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第60話

「………お前ら2人がスピーカーだと?あの放送はお前らがやっていたと言う気か?」


ジャックは思わずそう目の前の幼い男の子と女の子にそう詰め寄った。

その顔は子供相手に向けるものとは思えないほど厳つい表情をしているが、それも無理はないと言える。

このショッピングモールを実質的に支配してきた人物がこんな幼いとは俄には信じられるものではない。


「2人ではないかな。ねぇ」


「そうだね、お兄ちゃん。正確には私達とパパの3人だね」


「………パパ?中央にはお前らの父親もいたのか?じゃあ、あの声はそいつの声か?」


「うん、実際に喋っていたのはパパだね。ねぇ」


「そうだね。だから、スピーカーをあの声のことを言うなら私達は違う。中央エリアにいる人のことを言うなら私達もスピーカーになるね」


「………なるほど」


ジャックは2人の説明に何故かそこはかとない安堵の念にかられていた。

いくらなんでもこんな幼い子達がショッピングモールを支配していたとは考えにくく、一瞬でも子供の言う事を真に受けたことにむしろ恥ずかしさすらある。

ジャックは胸に何かの引っかかりを感じながらも強引にそう自分に言い聞かせた。


「それで…中央エリアにいるはずの君達はどうして外にいるのかな?パパはどうしたの?」


ジャックは先程までの鋭い視線で見下ろしつつきつい口調で言うのではなく、視線を合わせるように屈み優しい口調で語りかける。

そんなジャックの豹変ぶりに幼い2人はキョトンとしてから顔を見合わせてからクスッと笑った。

なぜ笑われたのかよくわからないジャックをよそに2人は何もなかったかのようにジャックの問に答え始める。


「僕達が外にいる理由は単純だよ。中央エリアにいられなくなったから。ねぇ」


「そうだね、お兄ちゃん。度重なる不穏な放送に唯一残った北エリアでスピーカーに対する不満が溜まってね、ついに爆発したの。北エリアにも家族がいる人はいるし、いない人もスピーカーに懐疑的な気持ちが高まってたみたい」


「………ちょっと待って。つまり北エリアが暴動を起こしたってこと?それで中央エリアにいた君達が逃げてきた…じゃあ、中央エリアや君達のお父さんはどうなったの?」


今まで黙って聞いていたティナが唐突に口を開いた。

自らをスピーカーと名乗る幼い子供達にティナがどう思ったのかジャックには定かではない。

主様と呼び慕っていたスピーカーを勝手に名乗り怒りの念を抱いたのか、信じて尊敬の念を抱いたのかわからないがティナは今まで感情を殺したかのような無表情で黙っていた。

ただ、黙って幼い少年少女を値踏みするように見ていたティナが何を思ったのか脈絡もなく声を発したのだ。


(まぁ、ティナからしたら主様っていう奴の可能性が1番高いのはこの2人の父親なわけだしな。気になるのはわかるが…)


だが、そもそもこの幼い兄と妹が本当に中央エリアにいたという保証はない。

あのスピーカーはデニスが反旗を翻した際にショッピングモール中に醜態を晒したが、今回の中央エリアにいられなくなる程の暴動を北エリアが起こしたという割にスピーカーは静かだった。

そんなことからジャックはこの2人の発言を子供の戯言だと思っている。


だが、ティナの子供に問いかける声は真剣そのものだった。

完全に信じているわけではないだろうが、この2人の発言が真実である確率はかなり高いと思っているのだろう。

短いとはいえ、同じチームに所属していたジャックが知るティナはスピーカーに関することをここまであっさりと信じるとは考え難かった。


「………北エリアの暴徒たちが中央エリアまで乗り込んできたんだよ。一人や二人が暴れたところでビクともしないシャッターだけど、北エリア全域にアンチスピーカーの声が広まってたからね。潤沢な武器と人員の前ではシャッターが破られるのも時間の問題だった。ねぇ」


「………そうだね、お兄ちゃん。それでパパは私達を逃がす為に囮になった。多分、北エリアの人達に殺されちゃったんじゃないかな?」


この発言にジャックはこの2人は中央エリアにいないというのを半ば確信していた。

そのような事態になってスピーカーが黙っているとは思えない。最終的に失敗するにしても、スピーカーは何らかの対処をし、その対処はショッピングモール中に響く事になるはずだ。

だが、今までそのような放送はなかった。つまりはこの子供達が嘘を付いているということになる。


なぜそんな嘘を付いたのかはジャックにはわからないが、子供らしく何も考えてないか、自分に利用価値があることを示し助けてもらおうとしたとかそのあたりだろう。

だが、そんなことをしてもジャックに子供達を助ける気はない。

残酷な話だがジャックにそんな余裕はないし、むしろ助けて欲しいぐらいだ。


時間の無駄だと判断したジャックは立ち上がり、子供達の頭を撫でながら優しい口調で話しかける。


「そうか…それは大変だったね。じゃあ、お兄さん達は忙しいからもう行くね」


そう言うと子供達はつまらなさそうに鼻を鳴らした。

最悪の場合は泣きつかれることも想定していたジャックには妙な反応だったが、手のかからないことはありがたいことだ。


「そう。じゃあ、家族と会う気があるなら東エリアの農業園芸用機器売り場の近くにある女子トイレに行ってごらん。ねぇ」


「そうだね、お兄ちゃん。ついでに道中にある武器庫にも寄るといいわ。ショッピングモール中の電子ロックの扉やシャッターは全て開いてあるから入れるはずよ」


「………そうか、ありがとう」


子供の戯言だが行く宛もないジャックはこの2人に賭けてみることにした。

もしかしたら東エリアの子供で家族と何らかの関わりがあったのかもしれない。

もし、そうなら家族の居場所を知っていることや名前を知られていたことにも辻褄が合う。


そう考え、目的地を決めたジャックはその場を足早に立ち去ろうとしたが、いつまでもついて来ないティナに出鼻を挫かれてしまった。


「おい、ティナ!どうした!?」


「………先に行ってて。目的地は分かってるし後で追いつくよ。私は…この子達と少し話がある」


「………そうか。追い付かなくても待ったりはしないからな」


もともとティナが一緒にいる理由はティナ側にある。

情が移ったか、話を信じているかわからないが、ティナが別れると言えばジャックにそれを止めることはできない。


ジャックはあっさりとその場を去って行くと残された子供達はティナは誰も何も発することなく立ち竦んでいた。

そんな状態に痺れを切らした子供達の方が口を開く。


「えっと、それで話って何かな?ねぇ?」


「そうだね、わざわざ話があるって言ってたんだから何かあるんでしょ?」


「………主様」


「………まぁ、中央エリアにいたってことを考えれば僕達も主様なのかな?ねぇ」


「そうだね、お兄ちゃん」


「いえ、私はあなた方お二人を主様と呼んでいます。その内訳は以前から変わりありません。声の主を主様と呼んでいたわけではないのです」


「………困ったな。ねぇ」


「そうだね、お兄ちゃん」


本当に困った様に頬をかく2人に対しティナは敬意を表し深々と跪く。

そんな光景のまま当事者達は対応に困り黙り込んでしまい、しばらくこの場には奇妙な沈黙が出来上がってしまった。

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