第7話
「だから、家族と会わせろって何度も言ってるんだ!」
『こちらも何度も言うが面会は両方の意思があれば行う。
君の奥さんと娘が君のように面会を求めてきたら、すぐに場を設けるつもりだ』
「だったら妻に呼びかけてくれ!」
『済まない。
私もそうしたいのだが、モール内の放送は部分的にはできない。私的なことをショッピングモール中に伝えるわけにはいかないのだよ』
「俺は大丈夫だ!」
『君が良くても奥さんや年頃の娘さんは良くないかもしれない。
私と個人的に話す方法はインターホンしかない。
私は受け身でしかなく、私から特定の個人に接触はできない。
残念だが、奥さんがインターホンを押すまでどうすることもできない』
「チッ、もういい!」
ジャックはインターホン横にある扉を苛立ちに身を任せて殴り付けた。
扉は傷1つ付かずにジャックの拳が痛むだけで、それがまたジャックを苛立たせる。
ジャックはエリアが隔離されてから毎日のようにインターホンを押して面会を催促するが、スピーカーの返答はいつも同じだ。
ジャックはスピーカーの対応を思い出すと再び腹が立ってきて、自然と歩くときに踏み込む足の力が強くなっていく。
ジャックが所属するチームは見張り班で、ジャックが自分達のチームが担当する見張り場に戻るとチームのメンバーの内の一人の女がジャックは出迎えるように近づいてきた。
「また、主様に暴言を吐いたの?みっともないので止めてくれない?」
女は出迎えるのではなくジャックに文句を言いに来たようだが、その清楚な見た目からは出迎えてくるようにしか見えない。
女の名前はティナ・ライン。
このチームのリーダーで、スピーカーの狂信者だ。
西エリアにいる者は広場の件もありティナを知らない者はいないだろう。
「別にお前には迷惑かけてないだろ」
「なっ!あ、主様への迷惑は私の、ショッピングモール全域の、全人類の迷惑!
そんなこともわからないの!?
だいたい主様もこんな男を相手にする必要はない!
私もそう進言したのに主様なんておっしゃったと思う?
構わない、全ての人々の声を聞くのが私の義務だ。こう言ったのよ!
あなたのような男とは器が人間性が違うわけね!
だいたい、ここにいる皆は主様を敬う気持がたり」
「ああ、もう!わかったから黙ってくれ!」
ジャックがつい声を荒げて言うと、ティナは信じられない物を見るようにジャックを見ていた。
このままではまたティナの長い話が始まると思ったジャックは何かティナの気を反らせる物がないか、周囲を急いで見渡した。
「あ、そういえばその手に持ってる紙は何だ?」
「はい?あぁ、これのこと。これは教典です」
「…教典?」
「そう。この楽園内にもいずれ新たな命が産まれてくることでしょう。
そんな未来ある子供たちに主様の教えを簡単に伝えられるように一冊の本にしようと思ったのよ」
「そ、そうか。頑張れよ」
「言われなくたって頑張りますよーだ、ベー」
ティナは目の下を指で引き下げながら、舌を出してそう言うが、普通なら可愛らしいその仕種もジャックには苛立ちしか生まない。
このままだと殴りかねないと思ったジャックはティナから離れて見張りをすべく窓に近づいて行った。
窓から見下ろせば下にはショッピングモールの出入口があり、ここを見張るのだが外にはゾンビが数体歩いてるだけだ。
生存者の姿を見かけることもなくジャックはこのショッピングモール以外の人間は全員ゾンビになったのではという考えに囚われる。
そんなことを考えながら窓から外を見ているととんとんと肩をつつかれたので後ろを振り返ると同じチームのダグラス・ワイスが立っていた。
ダグラスはジャックが振り返ると、その顔の前に携帯ゲーム機を突き付けてきた。
「…何?」
「どうせ何も起きやしないし、ゲームでもしようや。
通信できるやついくつか持ってきたからやろうぜ」
「誰かは見張りしとかないとマズイだろ」
「あんたがスピーカーに文句を言ってる間は誰も見張ってなかったぞ。
周りもトランプやらテーブルゲームやらやってるだろ。
あの狂信女でさえ、楽しそうに教典を書いてて見張りなんかしてなかったんだ」
ジャックはチラリとティナを盗み見ると、本当に楽しそうに教典を書いていた。
もし、犬や猫なら物凄い勢いで尻尾を振ってるのではないかというくらい楽しそうだ。
あれが、塗り絵でもしてる子供なら微笑ましいものだが、実際はカルト臭が漂う教えを説く本だ。
「…ゲームするか」
真面目に見張りをするのがバカらしく思えたジャックはダグラスから携帯ゲーム機を受け取った。
ジャックとダグラスの二人は携帯ゲーム機で通信協力ができるソフトで遊び始める。
二人でモクモクと長い間ゲームをしているとふとダグラスがポツリと呟くようにジャックに話しかけてきた。
「ゾンビが溢れる前の世界ではこうして時間を気にせずゲームをすることはなかった。
ここが楽園というのはあながち間違いじゃないかもな」
「…確かに、そうかもしれない。
でも、いくらゲームができようが、ゾンビがいなかろうが、妻と娘がいない世界は俺にとって楽園に成り得ない」
「でも、向こうは面会を望んでないんだろ?」
「そんなはずない!マイアとソフィに限ってそんなこと………あるわけない」
荒げた声を出したジャックだが、すぐに落ち着き、声のトーンを下げていく。
ダグラスはそんなジャックの様子を可哀想に思えてきた。
「これは、俺の憶測だがあんたの奥さんも面会を申し出てるんじゃないか?」
「…どういうことだ?」
「面会を希望するのは西エリアだけでも結構な数がいるが面会したって例は聞かない。
本当に相手側が望んでないケースもあるだろうが、全員がそうとは思えない。
そうなると、考えられのは橋渡し役のスピーカーが意図的に会わせないようにしてるってことだ」
「全員に相手側が望んでないって伝えてるってことか?」
「他エリアのことが知れない現状では憶測でしかないが、有り得ない話じゃない」
「あの野郎…まんまとあいつの思う壺だったってことか」
ジャックが手に持つ携帯ゲーム機を持つ力が自然と強くなっていき、ミシッという音がして慌てて肩の力を抜いた。
ジャックはこの時に確信した。
どれだけ言い繕った所でそれは詭弁でしかない。
このショッピングモールは楽園ではなく、スピーカーという独裁者に支配されるだけの地だ。ジャックがスピーカーに憎しみを抱いていると、その憎きスピーカーの声がショッピングモール中に響いた。
『北エリア粛清班に告ぐ。ただちに武器管理班から武器を受け取り、北エリア食材管理班を粛清するように』
スピーカーがいつものように淡々と告げる内容にジャックは驚きのあまり目を丸くして固まった。
プレイ中だったゲームの自キャラが敵からの攻撃を受けてるが、今はそんなこと気にしてる場合ではない。
ジャックだけではない。
ダグラスを始めとした、遊び呆けていたチームのメンバーが皆一様に驚き固まってしまっている。
あのティナでさえ、目を見開き教典を書く手が止まっている。
恐らくはこのチーム以外にも、ショッピングモール中のチームが同じような反応をしてるだろう。
だが、それも無理もない。
初めての粛清だ。北エリアで何が起きたかはわからないが、今の短い放送で10人近くの人間がこの世を去ることが決定したのだ。
どれだけ取り繕ってもショッピングモールにいる人々の命はスピーカーに握られており、スピーカーにとってその命は尊い物ではない。