第2話 「ナイトメアン」
豪華な扉に閉じ込められていたのは、
私の何倍も大きい、
真っ黒な蠍だった。
真っ赤な攻撃的な目が私を捉えている。
扉からドス黒い「負」のオーラが溢れ出す。
蠍はゆっくりとその大きな脚を前に出した。
ミシミシッ……と床が悲鳴をあげる。
後ろの方で鋭い針をもつ尻尾がユラユラと左右に揺れている。
ゆっくり、ゆっくりと蠍は私に近づき大きなハサミで威嚇してみせた。
怖くて声が出なかった。
ああ、悪夢ってこんな感じなんだね…。
でも、私はドリーマー。
夢は私を裏切らない。
そう自分に言い聞かせて、
蠍に向かって手をかざし強く念じた。
すると、
ボフッ という音とともに蠍は白い煙に包まれ、
可愛らしいテディベアになった。
明るい茶色のふわふわの毛に覆われた
クリクリお目目の可愛いクマちゃん。
首には赤いリボンまで付いている。
どんなに目の前のものが怖くても、
所詮夢は夢。私が願えばなんでも叶う。
「私をビビらせようなんて100年早いわ!」
…本当は一瞬滅茶苦茶ビビってたけど…。
盛大な独り言を言いながらクマ拾い上げる。
悪夢といえど、所詮夢は夢。
私は早まった鼓動を落ち着かせるため
何度も心の中で呟いた。
「残念だったね、小熊ちゃん」
そういってクマを机の上に置き背を向けた。
さぁ、そろそろ自分のユメノクニへ行こうかな。
そう思った瞬間…
「ククククククククククッ」
噛み殺したような笑い声がする。
地を揺るがすような低い声に背筋が凍りつく。
ゆっくり視線を声のする方へ向ける。
そこには、
大きく横に裂けた口を歪め
不気味に笑う
「バケモノ」がいた。
からだはさっきのクマちゃんだけど、
裂けた口から覗く鋭いギザギザの歯と
恐ろしい刃物のような長い爪は愛らしさとはかけ離れていた。
クリクリの可愛いお目目なんて見る影もなく、
三日月型に目を細めてニヤリと笑っている。
「ヒィッ……⁉︎」
驚いて思わず腰が抜けてその場に倒れこむ。
恐怖のあまりうまく力が入らなくてズルズルと後ずさることしかできない。
そんな私をよそに、
クマはひとりでに宙に浮かび上がった。
「無知なドリーマーってのは頭ん中がハッピーちゃんでいいねェ〜
ここまで簡単に操られてくれちゃってさァ」
フワフワと浮かびながらニタニタ笑うバケモノ。
「どうだァ〜? びっくりしただろォ。びっくりしたよなァ!
そりゃ自分が作り出したはずの『ユメ』が
自分の意思なんて全く無視で勝手に動いんだもんなァ〜〜?? 」
クマはお腹を抱えて狂ったように笑い声を上げる。
自分の意志なくユメが勝手に動き出す?
そんな馬鹿な……!
私はもう一度バケモノに手をかざす。
「おっとォ、無駄だぜェ? 俺様はお前ごときじゃ消せねぇよォ?」
「だって俺様はァ」
「ナイトメアン様だからなァ‼︎ 」
バケモノはまた大きな声で笑い出す。
私の頭の中はパニックだ。
ナイトメアンってなに…?! そんなの聞いたことない!!
今までこんなことはなかった…
操れない夢なんてなかったのに…!!
! そうだ……!
操れないなら呼び出せばいい……!
しかし、
「……!? なんで……っ?!」
何故か呼び出せない。
ならばせめてと思い夢から覚めようとしたが、
それすらも失敗した。
一体どうなってるの…?!
これじゃぁ…八方塞がりだ……。
私初めて夢の中で絶望した。
「ようやく自分の置かれた状況がわかったかァ?
そう、お前に俺様は倒せないし俺様から逃げられなイ!
ただのドリーマーがナイトメアン様に勝てるわけがなイ‼︎ 」
ギャハハハ 、と下品な笑い声が私の身体を恐怖で縛る。
怖くて動けない。
ああ、私、もしかして死ぬのかな……。
このバケモノに殺されるの……?
――ああ、こんな時、漫画なら素敵な王子様が私を助けてくれるのに…――
私は目を閉じた。
そして強く願った。
―― 誰か私を助けて……――