第68話
ジャックとソフィの父娘とティナの3人は東エリアをほとんど危険な目に合うことなく中央エリアまで辿り着く。
今まで固く閉ざされて開くことのなかった中央エリアへの道を塞ぐシャッターはあっさりと開かれており、3人は悠々と足を踏み入れることができた。
少し前までは中央エリアに入れるとは考えることすらできなかったのに、今は驚くほどあっさりと中に入ってしまう。
「………そう簡単にいかない、か」
ジャックが目の前の光景にポロリとこぼれ落ちるようにそう呟いた。
中央エリアには東エリアとは比べ物にならない数のゾンビが溢れかえっているのだ。
「北エリアの騒ぎに引きつけられってとこかな。まぁ、そんな心配そうな顔しないで。見た所、メインコンピュータがある上にゾンビが群がってるようね。外に繋がる避難路は地下に進んだ先にあるようだから、比較的ゾンビが少ない道を進めるはずよ」
「そりゃ、嬉しいね。じゃあ、ゾンビが増える前にさっさと行こう。こんなグロイ光景、あまり娘に見せたくない」
「そう。そこの隅に下り階段があるわ。そこを一番下まで下った先に鍵付きの扉があって、そこを通って次の角を右に」
「待て待て。いちいち説明しなくていい。道知ってるなら案内してくれ」
「………私は少し野暮用があるの」
「………はぁ?」
「だから野暮用」
「いやいやいや、この状況下で脱出より優先する用ってなんだよ!?」
「この上には主様がずっと暮らしていた空間があるのよ。一目でいいから見てみたいってだけ。聖地巡礼ってやつ」
「おまっ、バカなのか!?」
「バカとは失礼ね。大真面目だけど」
「大真面目なら尚更バカだ!せっかく拾った命をそんな下らないことで捨てるつもりか!?」
「あなたにとっては下らないことでも、私にとっては生きる糧に近い物なのよ。だいたい私がどうしようかとあなたには関係ないでしょ。成り行きで一緒にいるだけだし」
「………何を考えてる?」
「色々かな?」
「………わかった…扉は開けておく。生きてここを出ろよ。絶対に。どっちにしろ別れるから、外で待ったりはしないが必ず生きろ。後味が悪いからな。
いいか、変な考えは捨てろ。絶対に生きろよ!」
「やけに念を押すね。安心して、勝手にするわ」
「………そうか。なら、もう何も言わない。道とか教えてくれ」
ジャックが不服そうにそう言うと、一応は納得してくれたことにティナはありがとうと一言だけ言って笑いかけた。
礼を言われたジャックは変わらず不服そうに顔を歪めおり、ティナはそんなジャックに気を悪くせずに外に繋がる通路に入る鍵や暗証番号などを託していく。
「行くぞ、ソフィ」
「え、でも、ティナちゃんが」
「いいから、行くぞ」
ジャックはティナのことを気にしてなかなか動こうとしないソフィを強引に引っ張って地下に進んで行く。
地下の階段を下りる前にチラリとティナを見れば、ティナはゾンビが多くいる上り階段へと向かっていた。
「多分、もう会うことはないだろうな…じゃあな」
ティナの背中に向けて、誰かに聞かせるわけではなく、自分にしか聞こえないぐらいの声量でそう呟いたジャックは、脱出すべく階段を下り始めた。
ジャックはティナに言われた通りの道を進んでいたが、最後の最後に一つ大きな問題が現れてしまう。
ティナの言った通りの所に言った通りの扉があり、その扉は渡された鍵と暗証番号であっさりと開くことができた。
だが、その扉の先。ティナの話では外に繋がる通路があるはずなのに、そこに実際にあったのはもう一枚の扉だ。
「おい、ふざけんなよ。こんなの聞いてないぞ」
一旦戻ろうかと後ろを振り返ると、そこには自分達の後を追ってきたゾンビによって道が塞がれてしまっていた。
ソフィを守りながら切りぬけるのは難しいが、目の前の扉が開かない現状ではここは袋小路なのだ。
このままではまずいとなんとか扉を開けようとするが、扉を開けるには静脈認証や虹彩認識など、どう足掻いても不可能な物ばかり必要だということがわかるだけであった。
「クソッ!ティナに騙されたのか?それともティナが騙されたのか?…恐らく後者だろう。ティナは何となくだが、俺のことを騙さないはず」
そんなこと考えたところで現状は一切変わらない。今考えるべきは打開策だ。
だが、ジャックが真っ先に考えたのはティナのことであり、そのことにジャック自身も疑問を感じていた。
「………パ、パバァ」
ジャックは袖を掴み、不安そうな声を出すソフィを目の当たりにして我に返った。
(そうだ…今最優先して考えるべきはこの生きて脱出することだ)
ジャックはそう決意するが、どれだけ脳味噌を絞ろうが、行き止まりで戻る道をゾンビに塞がれ守るべき存在もいる状況を一人で打開する方法は思いつくことはない。
今のジャックに出来ることは迫り来るゾンビに些細な抵抗をするぐらいだ。
だが、このままではいずれゾンビの餌食になるであろうことは他ならぬジャック自身が一番良く分かっている。
ジャックは歯痒さを感じながらもどうすることもできす、目の前の脅威に対処し続けることしかできなかった。




