表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
バイトからファンタジー  作者: 森戸玲有
第4章 真相はハッピーエンドを待たない
19/34

第4章 ④


 回廊を右折してしばらく歩いた。てっきりレクスのもとに連れて行ってくれると思ったが、そうではなかった。青い花柄の壁紙が爽やかな部屋に通された椎菜は、部屋の中心を占拠しているソファーに座るよう勧められた。


「ここで少し休んでて」


 男は楽しそうに椎菜の隣に座った。足を組んで、居座る気満々である。椎菜は何気無いのを装って、掃除機を男との間に置いた。


「取次ぎは?」

「ちゃんと伝えてある。大丈夫だ」

「大丈夫?」


(……本当かな?)


 まずいのにひっかかってしまったかもしれない。座らなければ良かったと今更後悔しても仕方ない。身を小さくして沈黙しているが、正直男の興味むき出しの視線が気味悪かった。


「……で、君いくつ?」

「はっ?」

「君、可愛いね……」

「えっ?」

「王子は、こういう娘が好きなのか……?」

「はあっ?」


 椎菜が困惑しているのを、確実に無視して男は頭の後ろで手を組んだ。


「大の女嫌いと聞いていたが……。王子もとうとう」

「違います」


 椎菜は席を立って、声を荒げた。


「私はレクス様の従者だと言って!」

「王子が娘を従者で連れてくるはずがないじゃないか」

「えっ?」


 レクスの知り合いだろうか。レクスの女嫌いを知っているのは、イズクと、あの屋敷で奉公している使用人くらいじゃないのか?


「貴方はもしかして……、レクス様の……兄?」

「父だよ」


 あっさり男は名乗った。


「ちょっと、冗談はやめて」

「嘘をつくなら、兄だっていうことにしておくけどね」


 そうかもしれない。だけど、父親だとすると、相当に若い。幼く見える。


「えっ。ちょっと待ってください。……ということは、貴方は?」

「名前はオーディン=リムブール=フィルロネラ=アイルという。まあ、君の場合王子のことを名前で呼んでいるんだ。余のこともアイルでいいさ」

「いや、名前の問題じゃなくて、貴方が国王陛下じゃないかという疑いが?」

「そうだよ」


 さらっと肯定した国王は、子供のように大きく欠伸をしている。

 この男に比べたら、レクスの方が数段大人っぽく見える。もっと早くこの男の正体に気付くべきだった。しかし、中庭で国王が一人で、ほっつき歩いているなんておかしいだろう。

 今も、誰も人がいやしない。本当にこの男、偉いのか……?


「じゃあ、君は王子にとってただの従者だと?」

「従者よりも、もっと格下かもしれませんよ。捜してももらえないし」

「なるほど。住んでいる世界が違うが、その覚悟はあるのかとか、父親として聞かなきゃならないかって気を揉んでいたのだが、それなら良かった」

「一体、何が良かったんですか?」


 椎菜は、思いっきり顔を歪めた。

 国王・アイルはさりげなく、掃除機を下にどけて椎菜との距離を詰めた。

 ……顔が近い。

 レクスの父親だけあって綺麗な顔立ちをしていたが、別に椎菜はおじさん趣味ではないのだ。迫ってこられても困る。


「余は君に興味があるということだよ。話が聞きたい。そうだな。どういうところで生まれ育ったのかとか、王子とは、どういう形で知り合ったのか……とか?」

「話しても良いですけど……」


 椎菜は肩に乗っている手を振りほどいた。


「こういうのは嫌いです」

「これも友愛のつもりなんだけどね」


 再び、肩に手を回されそうになったので、椎菜は焦ってソファーの下の掃除機に手をかけた。


「……それ、何?」


 今更、掃除機の存在に気付いたらしい。


(この掃除機、異様なくらい大きいのに……)


