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第63話

ティナは2人の子供が話す中央エリアの一部始終を真剣に、口を挟むことなく聞き見入っていた。

普通なら到底信じることができない話だが、スピーカーを外見ではなくその行動でのみ信仰し、スピーカーを一番理解していると自負しているティナはこの話に嘘はないと確信している。


「………これがスピーカーの全てだよ。ねぇ」


「………そうだね、お兄ちゃん」


ティナは自分が尊敬してやまないスピーカーが目の前のいるというのに興奮することなく極めて冷静に2人を見据えていた。

スピーカーを1つの宗教と考えるならば、目の前に神が降臨したという状況にも関わらず、頭を垂れるのみで、静かに耳だけを神に向けている。


「到底信じれないとは思うよ。別に子供の戯言と聞き流しても文句はない。ねぇ」


「そうだね、お兄ちゃん。むしろ、あっさり信用された方が怖いぐらい」


「いえ、大丈夫です。私は誰よりもスピーカーを理解している。性別や人種、年齢など関係なくその考えに感銘をうたれてスピーカーを主様と慕っていたのです。

私はあなた方が主様だということに確信を持っています」


「………ふ〜ん。それで、どうするの?もし、今死ねって言ったら死ぬの?ねぇ?」


「そうだね、お兄ちゃん。君の事は中央エリアから見てたけどスピーカーの命令には逆らわない…なら従えるよね?」


「いえ、死にません。私は主様の考えに共感を得ました。その考えが私の信仰に値しない物になったなら私が主様、いえスピーカーに従う義理はありません」


「随分と自己中心的な考え方だね。ねぇ」


「そうだね。自分の理想的な動きをしなければ従わないなんて言うジコチュー初めて見た」


「下にいれば益になるから従う。益がないなら離れる。それの何が悪いのですか?」


「………質問が意地悪かったね。僕はここから生きて出たいけどあいにくと子供2人の力じゃ限界がある。手伝ってくれないかな?

これはスピーカーである僕達がスピーカーとして言っているお願いだよ。ねぇ」


「そうだね。私達はまだ幼い。出来れば生きてここから出たく、頼れるのは君だけだ。私達は本気で手伝ってほしいと思ってる」


「すいません、それもできません。私はこのショッピングモールに平和と安念をもたらす主様を慕っており、それの手助けになればと、この身を粉にして尽くしてきました。なので、北エリアすらも手中から離れ、ショッピングモールの秩序が崩壊した今、主様に従う気はありません」


ティナは跪き頭を下げるという忠誠心を体で表現したような体制をとりながらも、その口から堂々と従う気はないと発言した。

もし北エリアの暴動の事実を知る前のティナだったら口答え一つなく二つ返事で主様のためにと行動しただろう。

だが、ティナにとってスピーカーはショッピングモールに平穏をもたらすが故の尊敬であって、それが崩れた今はスピーカーに敬意を払う理由がない。そう考えていた。


「………ずいぶんと寂しいことを言うね。ねぇ」


「………そうだね、お兄ちゃん」


スピーカーがそう思うのも無理はない。今まで献身的に尽くしてきた者がここまであっさりと手の平を返されて、裏切られたと思うなという方が無理があるのだ。


「ですが、ここまでショッピングモールを導いて来て下さったのもまた事実。その実績を讃えてこうして膝を付けてるいるわけです」


「………ふぅん。じゃあこれからどうするつもり?僕の見込み違いでなければ君の行動原理はスピーカーありきのものだ。ねぇ」


「そうだね。行動原理たるスピーカーに従わないと言うのなら君は腑抜けも同然。それとも、何か他にやりたいことでもできたの?」


「………はい。やりたいこととは違うかもしれませんが、私はジャックとその家族の行く末を…出来るならジャック達が無事にここを出るのを手助けしようと思います。例え、死ぬ事になっても」


「………薄情だね。あんだけ崇拝してきた僕達よりたいして仲が良くないはずの男と会ったこともないその男の家族を取るというのか。僕は悲しいよ。ねぇ」


「そうだね、お兄ちゃん。私達には命を賭ける価値はなくてジャックにはあるってことだもんね」


「無礼なのは承知の上です。ですが、私にも意思はあります。自分の命の使い道は自分で決めます」


「別に責めてるわけじゃないよ。僕達も興味本位で聞いただけだし。ねぇ」


「そうだね。これでこのショッピングモールが私達のお墓になることが決まったってだけだよ。また意地の悪い言い方をしてるけど短い人生で最初で最後の大舞台で死ねるなんて本望だから気に止む必要はないよ」


「うん。ここには家族を含めて多くの人間が眠っている。賑やかでいいじゃないか。

………それじゃあ僕等はこれで」


「そうだね。早くしないとジャックに追いつけなくなるよ」


2人の幼い子供達はそう一方的に言うと踝を返し、ティナに背中を向けて歩き出す。

ティナは下ろしていた腰を上げて、子供の足なので早くはないが確実に離れていく2つの小さな背中を言われた通り一切の同情心の無い視線を向けながら声をかけた。


「お2人はどうするつもりですか?」


「僕達は所詮は子供だ。生きている間にやりたいことはないし、会いたい人もいない。ねぇ」


「そうだね、お兄ちゃん。強いて言うなら空が見たいかな。ずっと引き籠ってたから青空が恋しい」


「それはいいアイデアだ。でも、ショッピングモールから脱出するのは僕達には難しいよ?」


「そうだね。でも、ショッピングモールから出なくても外には出られる」


「………上か。うん、それがいい。

そういうわけだから僕達はこれから屋上に行くよ。今まで尽くしてくれてありがとう、ティナ」


「礼を言うのは私達の方です。このショッピングモールにいたほとんどの人間はあなた方のおかげで寿命を延しました。口では文句を言うばかりなのが人間ですが、心のどこかではわかってると思いますよ。

私は主様の行いは褒められたことではないかもしれませんが、間違ってはいなかったと思います。最後にこのショッピングモール全ての人間を代表してお礼を。…ありがとう」

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