは穏やかで親切だった。


「まあ。暗殺を実行するまでは、ゆっくりしていくがいい」

「はっ?」


 椎菜は高校生で、家族のために電話セールス中で、学校だってテストが近いのだ。

 ゆっくりしている暇なんてない。しかし、レクスはあくまでマイペースだった。


「ちゃんと、策を練らなければ大変なことになるからな。イグリードに辿り着く前にお前が殺されてしまうかもしれないし」


 朗らかに死刑宣告をしないで欲しい。

 顔面蒼白となっている椎菜を置いて、イズクがメイドを連れてきた。

 メイドといえば、椎菜にとって黒と白のイメージが強かったが、ここのメイドは濃い緑色のワンピースに、白のエプロン姿だった。しかも、背が高く、肉付きも良く、褐色の肌。

 まるで、男のようだった。明らかに、椎菜の二倍の面積はある。

 椎菜は殺し屋という設定らしいし、恐れ知らずのメイドを寄越したのかもしれない。

 いや、こんなメイドがいるなら、彼女の方が殺し屋適任じゃないだろうか?


「カルラ。彼女を部屋に……」

「畏まりました」


 ……カルラという名前に椎菜は驚いた。西洋っぽくなかったからだ。しかし、元々ここが何処なのか分かりもしないのだから、どんな名前が使われていてもおかしくはないのだ。

 カルラは凶悪な顔で椎菜を睨みつけていた。逆に、イズクはさっさとシーナから視線を逸らしていて、レクスに至っては、片手を上げてさよならのポーズを取っている。


「ま……」


 言いかけたが、逞しいメイドの腕にラリアットを食らった椎菜は呼吸もできずに、部屋の外に連れ出された。カルラは巨体を揺さぶりながら、ずんずんと進む。そういう歩き方なのかと最初は思っていたが、違った。彼女は機嫌が悪いのだ。


「異人なんだってね?」


 いきなり投げかけられた言葉に、椎菜は足を止めた。カルラが振り返る。

 椎菜は外人ボクサーに因縁をつけられたような気分だった。恐ろしすぎて、身じろぎもできない。


「言葉が……?」

「先の王が作られた稀少な薬を、あんたの世話をするために、王子が私に渡して下さったのよ」

「……そう、ですか」

「その格好、いかにも下賎な女って感じだけど」

「いや、この格好は制服といいましてね。日本の大部分の女子高生が」

「意味分かんないのよ。足をそんなに出して、男を誘惑するためなんでしょ。汚いわ」


 そんなことはない。椎菜のスカート丈は膝丈程度だ。これを誘惑と言うのなら、都会を歩いているギャルの姉ちゃんは何なのか……。しかし、椎菜の制服がよれよれなのは事実だった。


(汚い。確かにそうかも……)


 近所の人のお下がりなので、まだ一年ちょっとしか穿いていないのに、スカートのプリーツも取れてしまって、テカテカしている。

 確かに、カルラの目に狂いはない。椎菜は下々の者であり、その代表格のようなものだった。

 黙っていると、椎菜の先導を始めたカルラは鼻を鳴らした。


「何よ。王子に言いつけようっていうの? ふん。どうせ王子の寛大な御心につけいって誘惑しているんでしょう。傷心の王子の御心を癒そうなんて、あんたなんかにできっこないのよ」

「つけいる……、誘惑って……。私が? どうしてそんなことに?」 


 冗談じゃない。彼らにつけこまれているのは、椎菜のほうだ。


「この時分に客人だなんておかしいじゃないの……。あんたがイグリードの間者だっていう可能性だってあるんだから、私は警戒させてもらうわよ」

「いや、だから私は……」


 事細かに説明したいが、何をどう話して良いのか分からない。正直、泣いてしまいたかったが、掃除機と高枝バサミをカルラから乱暴に手渡され、重みと共に一気に力が抜けてしまった。


「はい、ここ」


 カルラが部屋を指差した。一応、椎菜には個室が用意されているらしい。

何のトラップが用意されているかは分からないが……。

 上目遣いで、カルラを見遣ると捨てゼリフが返ってきた。


「あのね。王子は心を許された女性にしかお声もかけないのよ。女性がお好きではないの。それがどうして、いきなりあんたなのか……」

「――女嫌い……ってことですか」 


 ぽつりと呟くと、カルラがハッとして口元を押さえた。


「これは極秘事項なんだからね。絶対に誰かに話さないでよ」

「話しませんよ」


 第一、言葉が通じないだろう。しかし、カルラは引っ込みがつかないのか……。


「もし、誰かに話したら……」


 がつっと、部屋の扉を拳で殴った。


「私がお前を殺す」


 こわい……。


(……殺し屋として召喚された私は、早々に屋敷の女中に殺されそうです)


 カルラが去って行くのを硬直したまま見送り、ふらふらと扉を開けると、予想外に広い部屋の中にレースの天蓋つきのベッドを発見して、椎菜はうろたえた。


「うわ……」 


 特にトラップもないようだった。生まれて初めての一人ベッドだと思うと、ホームシックよりも、好奇心が頭をもたげる。とりあえず、おもいっきりダイブをした。


「…………夢じゃない」


 派手にバウンドしながら、椎菜は現実を噛み締めていた。


 ―――どうしよう。日本じゃない。


 ……じゃあ、ここは一体、何処なんだろう?


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