 この男、今まで一体、何を見ていたのか。


「さすが、噂に聞いただけあってスケベなおっさんだわ」

「…………おっさん?」


 アイルが目をぱちくりさせている。


「刺激的な一言だな。国王になってから一度も言われたことがない。益々君に興味を持ったよ」 


 ……そうだろう。椎菜は部外者だからこそ言えるのだ。

 物珍しいおもちゃを見た子供のような顔つきで、アイルが近づいてきた。

 今まで、年相応の男子にすらもてたこともない椎菜だ。ただでさえ、免疫がないのに、子持ちの年上男性に、興味を持たれてしまっても、嫌悪感しかわいてこない。


「ち、近づかないでよ……」

「近づくくらい良いじゃないか。君、本当可愛いね?」


 ブチっと、椎菜の堪忍袋の緒と、掃除機の電源を押した音が重なった。

 いつも窓の近くに放置したまま使っていなかったから、ソーラーエネルギーも豊富だ。

 …………ぶぉーーん。

 最先端の技術を持ってしても、防げなかった凄まじい音が部屋中に響き渡る。


「おおっ! な、何だ。それで何をしようというんだ?」


 アイルは、レクスと同じような大仰な反応をした。さすが親子だ。


「100%充電してたから、パワーも豊富だわ。はははっ」 


 しかし、悪役のような高笑いは、長続きしなかった。


「あれ?」


 椎菜はまたしてもスイッチを「強」にしてしまったのだ。威嚇のつもりで動かしたのに、完全に吸引力に翻弄されてしまっている。

 ……そして、案の定――


「…………あ」

「―――あああっっ!!」


 どういうわけか、掃除機のノズルがアイルの方に吸い寄せられる。この親子は掃除機を吸い寄せる磁石でも、体の何処かに内蔵しているのではないだろうか。しかも、アイルが避けるべく身を小さくしたために、椎菜の掃除機は、益々的確にアイルの肩口を攻めた。


「げっ」


 アイルの髪を見事なまでに吸い込んでいる。


「髪がっ! 私の髪があっっっ!!」

「わっわっわっ」


 二回目だ。毎回こんなパターンだ。

 このままでは日本に帰る前に、死刑になりそうだ。


「ひーっ! ハゲる。ハゲる!」


(気にするところ、そこなの?)


「スイッチ、スイッチ……」


 言いながら持ち手付近にあるスイッチに指を這わせる。

 その時だった。掃除機とは違う微風が椎菜の頬を掠めた。

 直後に椎菜の手元を中心に、閃光が迸った。


「何?」


 外は晴れている。雷ではないだろう。……じゃあ、何故?


「あれ?」


 掃除機の電源が切れた。アイルの髪も乱れまくっているが、まだハゲてはいないようだ。

 ほっと一息つくと、いつの間にか椎菜の傍らには黒い……。


「誰っ!?」


 思わず椎菜が飛び退くほど、怪しい人間だった。白い仮面と頭からすっぽり被っている魔術師のようなローブ、左耳にだけ金色のイヤリングが光っていた。体格からして、男のようだが。

 動揺のあまり、椎菜は掃除機のノズルを手放してしまった。いつの間に部屋に入ったのだろうか。そして、いつ電源をオフにしてくたれたのだろうか? まったく気配がなかった。


「もしかして?」

「イグリードじゃないか……。君が止めてくれたのか」


 アイルが言う。そうか……。イグリードだったのか。


(…………これが聖術っていうヤツ?)


 椎菜は魔法のような聖術は、イズクの召喚術以外を見たことがないが、これが聖術というものなのだろうか。アイルは、いかにもまずいものを見られてしまったという表情をしていた。


「あはは。余はそなたに礼を言うべきだな」

「…………」


 イグリードは無言。怪しいと評判だが、本当に怪しかった。

 こんなのがいたら、確かに国王の評判も落ちるかもしれない。


「いや、別に職務をさぼって女の子と遊んでなんてないよ。少ししたら仕事に戻るから。さっ?」


 イグリードが何か喋っているわけでもないのに、アイルは必死に繕う。


(本当に、国王なのだろうか……)


 偉そうには見えない。これでは、ちょっと身形の良いただのおっさんだ。

 ――そうして。


「父上!!」


 問答無用で扉が開いた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
cont_access.php?citi_cont_id=617129605&s
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