表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/70

第8話

北エリアの食料庫の前で二人の人物は困っていた。

調理班である彼らは食料庫にいる食材管理班にこの日の昼食用の食材を受け取りに来たのだが、いくら呼び掛けても食料庫の扉が閉ざしたままなのだ。

既に中央エリアによる扉のロックは解除されており、前までは呼びかけなくても向こうから食材を持って出てきていたのだが、今回はうんともすんともしない。


調理班の一人が業を煮やしたのか、食料庫の扉に手をかけた。


「おい、もうとっくに時間が来てるぞ」


食材管理班が中で遊んでいて、時間が来ているのに気づいてないのだろう。

そう予想して、調理班は扉を開きながら食料庫の中に文句の声を言った。


無警戒に扉を開けた彼は自分のすぐ前に迫ってきている拳への対応が出来なかった。

食料庫に入った途端に殴られなど思ってもおらず、顔面を殴られてそのまま後ろによろけるようにして食料庫の外に出る。


「イッツゥ、クソッ!うわっ、鼻血出てんじゃん」


「おっ、おい。大丈夫か?」


もう一人の調理班が心配そうに殴られたチームメンバーの元に駆け寄る。

殴られた人物は食料庫の入り口で仁王立ちしてる自分を殴った当の本人を射抜くように睨んでいた。


「何すんだよ!?確かあんたがそのチームのリーダーだったよな?」


「あぁ、ニコルだ。よろしく」


「よろしく、ニコル。それで、説明してくれんだよな?」


「至って単純なことだ。


この食料庫はたった今から俺たちが占拠する」


「………マジ?」


「マジだ」


「や、やめとけ。粛清班に殺されるぞ」


「粛清班って言っても所詮は寄せ集め。

逆に武器を奪い取ってやる。それに、対策はちゃんと用意してある」


「対策?」


「この食料庫の中にある食材の1つに毒を混入させた。

もし、俺達を殺したらどの食材に毒を仕込んだかわからなくなる。

そうクソッタレのスピーカーに伝えてくれ」


ニコルはそれだけ言い残すと食料庫の扉をゆっくりと閉めていく。

調理班の二人は説得の声を投げ掛けるが、ニコルの気持ちに変化はなく無情にもその扉は閉められた。

呆然と固まる二人だが、我に返ると食料庫の電子ロック扉の脇にあるインターホンを慌てて押した。

押すとすぐにインターホンは繋がりスピーカーの声が聞こえてきた。


『こちらも監視カメラで見ていたが音声がないから何が起きたかいまいち理解できていない。

説明してくれ』


「ニ、ニコルのチームが食料庫を占拠しやがったんだ!」


『ほぅ…なるほど、わかった。すぐに粛清班に始末させよう』


「待て!待ってくれ!ニコルの奴は食料庫の食材の1つに毒を仕込んだと言っている!

ニコル達を殺すと北エリアの誰かが毒で死んじまう!」


『………毒?』


「そうだ、毒だ!

食料庫の監視カメラでどの食材に毒を仕込んだのかわからないか!?」


『確認はしてみるが………特定は無理だろうな』


「な、なんでだよ!?」


『あいつらは食料が積んでいる棚の前で横一列に意味もなく並ぶ行動を全ての棚の前で行っていた。

あの時は何をしてるかわからなかったが、監視カメラの死角を作るためだったのか』


「なっ、じゃあどうするんだよ!」


『………問題ない。すぐに解決する。

だが、そこは危ないから何処か安全な所に避難しとくように』


そこで、スピーカーとの通信がブツンと途切れた。

調理班の2人は引っかかる物を覚えながらも食料庫を後にした。


















食料庫を占拠したニコルチームは自分達の勝利を信じて疑っていなかった。

いずれ泣きついてくるであろうスピーカーの姿を想像して笑い合ったり、監視カメラに中指を突き立てたりしているぐらいだ。


実質、北エリア全員を人質に取っているのだ、そう簡単に手出しはできない。

もし粛清班がやってきても食料庫と外を繋ぐ出入口は1つだけ。

電子ロック式のせいで中から鍵をかけることはできないが、そこから入ってくると分かっていれば対策はしやすい。

いくら相手が銃器で武装してても素人集団が相手に地の利で勝る自分達が負けるわけがない。

そう考えていた。


「今のスピーカーの顔を見てみたいぜ。さぞかし愉快なことだろうな」


誰かが笑いながらそう言うと、ニコルチームが声を上げて笑い出す。

来たるべき、スピーカーとの交渉で何を要求するか。

そんなことしか頭の中にないメンバーにはスピーカーの放送を楽しみに待っているぐらいだ。


だが、実際に流れた放送は想像とは真逆のものだった。


『北エリア粛清班に告ぐ。ただちに武器管理班から武器を受け取り、北エリア食材管理班を粛清するように』


笑い声が一斉に止まる。

たった今、自分達は死刑宣告をされたのだ。

ニコル自身もある程度はこの展開も想定していたとはいえ、あまりにも早すぎる。


「おい、ニコル!話が違うぞ!」


「落ち着け!こうなった時の対策は考えてるだろ!

