第54話
インターホンから聞こえてきたスピーカーの声にデニスは凍り付く。
別にスピーカーに聞かれて困る話をしていたわけでもないし、仮に困る話をしていたとしても今のスピーカーがジャックに手を下すことはできない。
何も恐れることはない。そのはずなのにジャックは親にいたずらがばれた子供のような心境になっていた。
それだけジャックにとってスピーカーは支配者のイメージが強いのだ。
「………スピーカー…なのか?」
『逆に聞くが、このインターホンを使える人間が俺以外にいるのか?』
恐る恐る口にしたジャックにスピーカーは何でもないことのように答えた。
それを遠目に眺めていたデニスは面白そうにクスクスと笑うだけだ。
「それでスピーカー。俺達の話をずっと盗み聞きした感想とかあるか?」
『デニス、お前の話は実にくだらない。お前は宗教上の神を崇拝する対象を作ったものに過ぎないと言ったが、お前の言う神とそれの違いはなんだ?』
「なんだ、話を聞いてたんじゃないのか?この星はかなりの奇跡の元に存在してる。そして、その星にいる人類が生まれたのは偶然とは思えず、その歴史とゾンビが発生したタイミングを考えればこの結論は必然といえないか?」
『なるほど。ここでいくら言ったところで水掛け論になるだけだが………はっきり言おう。神はいない』
「………ほぅ」
『この星が奇跡のもとにあるというのは否定するつもりはない。だが、その奇跡がなければ人類という存在はなく、奇跡を知覚することはなかった。奇跡が起きなければそれを奇跡だと捉えることすらない、言わば無だ。
つまり奇跡を奇跡だと判断している時点で奇跡が起きたことは絶対、ならそれはもう奇跡ではなく必然。
神がいるから人類が生まれる奇跡が起きたんじゃない。人類がいるから奇跡という名の必然が起きたんだ。
神などいない、人類は存在すべくして存在している』
「………俺は哲学の話をしているわけではない」
『奇遇だな、俺もだ』
「………まぁいい。もともと理解を得たかったわけではない。重要なのは結果だ。俺の行動を元に人類が救済されれば十分だ」
『そうだな、もっと具体的な話をしよう。ジャックっと言ったかな?』
「うぇ、あっ、そ、そうです。ジャックです」
当事者でありながら蚊帳の外に追い出されたジャックは唐突に話を振られて言葉を詰まらせる。
デニスはスピーカーと言い合っていた時は少し怒りと呆れを含んだ表情をしていたが、今はまたニヤニヤと笑いながら観察するように眺めていた。
『抽象的で分かりにくい話が続いて悪かったな。じゃあ、具体的な提案だ。
ジャック、目の前の男を殺せ』
「………無償でやれと言うのか?」
『もともとデニスを殺しに来たというのに、抜け目ないことだ。安心しろ、言いたいことはわかってる。目の前の男を殺したら東エリアにゾンビを招き入れることはしない。約束しよう』
「それだけか?」
『なるほど。確かにこれはもともとデニスを殺した際の約束だ。個人への依頼となると話も変わってくるはずだと。
わかった、家族との面会の場を設けよう』
「面会じゃ足りん。これが解決した暁には家族全員をお前が管理する北エリアでの居住を許可しよう。
南西両エリアは終わりだ。東もお前の一存でいつでもゾンビを入れられエリアになんか恐ろしくてとても暮らしてられない」
『………いいだろう、認めよう』
「交渉成立だ」
そう言ったジャックが銃口をデニスに向けるがデニスは相変わらず笑い続けた。
それが、ジャックに気に触るが今から目の前の男を殺せると思うと、その気持ちをおさめることができる。
一方のデニスは今から殺されるというのに逃げることも命乞いなどもせず、とても今から殺される人間とは思えなかった。
「ありがたいことに本当に人間は醜い」
クスクスと笑いながらそう呟いたその言葉がデニスの人生最期の言葉となる。
ジャックはデニスに向けた銃の引き金を引き、撃ち出された弾はデニスの頭を撃ち抜いた。
人間も、あのゾンビでさえ頭を撃ち抜かれたら生きてはいけない。
物言わぬ骸と成り果てたデニスはその表情を変えることなくゆっくりと後ろに倒れた。
これだけの圧政を敷いたにも関わらず立ち上がったのは目の前で死んだデニスという男ただ1人。
理由は何であれそれなりの成果をあげ、ちゃんとした目的さえあれば恐らくデニスはスピーカーの支配からの脱却は成功しただろう。
それだけの男にしては呆気ない幕切れだった。そう思わざるえない。
ジャックがぼんやりと自分の成し遂げたことを噛みしているとインターホンからパチパチという拍手の音が聞こえてきた。
『まさか本当にやってくれるとは思ってもなかった』
「どういう意味だ?俺に殺す勇気がないとでも?」
『いや、言い方が悪かった。あんな放送をしておいて言うのも何だか俺はデニスが殺されることはないと踏んでいた。デニスの目的を考えればデニス殺害はそう難しくないが、それは結果論だ』
「お前らにどんな思惑があったにしろ、結果は出た。こうして、目の前でデニスは死んでいる。
約束は守れ」
『察しが悪いな。俺はデニスが殺されることはないと踏んでいたんだ。なら、何故あんな放送をしたと思う?』
「………デニスが殺される可能性がないわけじゃないから、とか?」
『それもあるが、それには期待してない。俺の思惑は単純にデニスの逃走を防ぐためだ』
「逃走を…防ぐ?」
『そう。黙って東エリアを経由してゾンビを入れてもデニスにはショッピングモール外に逃走される恐れがある。
だが、例の放送をすることによりデニスの戦力を削り、さらに南西エリアの一般人の目がデニスの行動を抑制することになる。
深い意味はないが、こんな事態を引き起こしたデニスを確実に殺したかった。それだけだ』
「………なら、今回の顛末はあんたの想定より良い方向に進んだってことだろ?
もともとあんたは3エリアを失う予定だったが、これで南西エリアに住む人々の犠牲だけに留まった。何か問題でもあるのか?」
『さっきから察しが悪い。俺はデニスを確実に殺したいんだぞ。
東エリア経由にゾンビを南エリアにいれるにしても時間がかかる。南西エリアで騒動を起こし、ほどよく戦力が削れた所でゾンビを素早く入れるには最初からゾンビを東エリアに蔓延させる必要がある。
………まだわからないか?』
「………既に東エリアにゾンビを入れたということか?」
『その通りだ。まぁ、結果的には早とちりに終わったが』
「………待て。待て待て。ってことは既に東エリアは…ゾンビが?」
『ゾンビだらけだ。ここからカメラで見てるがなかなかひどい………フフッ、あんたの家族、生きてるかね?』
「きッ、さま!」
『東エリアに繋がるシャッターは開けといてやる。後は勝手にやるんだな。生きて再会できることをここから見守ってやる。
せいぜいこのショーを盛り上げてくれ』




