第62話
「………確か…あいつのガキ共だったな」
家族への恨みを晴らしたオーナーの兄は、その余韻に浸っていた所、部屋の隅でこちらを感情の籠もらない瞳で見つめる子供達の存在にようやく気が付く。
オーナーが中央エリアに入ってきた際にその後ろをちょこちょこと付いて来ていたのは兄もしっかりと見ていたはずなのに何故か今の今までその存在を忘れ去っていた。
こんな重要な情報、普通に考えたら例え頭の片隅でも忘れずに捉えて置かなければならない情報なのに、今の今まで兄はすっかりと頭からその情報が消え去っており、その事実に恐怖すら感じる。
何度か会ったことはあるが、その度に不気味な子供だという評価を下しており、その評価はこの時をもって一段と強くなった。
できれば関わりたくないぐらいだが、放っておくわけにもいかずに苦し紛れに出たセリフがオーナーの子供であることの確認の言葉である。
殺した張本人が慰めの言葉を言うのはおかしいが、目の前で実の親を殺された幼い子供達に言うにはあまりにも辛辣な言葉だ。
それでも、目の前の幼い子供達はその確認に表情を変えることなくコクリと頷いた。
子供の目の前で殺人、それも父親が被害者となる凄惨な現場を目の当たりにして普通は感情的に泣き叫ぶだろう。
だが、目の前の2人はそんなことはせず自分の存在をこれ以上ないほどという程に希薄にしていたのだ。
あまりにも残酷さに目を逸らしていたという可能性もあるが、兄は確信していた。この2人は殺される現場を今と同じ表情で目を逸らすことなく見続けていたと。
それが異常だということは家族を殺した兄にも十分わかる。
これ以上、この目を見続けたらマズイと本能が訴えかけてくるが、目を逸らすことができなかった。
(落ち着け…ただのカギだ。恐れることは何もない。あの憎しみや嫉妬の塊だった兄の子供というせいで変な色眼鏡で見ているだけだ…そうに違いない)
兄は冷や汗をかけつつもそれを子供達に悟られないように必死に表情を固くして相対する。
「………お、お前らガキ共はわざわざ親戚の事なんか覚えてないと思うが、俺はお前のパパの兄…あ〜つまり、叔父って奴だ」
「大丈夫だよ、覚えてるよおじさん。ねぇ」
「そうだね、お兄ちゃん」
「………そ…そうか、そうか………あっ、うん。ならわかるだろ?俺に従え。俺は年長者だ。いや、その前に俺はお前の父親を殺したんだぞ。逆らったら殺されるぐらいの意気込みでいるのが普通だ」
「安心して。年長者であるおじさんには殺したとか殺されたとか関係なく従うよ。ねぇ」
「そうだね。私達は所詮は何にもできないただの子供だもん。人生経験が豊富なおじさんに従うのが一番ベストというのはいくら子供でもわかるよ」
「………いや、何も間違ってない。確かにそうだ」
「ところで、これからどうするつもりおじさん?ねぇ?」
「そうだね、今こうしてる間にもショッピングモールには多数の人が押し寄せてきてる。秩序も纏まりもない集団が破滅するのは時間の問題だよ」
「………あ、あぁ。そうだな。ちょっと待て…すぐに妙案が」
「あまり、悠長にしてる時間はないよ。ねぇ」
「そうだね、お兄ちゃん。一刻も争う事態だもん」
「僕達が上手く纏める方法を考えたけど、試してみない?ねぇ」
「そうだね。このまま何もしないよりかはいいと思うよ」
「………お前らは俺に逆らわないんじゃなかったのか?」
「逆らわないよ。これはあくまで提案。最終的な決定権はおじさんにある。ねぇ」
「そうだね。私達は自分の提案が無下にされても何とも思わない。だって人生経験豊富な大人のおじさんだもん」
「………わかった。言ってみろ」
その後の中央エリアは順調だった。実質のショッピングモールの方針は2人の幼い子供達が決めて、叔父である中央エリア唯一の大人は傀儡のように言われたことを放送するだけだったが、上手く行くはずのないこの体制が想像以上の成果を上げている。
子供達が叔父に出した注文は『できるだけ感情を殺して、機械的に放送して』、これだけだった。
叔父は牧場から帰ってきたトラックがバリケードを破った時などは冷静に対処していたが、デニスが起こしたクーデターの際に醜態を晒してしまう。
そして、現在。中央エリアに設置されているモニターに映る北エリアの暴動の様子に今まで以上にない程の醜態を晒す叔父の姿が子供達の前にあった。
「………おじさん。放っておくわけにもいかないけど、これ以上スピーカーが情けない声をショッピングモールに流すわけにはいかないよ。ねぇ」
「そうだね。まだ挽回しようがある。だから、落ち着いてよ」
「うるせぇ!このまま黙って見ていたらいずれ北のクソがここに入り込んでくる!だいたいお前らガキは俺に逆らわないんだろ!」
叔父は2人の静止の声など聞かずに放送をすべくマイクの元にドカドカと向かっていく。
恐らく、あのマイクで北エリアに辞めろとバカみたいに叫ぶつもりだろうが、それが火に油を注ぐ行為になることはわかりきっている。
2人は目を見合わせてからため息を吐き、感情が昂ぶっている叔父には聞こえないようには小声で呟きあった。
「もう、終わりだね。ねぇ」
「………そうだね、お兄ちゃん」
2人は無表情のまま二人で1つの拳銃を持つと、マイクの電源を入れようとしている叔父の後頭部にその銃口を向けた。




