第69話
ショッピングモールの全てが集約している中央エリア。その中央エリアの全てが集約してメインコンピュータ。
その前に立つのは清楚な雰囲気を纏ったティナだった。
ティナはメインコンピュータのある部屋にいたゾンビは既に全て片付け終わり、部屋の入り口は簡易的なバリケードを作り終えている。
だが、有り合わせで作ったバリケードなど時間稼ぎにしかならない。
この部屋の入り口はバリケードを作ったドア1つだけで、既にこの扉の外にいるゾンビの数はとてもじゃないが切り抜けられる量を超過していた。
それ以前にティナはこの場のゾンビを掃討するのにゾンビにより何箇所も噛まれているのだ。
つまり、ティナはこの部屋を棺桶にするつもりでメインコンピュータの前に立っていた。
そもそも、ティナは端からここを生きて出るつもりはないのだ。
ゾンビというの一番の脅威は数ではない。もちろん数も脅威だが、最も脅威は少しの傷が命取りになるところだろう。
生還するつもりがなければゾンビの脅威は格段と落ちるのだ。
そして、ティナは生還するつもりがない。
ティナは自分を囮にゾンビの動きを予測し、腕を噛ませることによりゾンビの動きを止めて距離を詰めた。
歩くゾンビの頭を撃ち抜くことは難しいが、噛み付いたゾンビの頭は動きを止める。
ティナはそれを利用して次々とゾンビを葬り去ったのだ。
生きて帰るつもりのないティナだからこそできる戦い方である。
「私も…大概だね」
メインコンピュータを操作しながらティナは自虐的にそう呟いた。
ティナは脱出路の入り口に生体認証があることは最初から知っており、知っていてそれをジャックに伝えなかったのだ。
悪意をもってではない。だが、善意とも言い難い。
ティナの命を引き換えに得る自己満足が一番近いと言えるだろう。
ティナは権限を持った者以外に生体認証を抜ける術をちゃんとスピーカーから聞き受けていた。
それは、メインコンピュータに用意された隠しコマンドである。
ティナはジャックと一緒にメインコンピュータに寄ってから脱出するつもりだった。
だが、想定より多いゾンビを見て、危険だと判断したティナは一瞬で自分を犠牲にして確実にジャック達を生かす事を選んだ。
一緒に行けば全員死ぬかもしれないし、全員助かるかもしれない。
なのに、ティナは自分が確実に死ぬ方法を何故か選んでしまった。
それも、わざわざジャックに止められないように嘘までついたのだ。
死にたいわけじゃない。むしろ生きたいと思ってるのにティナはこの道を選択した。
「本当…なんでだろう?」
ティナはメインコンピュータを操作し終えて生体認証のロックを解除した。
黙々とジャックのために動くティナだが、その行動理念を本人が一番よくわかってない。
ジャックに好意を抱いているのか?もし、そう問われたらティナは迷いなく「わからない」と返しただろう。
そう、ティナはジャックにどのような感情を抱いているのかわかっていないのだ。
好きかと言われれば違う気もすれば、合ってる気もする。逆に嫌いかと言われても違う気もすれば、合ってる気もした。
ショッピングモールのティナしか知らない人達にとっては想像もつかないかもしれないが、ティナはどちらかといえば堅物で真面目な性格である。
物事をはっきり白黒つけ、好き嫌いを明確にしていた。
だからこそ、好きなのか嫌いなのかよくわからないジャックの存在に困惑を隠せなかったのだ。
だが、好き嫌いをはっきりさせたい性格にも関わらず、ジャックのことは有耶無耶にさせたままで、そのこともまたティナを困惑させる要因であった。
「本当…意味わかんない。このモヤモヤしたまま死ぬなんて最悪」
用済みとなったメインコンピュータに腰を下ろし、視線を簡易的に作ったバリケードに目をやれば、ゾンビの猛攻に積み立てた物がボロボロと崩れおちていた。
こうやってジャックのために身を尽くすことを考えたらどちらかといえば好意寄りなのかもしれない。
好意を抱いているということに納得する部分もあるが、ティナはジャックによく苛立ちを覚えていたのだ。
