第4章 ③
首の痛みの原因が分かったのは、王宮の中心に足を踏み入れてからだった。
上の向き過ぎだろう。
あまりにも煌びやかな装飾に、ずっと顔を上げていたら、疲れてしまったらしい。
これは、宮殿の規模がとんでもないせいだ。
「ははは」
もはや、笑うしかない。
田舎から上京して、初めて東京の高層ビル群を見上げるような、いやそれ以上の驚愕だった。
頂上部には金色の鳥のオブジェ。夜空の中でも輝いて見える。
レクスの部屋の内装がそのまま外装になっているような白と金の宮殿だった。
高さだけでも十階建てのマンションのようなのに、横幅はその倍くらいある。
――要塞? いや、一つの都市が形成されているようだった。
昼間見たら、乱反射で目もやられるかもしれない。
「どうした?」
前を行くレクスが振り返った。
「いや、大きいなって思って……」
「王家の歴史も古いからな」
レクスは淡々と言い放つ。さすがに猛烈な金持ちは違っていた。
「ぼうっと突っ立ってないで行くぞ。私とて、ここに来たのは一年ぶりなんだ。シーナ」
「はい。今行きます」
……とは返事したものの、掃除機が重くて、つんのめるのだ。
レクスは掃除機を恐れているせいか持ってくれなかった。第一、わがまま放題の王子が荷物を持つという習慣を知っているかどうかも怪しい。
(どうして私ここまでして、掃除機持ってきたんだろ)
そこがまず謎だったが持ってきてしまったものは仕方ない。
レクスは案内役の女官も衛兵も侍女もみんな下げてしまい、迷路のような道をどんどん進んでしまう。中庭の回廊で、外灯の下に活けられた赤い花に目を奪われた一瞬で、椎菜はレクスを見失ってしまった。
「え、嘘?」
椎菜は小脇に抱えていた掃除機をその場に下ろして、周囲をきょろきょろした。
誰もいない。道は三本に分かれている。手前で右折か、前進か、右折後階段を利用するか。
賭けで動けるほど、気安い場所でないのは分かっている。
「誰かー」
小声で呼んでみるが、聞こえるのは水音だけだった。近くに噴水でもあるのだろうか……。
レクスの奴……。家臣一式を下げないで欲しかった。
「異世界で迷子なんて危険すぎる……」
これで何度目だろうか? レクスの屋敷でも迷ったのに、王宮でも迷子になるとは……。
(危険度もグレードアップじゃないの……)
昨日、飲んだ錠剤の効果でまだ言葉は通じているようだが、それも何処まで通用するのか分からない。
「まったく、王宮のくせに人いなすぎ……」
王宮にも、人員削減の波でもきているのだろうか。
「いや、王宮に人がいないんじゃないよ」
「えっ?」
いつの間にか、椎菜の背後に男がいたらしい。
「……まさか、レクス様!?」
急いで振り返ると、しかしそこに立っていた男はレクスではなかった。
金髪の長身。背格好はレクスだったが、髪は襟足までで短く、年も取っている。ついでに格好もグレイを基調としていて、地味だった。特徴といえば、片耳のイヤリングだろうか。緑色の石が埋め込まれた円環のイヤリングは、男の目の色とお揃いで綺麗だった。
男は春の日差しのように、長閑に笑っていた。愛想の良い笑窪が男の年齢を不詳にしていた。
「人払いしたんだろうな。そうでなければ、ここには必ず護衛が詰めているはずだから」
「そうなんですか……」
后がレクスと話すのに、密室を作ったのかもしれない。
椎菜は男を見た。危険には違いないが、悪い男にも見えない。
「私、レクス王子を探しているんです」
「……王子を?」
「途中ではぐれてしまって」
「それは大変だ」
男は大げさに顔を曇らせた。
「お后様は、どちらかご存知ですか?」
「何処にいるのか見当はついているけど、だからといって何者か知れない君を、ほいほいと案内することはできないな」
それも、そうだ。
男の至極真っ当な返答に、椎菜は苦笑した。こんな所で掃除機持って、メイド服で佇んでいる椎菜を見て、怪しいと思わないほうがおかしい。
「でも、本当なんです。王子の連れで来たんです。私」
「連れ? 従者ということか」
従者という言葉は馴染まないが、まあそういうことだろう。椎菜はこくりとうなずいた。
「……ふーむ」
男は顎を擦り、再び相好を崩した。
「では、私が取り次いでみよう。ついておいで」




