第59話
「抜ッぅけた!来た、東だ!東エリアだ!」
チャックの父という1つの命を犠牲にして作り上げた道により困難だと思われていた東エリアへの侵入は大方の予想より早く成功した。
ジャックは家族が生きて待っていると信じている東エリアに足を踏み入れると感極まり喜びの声を上げる。
東エリアにさえ入ればゾンビの数も密度もガクンと下がり、行動を阻害されなくなるだろう。
ジャックは当初そう考えており、その考えを軸に行動してきた。
だが、その考えは甘い。東エリアと南エリアを繋ぐゾンビが襲う人間はこの辺りにはジャック達しかいない、つまり自然とジャック達に襲いかかってくるのだ。
ゾンビの動きは遅く普通に逃げれば追いつかれることはない。
だが、それは障害物がない場所で追われた時の話だ。
今は少ないとはいえゾンビが進行方向におり、逃げることに専念することが出来ず、いずれ追いつかれてしまう。
追ってくるゾンビの数が少なければ回り道をして抜けることができるだろうが、今回の場合はいずれジリ貧になり、どうすることもできなくなるのは自明だ。
ジャックはそんな絶体絶命ともいえる状況にも、東エリアに足を踏み入れたという喜びのせいで気付けずにいた。
だが、当事者でありながら命を惜しんでいないチャックはむしろ冷静に物事を判断することができる。
「おい、ジャック!チンタラするな、とっとと逃げろ!そして、家族を見つけろ!」
チャックの叫び声にようやくジャックも自分の置かれている状況に気付き、慌てて家族を探すべく東エリアの奥に足を進める。
だが、一向に付いて来ようとしないチャックとその妻に痺れを切らし動かしたばかりの足を止めた。
「チャック!何してる!早く来い!」
「何言ってる!?もともと死ぬつもりでここに来た。ならここで死ぬまでゾンビを食い止めるのは自然な流れだろ!」
「それでもせっかく助かった命を無駄に落とす必要はないだろ!」
「無駄じゃないだろ!ここでこいつらを食い止めることは必要なことだ!いいから早く行け!」
「………クッソ」
「ティナちゃん、ジャックのことは任せたぞ!」
「………わかってるわよ」
ジャックとティナはチャックの説得は無理と判断し、その時間が勿体無いとチャック達に背中を向けた。
チャックの息子はどうするべきかとオロオロとしていたが、家族と共にいるべきと思い家族の背中に向かって走り出す。
「いいのか、愚息。向こうに付いて行けば生存率はかなり高いぞ」
「父さん、自分で言ってただろ。死ぬつもりで来たって」
「親としては折角の子供には生きていて欲しいんだが」
「この世界じゃ死んだ方が幸せな気もするけど。久しぶりに再会したし、別れる気なんてない。息子の最期の願いぐらい親なら聞いてくれよ」
「おじいちゃんの遺言聞いてなかったのか?親より先に逝くなって」
「おじいちゃんには悪いことすることになるかな」
「我が息子ながら酷なことをする」
「それより父さん、こういう状況で言いたいセリフがあるんだけど」
「ここは俺に任せて先に行け!」
「ああ〜、クソ親父!何で先に言うんだよ!」
「ここを通りたくばこの俺を倒してから行くんだな!」
「あぁ!また!」
「あんた達………ふざけのはそこまでにしときなさい。だいたいもうジャックはいないんだから任せてなんて言っても意味無いでしょ。それと、俺を倒してからってゾンビには聞こえないと思うよ」
チャックとその息子の2人で気を紛らわすためかそんなやり取りをしていると、ついにチャックの妻に釘を刺されてしまう。
2人はキョトンとしてからハハハと笑い始め、その反応にチャックの妻が逆に恥ずかしくなり始める。
「ちょっ、ちょっと何がおかしいの!?」
「いや、こんな時まで真面目だなって思って。うん、そうだな、それでこそ俺の伴侶だ。そういうところが好きで結婚したんだよ」
「な、何よ、いきなり。恥ずかしいじゃない」
「ハハ………たくっ、ゾンビってのは空気を読めないな。こんな時までバカみたいに突っ込んで来やがって。
じゃあ、死ぬまで戦うか」
「フンッ」
「よし、行くぞ!ギネス一家、この命ある限り一匹たりともここを通すな!」
「おおぉぉぉぉおおおお!」
「それで、ジャック。何か宛はあるの?」
「宛?」
「たかがショッピングモールの1エリアとはいえかなりの広さ。2人で宛もなく探すには無謀だと思うけど」
「そんなものはない」
「………時間が経つほど家族の生存率は下がっていくのよ。だいたい今も生きているか怪しい」
「生きてる。俺はそう信じてる」
「………そう。どちらにしろ闇雲に探すわけには」
「ならいいことを教えてあげよう」
ジャックとティナの会話に突然見知らぬ声が割り込み、2人はその声の方にバッと勢い良く振り向いた。
そこには声の主であろうまだ幼い男の子と、兄妹と思わしき男の子によく似た幼い女の子が立っている。
声の主がまだ年端もいかない子供だとわかるとジャックは引き上げでいた警戒心を一気に下げて2人に話しかけた。
「君達…東エリアの子かな?可愛そうだけどお兄ちゃん達は急いでるんだ。見捨てることになるけど、恨んでくれて構わない」
「別に僕達は助けて欲しいわけじゃないよ。ねぇ」
「そうだね、お兄ちゃん」
「ただ、君が切実に望んでいるであろう情報、つまり家族の居場所を教えようとしてるんだよ、ジャック・ラインフォード。ねぇ」
「そうだね、お兄ちゃん」
「………何で俺の名前を知っている?」
「名前以外にも色々知ってるよ。もちろん、君という存在を知るには些細な情報だけだけど。ねぇ」
「そうだね、お兄ちゃん」
「………気味の悪いガキ共だな」
「でもジャックも僕達のことは少しは知ってるんだよ。ねぇ」
「そうだね、お兄ちゃん」
「何言ってる?俺はお前らみないな気色悪いガキは知らない」
「なら、教えよう。僕らは君達がスピーカーと呼ぶ存在だよ。ねぇ」
「声の主のことをスピーカーと呼んでるなら違うんじゃないかな?」
「あれ?ならどう言うべき?ねぇ?」
「さぁ、それはわからない」
幼い2人のやり取りは傍から見れば微笑ましいものなのだろう。
だが、ジャックの頭は混乱しており、近くにいるティナも同様にかなり困惑していた。
(こいつらが…スピーカー?そんなはず…)
ない。そう言い切りたいジャックだが、2人が放つ独特の雰囲気に有り得なくないと思い始める。
それでも、それはとてもじゃないが簡単に受け入れには難しいことであった。




