第6話
スピーカーは用心深い男だ。
それは、スピーカーが取り決めた班の役割が物語っていた。
技術班は自家発電機の整備・点検や雨水をろ過する装置の開発などを担当する。
人数不足のため各エリアに5名ほどいるらしく、変えがきかないので他のチームとは違い技術班は固定となる。
見張り班は文字通り、出入口を見張るだけだ。
出入口が多いため数も多いが基本的にはボォーと外のゾンビを眺めてるだけの班だ。
食材開発班は開発班と小難しい名前がついているものの実態は屋上で野菜を栽培するだけだ。
問題は残りの班だ。スピーカーは食材・武器関連の班に対する警戒が強い。
粛清班は反逆行為をしたり、しようとしているチームを粛清する班だ。
粛清方法は銃器による射殺がメインとなるが、粛清班に常に銃器を持たせるわけにはいかない。
そこで、登場するのが武器管理班だ。
武器管理班は週の始めに武器庫に入り、1週間後まで武器庫をでることができず、何か事件が起きた時にスピーカーに指定された武器を粛清班に渡す班だ。
武器庫には何故かいくつか細長い内側からしか開けることのできない窓がついており、そこを使えば武器管理班は武器庫から出ることなく武器を手渡すことができる。
こうすることにより、粛清班は普段は武器を持たず、必要な時も必要最低限の武器しか与えられない。
粛清班が幅を利かせたり、反乱を起こすことを未然に防いだのだろう。
自分に従順な銃持ちに粛清班を常に任せないのは他の人々の反感を少しでも減らすためだろう。
今までは銃持ちの判断で断罪者を決めていたが、今はスピーカーの許可無く断罪することはできない。
しかし、このままでは粛清班が常に武器を持たなくても、武器管理班は武器の横流しができてしまう。
武器庫には監視カメラが設置されているが、中央エリアに全部で何人いるかはわからないが、各エリアに1つづつ、全部で4つある武器庫を24時間常に監視するのは現実的ではない。
そこで出てくるのが武器チェック班だ。
武器チェック班は武器管理班が武器庫に入る前に武器庫の武器の数を確認し、武器管理班が武器庫を去った後にもう一度武器庫の武器の数を確認する班だ。
もし、使われた以上に武器弾薬の数が減っていたら、武器管理班が粛清されてしまう。
さらに、武器管理班と武器チェック班の共謀を恐れてか、武器チェック班がチェックする武器庫は時計回りに隣のエリアとなる。
例えば北エリアの武器チェック班は東エリアの武器庫をチェックし、東エリアは南エリアをチェックする。
他エリアの武器チェック班との接触は禁止、東エリアでいうと、北エリアの武器チェック班が東エリアの武器庫にやってきている時は東エリアの人間は武器庫及びに北エリアから東エリア武器庫までの道に近づくことは粛清対象となる。
武器チェック班はスピーカーの指示の下、1班づつ行動を起こす。
武器庫を常に監視するのは難しいが、これなら武器チェック班がチェックする所を監視カメラで監視するだけでいい。
さらに、その監視の目を掻い潜ることを想定してか、武器チェック班が他エリアから帰ってきたらボディチェック班が武器などを隠し持っていないかを確認する。
ちなみに、銃持ちはもう銃を持っていない。
最初の武器チェック班に武器を渡して、隣のエリアの武器庫に収めたのだ。
好き勝手してきた銃持ちから銃が失われてしまえば、リンチや暴行を受ける可能性があったが、粛清や連帯責任を恐れてか、元銃持ちは銃がなくなった今も誰一人被害を被ることなく生活している。
調理班・食材管理班・食材チェック班は基本的には武器が食材に変わっただけだ。
調理班は食材管理班から食材を受け取り、調理をしてエリアの各チームがその料理を受け取る。
食材管理班は武器管理班の武器が食材に変わっただけだが、違うのは食料庫には武器庫と違い窓がなく、電子ロックの扉しか外と繋がっていない。
そのため、毎回手渡しで食材を渡すこととなる。
食材チェック班も武器チェック班の武器が食材になっただけだが、食材チェック班は時計回りではなく反時計回りに隣のエリアをチェックすることとなっている。
武器チェック班、食材チェック班は基本的には武器チェック班から北エリアから動くことになっている。
新しい週が来るとまずは東エリアにこもっていた武器管理班が外に出る。
そして、北エリアの武器チェック班がスピーカーの監視下で東エリアの武器数を確認すると、北エリアに戻っていき、北エリアに戻ってから新しい東エリアの武器管理班が武器庫に入る。
今度は東エリアの武器管理班が動く。
そして、一周すると北エリアの食材チェック班が西エリアをチェックする。
これがスピーカーが提案した楽園のルールだが、スピーカーが散々言ってきた自分は独裁者ではないというセリフは、このルールがショッピングモール内の過半数の賛成があれば変更・削減・付加が可能という所が大きいのだろう。