具体的にはジャックが牧場から帰って来た辺りに苛立ち始め、ショッピングモールを脱出したら一緒に行動しないかと誘われた時に苛立ちがピークに達した。
だが、ウイルスに蝕まわれたせいか、死に直面しているかティナは今の自分を冷静かつ客観的に見ることができている。
そんなティナはある1つの推論に辿り着いていた。
「………私は…必要とされたかった」
自分は両親にとって理想の娘だっただろう。その証拠に両親はよくティナのことを自慢していた。
傍から見ればそれは両親にとって必要とされていることになるかもしれない。
だが、ティナは自分が必要とされているのではなく必要とされているティナに自ら近づいていっただけだとわかっていた。
そこに自我も個性もない。
そして、このショッピングモールに到着して、過去の自分を知ってる者が誰もいない世界で誰かに必要とされたかった。
スピーカーに嵌ったのはそんな心の不安定さから来る逃げ道だったのかもしれない。
スピーカーに必要とされているように思えるかもしれないが、これもスピーカーが必要とする信者に自ら近づいていったのだ。
自分を見て欲しい。いつしかティナはそんな欲求に無意識に溢れていた。
だが、スピーカーに付き従ってから誰もティナのことをティナとして見ることはなく、スピーカーの狂信者としてでしか見なくなってしまったのだ。
それではティナの欲求が満たされることはない。
そんな中、ティナ個人を見る人物が一人居た。
それがジャックだ。
ジャックはティナのことをスピーカーの狂信者と知りながらも、ティナ個人も自我を持った人間であると見ていた。
そんな当たり前のことをティナは生まれて初めて経験したのだ。
そして、ティナはジャックに必要としてほしいという欲求が強まり、不器用で慣れないながらもアプローチをしてみた。
だが、ジャックは一向に自分のことを必要としない。
そのことに苛立ちを覚えていると、ジャックがようやくティナのことを必要としてきた。
それは本来喜ばしいことなのだろう。それが、母親代わりとしてでなければ。
散々自分を必要としてほしいと願った相手は、母親代わりとして必要としてきたのだ。
ティナにとって全てを壊すことに等しい行動だろう。
「………フフ、そうか。なんだ。そんな単純なことか。そして、ジャックは開かない扉を前にして…私がその扉を開けるのを待つことになる。そう、私を必要とする。
そのために私はジャックを先に行かせて、自分は命と引き換えにここまで来た、と。私は無意識にそんなことしてたのか、ハハ。
……………バカみたい」
これはジャックに必要とされたわけではない。ジャックに必要とされるように仕組んだというだけだ。
これでティナの願いが最期まで叶うことはなくなった。
「残酷だね。まぁ、ゾンビがいる世界が残酷じゃないわけないけど」
自暴気味にそんなこと呟いてみても心は晴れることはない。
だが、ティナはなんとなく周囲を見渡してあることに気が付いた。
「あれって………聖典?」
いつしかティナが作ったスピーカーの教を記した聖典が何故かこの部屋に置いてあるのが目に入る。
なぜ今まで気づかなかったのかと問いたくなるぐらい、それは目立つ場所に置かれていた。
まるで、この部屋にいた人物が普段から眺めていたかのような位置だ。
何となく近づいて聖典を手に持ってみると、埃を被った様子もなかった。
中をペラペラと捲れば、手作り感満載でとても聖典と呼ぶにはお粗末な出来である。
「………誰にも相手にされなかったな、これ。今思えば黒歴史もいいところ。こんな本をいっつも読んでたなんであの子達も変な所あるんだね。しかも、普通じゃ中央エリアにいたら手に入らないはずだから、わざわざ手間をかけたってことだよね…おかしいんじゃない?」
口ではそう言いながらもティナの目からはボロボロと涙がこぼれ落ちてきていた。
やっと救われた気がしたのだ。
そして、時同じくしてバリケードが破壊され、部屋に大量のゾンビが雪崩れ込んでくる。
ティナはその自分をチラリと一瞥だけして口を開いた。
「………じゃあね」
その言葉がティナの最後の言葉だった。




