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第64話

「空が青い…地上が血で赤く染まり、世界が絶望に呑まれようとも、空は変わらず青いまま。感慨深いと思わない?ねぇ?」


「そうだね、お兄ちゃん」


ティナと別れ、ショッピングモールの屋上までやって来たスピーカーの2人は久しぶりに見る青空の下で湧き上がる感動を抑えきれなかった。

だが、ゆっくりと空を眺めている暇はない。


ここに来るまでの間に子供の足で逃げ切れるだけの量としかのゾンビとしか遭遇していないが、それでも0ではないのだ。

屋上までやって来た2人を追いかけ、今まさに屋上にゾンビ達が足を踏み入れていた。


「無粋だね。感受性豊かな子供が成長している所に人を殺すことしか脳のない獣風情が侵入してくるとは。ねぇ」


「そうだね、お兄ちゃん」


2人は迫り来るゾンビから逃げるため、手を繋いで追いつかれない最低限のスピードで屋上を歩き始める。

笑顔で手を繋ぎ歩く幼い男の子と女の子の姿は微笑ましいが、そのすぐ後ろにはゾンビの群れが歯を剥き出しに迫ってきており台無しであった。


そんな危機的状況でも2人は表情を崩すことなく屋上を歩くが、屋上というのは階下と繋ぐ場所以外は逃げ場がないものだ。

その場所から離れるように逃げる2人が屋上の縁という袋小路まで達するのは必然だった。


それでも、2人は焦ることなく屋上の端にあるフェンスをよじ登り、フェンスの外にある僅かなスピースに足を下ろす。

もしこの光景を見ている大人がいれば、協力してフェンスを登る様は心を和ませるが、次に一歩前に足を出すだけで高所から真っ逆さまに落ちる状況に悲鳴を上げるだろう。


「………高いね。落ちたらひとたまりもない。ねぇ」


「そうだね、お兄ちゃん。この高さなら痛みも感じないかな」


屋上の端から下を見下ろしながら2人はポツリとそんなことを口にする。

2人の後ろにはフェンスを自力でよじ登ることのできないゾンビが大量のゾンビが群がり、フェンスを破ろうと指を突き立てている。

ゾンビのうめき声と一緒にフェンスが軋む音が聞こえてき、大量のゾンビをフェンスが抑えきれなくなるのは時間の問題だろう。


「短い人生だった。ねぇ」


「………そうだね、お兄ちゃん」


「僕はこれでも本気でこのモールの幸せを願っていた。誰もが項垂れる世界で希望の星となる、そんな救世主になりったかんだよ」


「そうだね、お兄ちゃん」


「でも、ダメだった。皆が僕のことを救世主ではなく極悪非道の独裁者だって言う。すごいよね、僕達が今までやることなすこと褒めてもらえたのは子供だったからだったんだよ。

子供じゃなくなったら、全てそのまま受け取られる。そして、受け取る側の都合で善悪がひっくり返ったりもする。大人の世界というのは恐ろしい」


「そうだね、お兄ちゃん」


「そんな恐ろしい大人の世界より、現実の世界はさらに恐ろしい。

上を見るとこんなにも綺麗な空なのに、下を見ると残酷な現実しか見えないよ。ハハ」


「そうだね、お兄ちゃん」


「………ここで本当に終わりだね」


「そうだね、お兄ちゃん」


「何はどうあれ…たくさんの人を死なせたことは事実。人を死なせることは罪…罪は償わないと」


「………………違うよ、お兄ちゃん。さっきのお姉さんも言ってたじゃない。死ぬはずの人たちをほんの少しかもしれないけど長く生かした。それが罪なはずがない」


「でも、死んだ。僕の力不足で…それはどう足掻いても変わることのない事実なんだよ」


「………」


「どっちにしろ、僕達に残された道は死だけだ。考える余地はない」


「………うん」


「ごめんね、こんな事に付き合わせた挙句にこんな結末で」


「大丈夫。ありがとう」


「こんなこと言う権利ないけど、死ぬのが怖い。今はっきりとあるこの自我が消えるってどういうことなんだろう?こうやって考えて行動している意識がなくなるって…どうんな状況か想像も付かない」


「想像することができない状態を想像しようとするからこんがらがるんじゃない?ありのままに受け止めればいいんだよ。死後の事を考えずに流れに身を任せよう。ね」


「今から死ぬのに死後の事を考えるなって言うのは酷だよ」


「死んだら考える事ができないんだから何も考えなければいい」


「それができれば苦労しな…」


弱気な兄の発言を途中で遮ったのは妹の手だった。

妹は繋いでいた手を痛くない程度に強く握り締めて、兄の注意を引いたのだ。

思わず兄が横にいる妹を見ると、妹はいつからか分からないが兄に顔を向けており、目が合うとニコリと笑った。


「そうだね、お兄ちゃん。だったら他の事を考えればいいんじゃない?」


「………ごめん…お前だって怖いだろうに気を使わせて」


「怖くないって言ったら嘘になる。でも、お兄ちゃんと一緒ってだけで幾分かマシになるよ」


「………本当にありがとう。うん、決心が付いたよ」


「そうだね、お兄ちゃん。じゃあ、決心が鈍る前に行こうか」


「うん。行こう」


2人はそう言うとお互い向き合ったまま、前に一歩足を出す。

屋上の縁にたっている2人が前に踏み出せばどうなるかは自明で、その例に漏れず2人は何もない空間に体を投げ出すことになった。

そのまま重力に身を委ねて、久しく踏みしめることのなかった大地へと、抗うことなく落下していく。

幼い体が地面に吸い込まれるように落ちて行き、十分に血を吸った大地を改めて血で赤く染める。


顔面から落ちた2人だったが、最期まで落下先である地面を見ることはなかった。

2人は最期までお互いの顔を見合い、同時にこの世から去ったのだ。

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