インターホンを使い提案し、1チーム1票の賛成か反対か投票できる。
投票結果はモニターにリアルタイムで表示されるため、中央エリアによる不正もしにくい。
実際にこの方法が施行されて3日間が経ったが、最初は困惑していた人々も落ち着きを取り戻しつつあった。
逆らうようなことをしなければ、食事も与えられ、重労働を課されるわけでもない。
遊べる物もショッピングモールなので多くあり、ゾンビで溢れかえってる外と比べればここは本当に楽園なのではないかという思いを抱いてる者も少なくない。
ただ未だに家族との面会を果たした人物はいない。
南エリアの本屋に複数の人々が集まり、何やら話し合っていた。
彼らは南エリアの1チームのメンバーだ。今週の担当は食材開発班で、屋上の野菜の世話を終えて、他のメンバーに世話を交代して、こうして本屋に設置してある机を囲んでいる。
「牧場だ」
そう言うのはこのチームのリーダーであるデニス・ゴールドマン。
彼の周りにいるのは男が5人。デニスを含めて6名がこのデニスチームの男でデニスと共にスピーカーに反逆を企てている。
「牧場?」
「これは本屋にあったアメリカの地図帳の1つだ。
このショッピングモールから少し離れた所にアメリカでもトップクラスの牧場がある。
牛、豚、鶏を飼育から繁殖までまかなってる」
「だから、それがなんだよ?」
「今、育ててるのは野菜だけだ。
今はまだ食料庫には肉類などの生物もあるが、それも時間の問題だ。
すぐに食べるものが野菜だけになる。
それは嫌だろ?」
「…確かに、嫌だけど」
「スピーカーにこの牧場にこいつらを調達に行くことを提案しようと思う。
既にゾンビは人間以外の動物を襲わないという目撃情報は多数あがっている。
肉だけじゃなくて、牛乳、卵まで安定的に生産できるようになる。
賛成多数とまでは行かなくても、可決はされるだろう」
「それが魅力的な話なのはわかるが、さっきまでの他エリアの協力者の話とどう繋がる?」
「他エリアと接触するにはどうしたらいいと思う?」
「そりゃ、チェック班の時にうまいことやるしか」
「そう。スピーカーの目を盗んで武器庫に手紙を残したりして接触をするのは難しくない。
だが、現状では他エリアの情報が少なすぎる。
接触をはかった相手が悪かったらそれで終わりだ。
他エリアのチーム数もわからないのに無闇なことはできない」
「じゃあ、どうするんだよ?」
「だから、牧場だよ。
この牧場行きが可決されれば地下駐車場にあるトラックで牧場に向かうことになると思うが、外はゾンビだらけだ。
牧場行きを嫌がるのが大半だろう。だが、戦力は必要だ。
ショッピングモール中から人を募ることになる。
つまり、この牧場が他エリアとの接触チャンスになるってことだ」
「接触相手が協力してくれる保証は?」
「ない。
だが、この作戦に参加するということはある程度の危険を承知した上で行動できる人間だ。
他の現状維持軟弱野郎よりも可能性は高いだろ。
ついでに言えば南エリアの全チームに俺の協力者を作る予定だが、そうなるとケネスとかいうジジィが邪魔になる。
あのジジィは元軍人だ、この作戦には参加するだろう。
そこで、始末してゾンビの餌にでもしてやる」
「あの慎重なスピーカーが何か対策を練るかも」
「牧場の動物だって生きてるんだ。
早くしないと餓死すると煽り、対策を考える暇を与えなかればいい」
机を叩き豪語するデニスに周囲が感嘆の声を上げる。
そして、微かだった声も次第に大きくなっていく。
「おお!いけるぞ!」
「他エリアに味方がいるとかなり動きやすくなる!」
「流石だよ!あんたについてくよ!」
デニスの周りで沸く男達だが一人だけ浮かない顔をしてる者もいる。
デニスは身を乗りし、その男のすぐ前まで顔を寄せた。
「どうした、サイモン?」
デニスがそう言うと、グイッと顔を寄せたデニスから距離をとりつつサイモンが答えた。
「…いや、こんなことしてバレたらヤバイんじゃ」
「何だ?家族に会いたいんじゃなかったのか?」
「そ、そりゃ会いたいさ!」
「なら、俺に従え。
このままだと死ぬまで会えない。
スピーカーが家族とかを分断した理由わかるか?
人質だよ、人質。
そんな極悪非道な奴にまだ小さい息子と奥さんを任せるなんてやだろ?」
「あ、あぁ。嫌だ」
「俺はスピーカーみたいなことはしない。家族との絆を絶つなんて言語道断。
俺はこのショッピングモール内の家族を再開させてやりたいんだよ」
「そ、そうだな。すまん」
「いや、いいよ。皆不安なんだよ」
優しくそう言うデニスだが、サイモンとの話が終わるとサイモンから離れ、デニスが最も信頼してるフィルの耳元にこっそりと近づき小声で言った。
「あいつから目を離すな。間違ってもインターホンには近づけるなよ」
フィルが頷くとデニスはフィルの肩をよろしくという意味を込めてポンと叩いた。