粛清班が到着するまで時間がある。

それまでに監視カメラの破壊と罠を仕掛けるぞ」


ニコルの声に冷静さを取り戻したメンバーがあらかじめ決めておいた行動をしようとした。

だが、動こうとしたその瞬間に食料庫の明かりが全て消えた。

密室の食料庫に光源は一切なく、ニコル達は目の前が見えなくなってしまった。


「おい、これマズイやつだろ!」


「ニコル!おい、ニコル!どうすんだよ、コレ!」


チームのメンバーはパニックになったのか、何かを喚きながら好き勝手に動き出し始めた。

ニコルが落ち着けようとするが、ニコル自身も半ばパニックに陥っており、効果はない。

そんな時に食料庫の扉が開く音がした。

ニコルは誰かが外に逃げ出したのかと思ったが、同時に複数の足音が外から中に入ってきた。


(粛清班!?嘘だ、早すぎる!)


ニコルがそう心の中で叫ぶが、現実は変わらない。

次に耳にしたのは複数の銃声と悲鳴。周囲で人が倒れる音や逃げ惑う仲間たちの声が響くが、一人ずつ仲間たちの声は確実に減っていく。

ニコルがマズルフラッシュによって一瞬だけ見えた粛清班の目には暗視ゴーグルのような物をつけていた。

ニコルは粛清班のあまりにも準備の良さを不思議に思う暇さえ与えられず、体に銃弾が命中し、激痛と衝撃に襲われた。




















北エリアの粛清班であるニック・リバティは腑に落ちなかった。

周囲の迷うことなく食材管理班を粛清しているチームの仲間は軍人や警官、元銃持ちなどの粛清班に適任ともいえる人材ばかりだ。


もちろん、他のチームにも彼らのような者はいるが、このチームには数が多すぎる。

そして、目の前で死んでいった食材管理班は短絡的で考えなしに反逆を企てそうな人物、要は若くて柄の悪い者ばかりだ。

他のチームがバランスよく配分されているのに対してこの2チームだけはやけに偏っている。

そして、この2チームが最初の食材管理班と粛清班を担当したのは果たして、ただの偶然といえるのか。


しかも、元銃持ちが近い内に出動すると予見していた。

あれが、なければこのチームも慌てふためき、迅速な行動は取れなかっただろう。


ニックは真っ暗な食料庫に設置してある監視カメラを暗視ゴーグル越しに睨んだ。

ニックの考えではスピーカーはこうなることを想定して、このようなチーム分けにしたのだろう。

実際に粛清された事例が欲しかったのだろう。

こうすることにより、粛清班は実際に機能してることをショッピングモールに知らしめて、ついでに邪魔な不良を始末できる。


「あっ、電気ついた」


粛清班の誰かが呟き、暗視ゴーグルを外し始めた。

ニックも暗視ゴーグルを外し、暗視ゴーグル越しではなく、肉眼で食料庫を見ることができるようになった。

転がっている死体と飛び散る血。悲惨な光景にニックの顔も不快そうに歪む。


『ご苦労。おかげ様で無事、粛清は完了したようだ。

粛清班は死体を窓から外に捨てておくように。

新しい食材管理班は担当がないチームでアルファベットが一番小さいチームが担当とする。

食料庫の掃除をしてから、食材管理の仕事に就いてくれ』


スピーカーの放送によりチームのメンバーが近くにある死体を捨てるべく持ち上げ始めた。

何の躊躇いもなくそんなことができるこのチームははっきり言って異常だが、ニックもその内の一人だ。


ニックはため息を吐いた後に近くの死体に近づいてあることに気がついた。

死体だと思ってた横たわる人間は確かに息をして、視線もニックの方に向けたのだ。


「生きてるのか?」


ニックがそう尋ねると、その人物は口から血を吐きながらも答えた。


「…ギリギリ」


「あんたがリーダーだったよな?確か、ニコルだっけ?」


「あぁ。………少し質問いいか?」


「何?」


「毒はどうする気だ?」


「毒?なんの話だ?」


「…知らないのか。説明したいとこだが、喋ると体が痛む」


「だいたい察しは付くけどな。食材に毒でも入れたってハッタリかましたんだろ?」


「なんで嘘だと?」


「お前らはこのルールが施行かれて最初の食材管理班だ。

ルール施行から食料庫入りまであっという間だったのに、毒を準備する暇があるはずないだろ。

まぁ、スピーカーは俺達が毒で死んでも構わないとか思ってそうだな」


「バレバレだったのか」


「スピーカーも気づいてるだろな。

………そろそろ、ヤバイだろ?最期に何か言いたいことないのか?

スピーカーへの恨み言ぐらい聞いてやるぞ」


ニコルは少し考えるように物哀しげな目で宙を見上げた。

そして、ふと苦しいはずなのに柔らかい笑みを浮かべた。


「…俺の妻が東エリアにいる」


「何だ、結婚してたのか」


「この前結婚したばかりだ。恐らく、世界で一番新しい新婚だ」


「その妻に伝言か?別エリアだし、伝えられないと思うぞ」


「できたらでいい。愛してるって伝えてくれ」


「愛してる?愛してたではなく?」


「死んだくらいじゃ、俺の愛は消えないってことだよ」


「そうか、それで奥さんの名前…」


ニコルは言いたいことを言い終えたからか急に目の焦点が合わなくなり、ニックが顔の前で手を振っても反応はない。

ためしに手を持ち上げてみると、力なく落ちるだけだった。


「………死んだか」


ニックは死んだニコルの目を閉じさせた。

墓ぐらい作ってやりたいが死体をショッピングモール内に置いとくわけにもいかない。

ニックはどうすることもできない不甲斐なさを感じながら死体を処分すべくニコルを持ち上げた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