第9話
南エリアの物置と化しているスペースに4人の男女がいた。
その内、一人の女性が手に持っている盆に乗った食事を3人の方に突き付けている。
3人の内の1人の男が突き付けられた食事をおずおずと礼を言いながら受け取った。
食事を受け取った男はブライ・ハウアーといい、南エリアを拠点にしているレジスタンス一団のメンバーだ。
そして、食事を渡した女はシノア・ローリングといいブライの幼なじみでレジスタンスには所属してないが、協力をしている人物だ。
「いつまでも私を頼りのするのは止めてよね。管理班になったらこうやって食事も持ってこれないし」
「感謝してるよ。でも、この飯って何処で手に入れてるんだ?」
「私達のチームの一人が外を回り込んで他エリアに行こうとしてね。まぁ、すぐ食べられたんだけど。
そいつが死んだことを私しか知らないから一人分だけ多く貰ってるの。
でも、バレるのも時間の問題だから」
「そこをバレないようにどうにか頼むよ」
「まったく、無茶ばっか言うんだから」
「そう言わないでさ、俺達の仲だろ」
手を合わせ頼むブライにシノアはため息を吐いてから渋々といった風に了承した。
ゾンビだらけになる前から、もっと言えば出会った時から2人はこのような関係だった。
仲が良い隣同士の2つの家に同じタイミングで子供が産まれたのだ。
この子供達が仲良くなるのはごく自然のことで、性別は違ったが異性というよりお互い家族のように接していた。
毎度のようにブライが厄介事を持ってきて、シノアの方が巻き込まれる。
今回もその例に漏れず、ブライがレジスタンスなんていう組織に入ったせいでまたシノアが厄介事に巻き込まれてしまったのだ。
「っていうか、いつも同じ面子だけどレジスタンスってあんたら以外いないの?」
シノアが懐疑的な視線をブライの後ろにいる2人に向けると、2人はその視線から逃げるように顔を背ける。
ブライがシノアの視線から2人を庇うためか、大袈裟な動きをしつつ答えた。
「確かに俺らだけだ。
でもな、あんまり人数多くても目立つだけだしこれでいいんだよ」
「はぁ?本当にたったの3人なの、レジスタンスって」
「前はもっと大勢いたさ!
でも、エリア分断のせいで他エリアのレジスタンスとは連絡とれないし、南エリアのレジスタンスは普通に暮らしてる連中を見て次々とスピーカー側に付くし!」
「それ、スピーカーは受け入れてるわけ?」
「いや、門前払いだ。何が歓迎するだ。顔バレしたから次に監視カメラで見かけたら粛清するって脅されてショッピングモールから出て行った」
「何それ?仮にもレジスタンス名乗ってるのにホイホイ逃げ出すわけ?」
「もともとスピーカーが恐怖政治的な事をすると思ってレジスタンスを名乗ってたのに、割ときちんと統治したせいで完全にこっちが悪役だからな。
歯向かう気力がなくなったんじゃないか」
「で、そんな中あんたらだけが今だにレジスタンスやってると」
「スピーカーは綺麗事を並べてるだけで結局は独裁者だ。楽園の押し売りもいいとこだ」
「とか言って後に引けなくなっただけでしょ。
ショッピングモールから逃げるのも怖いけどスピーカーに立ち向かう勇気もない。ただのヘタレね。北エリアじゃ実際に行動した人達もいるっていうのに」
図星だったのかブライが言い返せずに苦い顔をしているのを見てシノアは呆れたようにわざと大きめのため息を吐いた。
シノアとしてもこのまま幼なじみのブライを見捨てるのも目覚めが悪い。
何かいい方法がないかと考えていると週の始まりか終わりぐらいにしか聞くとのないはずのスピーカーの声が再び聞こえてきた。
『あー、諸君。今日は何度も済まない。実はとある提案があったので、約束通り投票をしてもらいたい』
シノアとブライをはじめとしたレジスタンスメンバーはスピーカーの声に聞き入っていた。
粛清班の出動という大事があった後だというのに提案まであっては驚くなというほうが無理だ。
そんな驚いてる間にもスピーカーは提案された内容を説明していく。
内容は牧場に牛・豚・鶏の調達に行くか否かというものだ。
これらが調達できれば野菜しか生産できなかったが肉・牛乳・卵が生産できるようになり、食材のバリエーションが増える。
だが、当然だが牧場はショッピングモールの外にある。
ゾンビだらけの外に調達に行くのである程度の犠牲が予想される。
そのリスクを背負ってでも牧場行きに賛成なら賛成を、反対なら反対をインターホンを通してスピーカーに伝え、投票結果はリアルタイムでショッピングモール内のモニターに表示される。
本来なら全チームの投票を待ちたい所だが、今回は動物が餓死する可能性もあるため期限は今日中で、もし可決なら決行は明日になるそうだ。
もし可決になってもこの作戦に参加するかどうかは任意で、もし参加する気がある者は明日の正午までにその旨をスピーカーに伝え、武器管理班から武器を受け取り地下駐車場に集合しなければならない。
基本的に参加できる人物に制限はないが、技術班だけは参加不可になっている。
そして、当たり前だが参加した者に命の保証はない。
「…ねぇ、あんたこれに参加すれば?」
スピーカーの説明が終わると黙って聞いていたシノアがポツリと口を開いた。
ブライはシノアの突然の発言に面食らい、唖然としてしまう。
「はぁ?俺はどのチームに所属してないんだぞ。まず参加権がない」
「スピーカーはわざわざ人の顔を覚えてないはず。
だから、私のチームの誰かの名前を騙ってこっそりと参加。そして、死んだ誰かに成り代わって帰って来てもスピーカーは気づかないと思うよ。
上手くいけば晴れてあなたはこの楽園の住民ってわけ」
「た、確かに、それもそうだが…それは俺にレジスタンスからスピーカーの管轄下に下ることを意味する。一種の敗北だ」
「また逃げるの?」
「逃げッ、違う!逃げてるわけじゃない!」
「違くない。たった3人ぽっきりのレジスタンスに何が出来るの?一人分の食事を3人で分けるのは虚しくないの?
どうせ、いずれ野垂れ死んで、スピーカーの記憶の片隅にも残らないのがオチ。本当は以前の仲間がスピーカーに受け入れられたら自分達も後に続くつもりだったくせに」
「そ、そんなことは…」
「それに、後ろの2人は既にやる気のようよ」
ブライが後ろを振り返ると、レジスタンス仲間である2人の男女は覚悟を決めたように頷いた。
それを見たブライは一瞬だけ戸惑った様だが、すぐに決心してシノアの方に向き直した。
「………わかった、参加する」
ブライの決心にシノアは精一杯の笑顔で応えた。
「そう。私のチームに話は通しておく。
………キツイこと言った、ごめんね。絶対に死なないでよ」
「………あぁ。できれば南エリアの住民になるよ」
「ふふ、期待しとくよ。その方が新しいチームの説得が楽そうだし」
「何だよ?俺じゃ説得できないって言いたいのか?」
「そうよ。そう言ったの」
ブライはシノアの言葉を受けて笑い出し、それにつられてシノアも笑い出した。
レジスタンスの他の2人も笑い合うブライとシノアを見てクスクスと笑い始める。
明日、作戦が終わった後もこうして笑い合えることを願いながら4人は時間を忘れて楽しそうに笑い合い続けた。