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第65話

現実は非情である。


いくら愛を叫ぼうが、諦めずに立ち向かおうが、この世界が現実である限り報われるとは限らないのだ。

ジャックは目の当たりにする光景にそのことを強く痛感することになる。


スピーカーを名乗る幼い男女の言葉を信じたわけではないが、他に情報があるわけではないジャックは言われた通りに東エリアの農業園芸用機器売り場に向かっていた。

その手には道中にあった開け離れた状態の東エリア武器庫で調達した武器がある。


半信半疑で向かってみた武器庫がほぼ手付かずの状態で放置されていたのには流石のジャックも驚きを隠しきれなかった。

東エリアにゾンビが押し寄せてきた時点で人々がまず向かうのは武器庫であるはずなのにそこが手付かずというのは考えにくい。

武器庫の中にはいくつか血溜まりが見受けられたが肝心な死体は武器庫には一切なかった。


状況から武器庫で何が起きたかを想像することはできるが、それは最愛の家族が丸腰でゾンビの群れに放り出されたことを意味する。


それがどんな結末をもたらすかは考えたくもないが、考えずに入られない。

そして、当たり前だがいくらモヤモヤと考えた所で何も変わることはなかった。


「………」


どれだけ現実を見ようとしても、心のどこかで家族は無事だという根拠のない考えがあった。

根拠も理屈も何もない、ただの願望でしかないが何故か生きているという考えが湧き出てやまない。


「………」


だがそれは人間なら仕方ないことだろう。

どれだけ言い繕うとも自分に都合のいい方に考えてしまい、振り払うにも頭に媚びれつく。


「………なんでだよ…なんでだよ!?」


生きて自分のことを待ち、笑顔で迎えてくれる。そして、「おかえり、遅かったね」と茶目っ気を見せながら言う。

そんな再会を夢見ていたジャックが目的地の見つけた物はあまりにも残酷な現実だった。


農業園芸用機器売り場の近くまできたジャックが聞いたのは辺りに響く雑音だ。

最も雑音を振りまいているのはチェーンソーの音で、それ以外にも目覚まし時計などの大きな音が鳴る様々な物の音が辺りに音を撒き散らしている。

そして、当然のようにその音に釣られるように周囲のゾンビが移動していた。


何者かがゾンビを引き付けていたようだが、ジャックには関係ない。

むしろ、ゾンビの動きが予想しやすくジャックにとってはありがたいことと言えよう。


だが、その考えは雑音が目的地に近づくにつれ大きなる音にジャックは嫌の予感へと変貌、つまりは音源が目的地と同じということから最悪の考えがちらついていた。

そして、目的地に着いたジャックが目にした光景はあまりにもあっさりと最悪の考えが現実であったことを突き付ける。


雑音の音源は目的地である女子トイレのすぐ近くにあり、その周辺には多くのゾンビがひしめいていた。

生きている人間の姿はなく、集まったゾンビ達も食材がみつからずに右往左往しているだけだ。


だが、ジャックにとって重要なのはそこではない。行ったり来たりするゾンビの群れの足元にあり、ゾンビの足にあたりサッカーボールのようにコロコロと転がるある物体を見た途端、ジャックの頭の中は真っ白に染め上げられた。


そのボールのような物は人間の生首で切られた断面は汚く、かなり強引な手段で切り取ったことが窺える。

だが、肝心なのはそのことではなく、転がっている生首の顔にジャックが見覚えがあることだ。


「なぁ…う、嘘だろ?マイア?」


その顔は紛れもなく最愛の妻、マイアだった。

ゾンビの群れで見えにくかったが、よく見ると雑音の主たる音であるチェーンソーが落ちている場所の近くにはマイアの体と思わしき、首なしの死体が倒れている。


その体はゾンビに食い荒らされており、ほとんど原型を留めていない。

何故、頭を無視して体にばかりゾンビが喰らい付くかは不明だ。単に大きいからか、それとも死体がゾンビ化した際に、ゾンビの弱点であり最も必要な部位である頭を傷付けないために知性のなさそうなゾンビが本能的に行動しているのか、理由は色々と考えられる。


だが、そんなことどうでもいい。


ジャックにとって重要なのは目の前で妻が死んでいるという事実だけだ。

あまりにも呆気ない結末にジャックは怒りも悲しみもなかった。この光景を前にジャックの感情は消え失せ、無と成り下がったのだ。


引き裂かれ、再会を諦めかけたこともあったが、それでもジャックは諦めることなく全力を尽くした。

ジャックの行いが原因でこのショッピングモールは破滅へと向かったと言っても過言ではなく、多くの人命が失われるという結果もある。

それも全て家族との再会のために。


そんなジャックを待っていたのは妻の生首だった。

妻の顔は悲痛な物で、どう考えてもいい死に方とは思えない。


壊れるなという方が無理がある。


ジャックは膝から崩れ落ち、自分にノソノソと向かってくるゾンビのことなど、気にも止めず頭を抱え、涙を流した。


「こんなの…あんまりだ。なぁ、おい…神様ってのがいるならよっぽど性格が悪いんだな。デニスの考える神様ってのは案外当たってたのかもな。だったら人類は救われ晴れて俺は救世主か、ハハハ。

なんでこんなことに…おかしいだろ。俺はただ家族に会いたかっただけなんだよ。マイアとソフィに……………ソフィ?」


全てを諦めていたジャックはようやく自分が見落としていた重大な事実に気が付きバッと顔を上げる。

すぐ側まで迫っていたゾンビの頭を吹き飛ばし、周囲を見渡すが、どこにもソフィと思わしき死体もゾンビもない。


「……父親失格だな…こんな事を失念していたなんて」


娘はまだ生きている。

そもそもマイアの死体の状況からマイアが何を思って死んだかを少しは考えるべきだったのだ。


マイアは大きな音をたててゾンビを引きつけた。なんのために?娘からゾンビを遠ざけるために。

そして、必死の抵抗をしたが死を悟ると自らの首を切り落とすという方法で自害した。


マイアの死体の横にある壁を見ればチェーンソーを壁に突き刺したような痕がある。

恐らくチェーンソーを壁に刺し、そこに自分から首を突っ込んだのだろう。


ゾンビ化が嫌だったのか、噛まれて死ぬのが苦しいから、様々な理由が考えられるが、ジャックには妻が人間のまま死を選んだ理由を察していた。

手紙の内容から妻は最期まで夫が迎えに来ることを諦めていなかったはず。

つまり、妻はいずれここに来た夫がゾンビ化した自分を殺すことを戸惑い殺されるという結末を避けるために自ら死を選んだのだ。


そして、夫がいずれ来る、そう信じていた妻は娘をここから遠くない場所に隠したはず。

そう確信したジャックは耳を澄ました。


「………泣き声がする」


チェーンソーやゾンビのうめき声などでほとんど聞こえないが、ジャックには確かに幼い少女の泣き声が聞こえる。

その音は女子トイレの中からだった。


あの距離に在る女子トイレなら周囲に響く爆音のせいでほとんどゾンビが入ってこないだろうし、鍵をかけられる個室もある。

ジャックは確信した。娘は、ソフィはあそこにいると。

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