第58話
チャックを筆頭にゾンビの群れを横切れるだけの道を作ろうと奮闘するギネス一家だったが、その行動に陰りが出てきた。
道を作るというのは簡単そうに思えるが、口が裂けても簡単と言える作業ではない。
ゾンビは常に音がする方向や獲物がいる方向に動き続けるため道を維持するには人員も武器の数も何もかもが足りなかった。
それほど長いといえない通路の中ごろまで道を切り開いたところだが、これ以上の進軍すれば道の入り口はゾンビに塞がれてしまい、ゾンビに囲まれてしまう。
そんな現状にチャックの息子が作り上げた中ごろまで開いた道を維持しながら悲鳴のような叫び声で家族に声をかけた。
「このままじゃどうにもならない!どうする!?」
息子の声にチャックは自分達が作り出した行き止まりの道を見回した。
たったの4人という人数を考えればチャック達に維持できる大きさの限界まで押し広げた道だが、この道も目的地まで繋げることはできずにいる。
これより広げると間違いなく破滅を導くことになり、事実上では道を作ることは失敗したと言えよう。
「………いつの間にか目的が変わってる」
「え?父さん、今なんて?」
「俺達の目的は道を作ることじゃなくてジャックを送り届けることだ。その方法は別に道だけじゃない」
「道を作らずにどうやってジャックさんを向こう側に送るんだよ?」
「この行き止まりの道。これを道じゃなくて穴だと思えばいいんだ」
「穴?」
「ゾンビの群れの中に出来た穴。この真ん中にジャックを入れて四方を俺達が固める。後はこの穴を維持したまま前進し、向こう側に辿り着けばいいだけだ」
「なるほど…確かにそれなら人数不足も補える」
「よし、ジャック!こっち来い!」
方針が決まりチャックが穴の中心に行くようにジャックに指示を出すと、ジャックはすぐにチャックの考えを理解し、穴の中心に移動した。
ティナもジャックを守るためにぴったりとくっついており、2人が穴の中心に入るとその四方を塞ぐような位置取りにギネス一家が配置につく。
「よし、このまま前進だ!」
チャックの掛け声に鼓舞され、穴を維持したまま前進し始めるが、それは簡単なことではない。
襲い来るゾンビを一匹でも穴の中に入れてしまえばそれをきっかけに絶妙なバランスの上にある穴は崩れ去り全員ゾンビの餌食になってしまうだろう。
四方を囲うような配置のため背中から来るゾンビに気を使う必要はないとはいえ、ゾンビに囲まれているというのは崖っぷちに立っているのと変わらない程の危機だ。
そんな状況で何事も起こらずに向こう側に渡るというのは無理な話だっのかもしれない。
襲いかかるゾンビを一匹も後ろに通さずにゆっくりとだが確実に前進していたチャックだったが、銃に込められる弾というのは有限だ。
どう足掻いてもいずれ弾切れの時間は来る。もちろんそんなことはチャック達も百の承知で弾切れが来ると別の銃で対処しつつ片手間で1秒でも早いリロードを心掛けていた。
だが、一瞬の隙が命取りになる極限状態にこの中で最も若い、つまり最も未熟なチャックの息子がリロード用の弾倉を落としてしまったのだ。
「し、しまっ!」
慌てて弾を拾おうと屈むが、その隙は大きくゾンビがチャックの息子目掛けて襲いかかってくる。
「ひっ、ま、待て!ああ、ああああああ!」
パニックを起こしたのかせっかく拾った弾を装填するわけでも立ち上がるわけでもなく尻餅を付いたままあわあわとしているだけだった。
もちろん、そんな格好の獲物にゾンビが黙っているわけなく、唾液を撒き散らしながらその歯を見せつけるように口を開きにじり寄ってくる。
死ぬ。そう確信したチャックの息子の目の前にいるゾンビの頭が正確に撃ち抜かれた。
それも襲いかかるゾンビを危険な順に次々と撃ち抜かれて行っていく。
チャックの息子が弾が来たと思わしき方向を向けばそこには、チャックの父がゾンビに背を向けて孫を襲うゾンビを迎撃していた。
もちろん、そんなことをすれば自分を襲うゾンビに手が回らなくなるのは自明である。
「おじいちゃ」
「こっちを向くな!立ち上がり、前を向け!何があっても気にするな!」
チャックの息子が少しだけ悔しそうな表情をしてから言われた通り立ち上がり前を向いた。
「それでいい…親より、ましてはこのジジイより先に逝くなど許さんからな」
チャックの父がそう言うと同時にその首筋にゾンビの歯が次々と突き立てられる。
ぐぅと苦悶の声を漏らすもチャックの父は倒れることなくその場に立ち塞がり続けた。
「嬢ちゃん!俺が抜けた穴は頼む!」
チャックの父はそう叫ぶと自分達の進行方向にいるゾンビの群れに突っ込んでいった。
もちろんゾンビの抵抗も激しいがそれでも強引に突き進み続け、しばらく進むとチャックの父は自分の身体に大量に巻き付けた手榴弾や爆薬の安全ピンを一斉に引き抜いた。
「なっ、親父!いつのまにそんなもん!」
チャックが慌てて叫ぶが既にピンは抜かれ、運命は決している。
チャックの父は見えないであろうがゾンビに噛まれ、そして囲まれるという絶望的な状況でフッと小さく笑った。
「………いいね、定番だけど1番いい死に方だ」
その言葉を最期にチャックの父は自身を中心に巻き起こされた爆発に呑み込まれた。
その爆発の威力は凄まじくチャックの父は周囲のゾンビを巻き込み原型を留めないほどバラバラになってしまう。
「………あのクソ親父。最初からこうするつもりだったのかよ」
チャックの父を死に追いやった爆発だが、そのおかげで進行方向にいたゾンビの群れの大部分が吹き飛んだ。
「い、今だ!一気に詰めるぞ!」
チャックには父親の死を悲しむ暇はない。父親が命と交換に作り出したチャンスを父親のためにも逃すわけにはいかないのだ。




