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バイトからファンタジー  作者: 森戸玲有
第1章 バイトからファンタジー
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第1章 ②

「おたく、名前何て言うんだ? ウチの個人情報何処で仕入れたんだよ」

「え……、いえ、あの以前お買い上げ頂いた時のアンケートで、連絡しても良いと仰って頂いたお客様だけにこうしてお電話を……ですね?」

「ああん? 意味が分かんねえんだよ。責任者出せよ。責任者……」

「……えっと。責任者はですね、……残念なことに、丁度席をはずしておりまして……ですね」

「ふざけてんじゃねえよ。バカ野郎!」


 がちゃん! ……電話口で怒鳴られた挙句、容赦なく電話は切られた。


「うっ」


 椎菜は深い溜息と共に机に突っ伏した。


  (絶対、無理……)


 人生初のテレアポは、研修もマニュアルもなければ、ぶっつけ本番だ。

 夕飯の準備で忙しいせいか、まず電話に出てもらえないし、出てくれたところで、会社名を出した途端、会話不能となる。


 これで、三十件目。


 精神的苦痛は極限レベルだった。

 椎菜だって自分の家にこんな電話がかかってきたら、即刻切るはずだ。


(でも、でもね)


 電話の向こうの人を責めることは出来ない。……けど、もう少し言い方というものがあるのではないだろうか。


(私だって、好きこのんでこんな電話かけているわけじゃないのよ……)


 しかも、電話代までかけて馬鹿みたいだ。


 それでも……。

 椎菜は閉じかけた名簿を開いた。


「えっーと。次は……」


 こうなったらと、ランダムに名前を探して、電話番号を押す。

 どうせ、電話に出てもすぐに切られるだろう。


(せめて、少しくらい話を聞いてくれればいいけど……)


 既に販売目的であることすら忘れている自分には気付かず、椎菜は受話器を耳に押し当てた。


 ――プルルル~。


 相手を呼び出す機械音が、椎菜の緊張に拍車をかける。

 もう切ってしまおうかと、受話器をおろしかけた時……


『ああ……』


(でたっ!) 


 男の声だった。

 単純に、電話に出てくれたことは嬉しかったが、同時に怖いような感情も芽生える。


 それに電話口の男の最初の言葉は、ありがちな「もしもし」とか「はい」とかではなかった。


(「ああ」って、何?)


 しかし、それでも、せっかくの機会だ。逃したくはない。

 椎菜は咳払いして、姿勢を正した。名簿の名前では、この人は「伊藤さん」のはずだ。


「あのー。もしもし伊藤さんのお宅でしょうか?」

『しつこいな。聞こえている』

「はあ……」

『……待っていたぞ。ようやく、引っ掛かったか?』

「……はっ?」


 意味が分からなかった。どう考えたって、待ちに待たれるような電話内容ではない。


「私、YM商事の唯川と申しますが……」

『ほう。それがお前の名か』

「……はあ」

『呼びづらい、珍妙な名だな』


 Yは唯川のYで、Mは父の名の勝だ。

 安易につけた社名だし、椎菜も好きなわけではないが……。


『まあ、名前など何でもいいか。即刻、本題に入ろうではないか』

「……えっ。入って良いんですか?」

『そのために、私とお前はこうして話しているのだろう。違うか?』


 いちいち意味が分からない事を言う男だが、話を聞いてくれるのは有難かった。

 椎菜は急いで手前の掃除機のパンフレットを広げた。


「ええーと。環境問題が世界的に取りざたされている近年、これからの時代はエコカーなど環境に優しい製品が主流になってくることでしょう。それは家電製品も例外ではありません」

『カデン? 何だ。それは? だるい説明を続けるようなら、お前とはさよならだが、良いか?』

「ま、待ってください!」


 椎菜は困惑した。バイト経験だってないのに、どうしていきなりこんな窮地に立たされているのか。上司もいない今、この言い返しに上手く返せるマニュアルがない。

 椎菜は正直に言うしかなかった。


「と、当社では掃除機を販売しているんです」

『……掃除? 残酷だが良い響きだな』


 何だか分からないが、男は薄笑いを浮かべているようだ。

 よほど掃除機が好きなのだろうか?


(でも、残酷って?)


『……で、値段は?』

「一つ、二十万と五千円……」

『…………ふむ』


 沈黙した。当然だ。掃除機一台に、そこまでお金をかけても良いと思っている人間を少なくとも椎菜は身近に見たことがない。


「……あはは。やっぱり高いですよね」


 静かな時間が長すぎて、椎菜は自分でも笑ってしまった。

 なんだか、電話を切るに切れない男の姿を想像してしまった。

 今のところ変人で決まりだが、万が一本当に良い人だったら、可哀相だ。


『いまいち、その値段の意味が分からないのだが、とりあえず金品は沢山あるぞ。お前の望み通りの金子を払っても良い』

「…………きんす?」


 椎菜はぼんやりと呟いた。時代劇のような言い回しだが、金はあるらしい。


「本当に?」

『嘘は言わん。商談なんだからな』


 どうも男の口調は時代がかっている。からかわれているのかもしれないが、椎菜は話を先に進めるしかなかった。


「えっーと。それでは、お客様のお名前と、現金払いかクレジット払いかを……」

『いちいち面倒だな。……イズク、召喚だ』


(はっ?)


 イズクって。もずくの種類か?

 男の呟きの方が意味不明だった。

 コードレスの受話器片手に、ダンボールの山の中から埃を被っていない品物を引っ張り出していた椎菜には、男の声がいまいちちゃんと聞こえなかった。


 だが……。

 突如、受話器が発光した。


「うそ!?」


 最初電話機から出火したのかと思ったが、そうではなかった。


 流れ星が直撃したような熾烈な輝きが部屋全体を覆い、椎菜は堪らず目を瞑る。


「ちょっ、何これ?」


 体が浮遊しているような妙な感覚。まるで、宇宙の中を漂っているような無重力感……。


(私、疲れているのかしら?) 


 夜でもないのに、訳の分からない夢を見てしまうほどに……。


 恐怖にかられ、椎菜は両手で顔を覆う。

 周囲が大人しくなったような気がして、おそるおそる指の隙間から外を見ると、何てことはない父の所有しているボロアパート……

 ………………ではなかった。


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