第53話
「それで、君は俺を殺しに来たと思って間違いないか?」
ジャックは意外とあっさりと面会できたデニスに困惑しつつ、ジャックの顔を見て口を開いたデニスの発言にさらに困惑することになった。
自分を殺しに来たと分かっていながら、目の前で身構えることなく、不敵な笑みを浮かべるデニスが何を考えているかわからないのだ。
「………仮にそうだとしたら?」
「どうもしない」
何でもないようにどうもしないと言い切るデニスにますますジャックにはデニスのことがわからなくなる。
この男が何を望み、多数の命を犠牲にしたのか。はたして意味のある行動だったのか。
「………あんた、何がしたかったんだ?」
「俺がしたいことは最初から最期まで一貫している。人類の救済だよ」
「意味がわからない…牧場で見たあんたは少し自分の考えを過信する面もあったが、基本的にはきっちりと考える人間だった。
だからこそ、あんたが今回の騒動を起こしたことが信じられない。スピーカーに支配されるままでいいかと問われればノーだ。家族と離れ離れなままだから。
でも、今回はあんたらしくない。そもそも武器をばら撒く必要はなかったんじゃないか?警察も弁護士も裁判所もないこの世界で、そんなことしたらスピーカーにつけ込まれるに決まってるだろ」
「そうか…きっちりと考えた結果だよ。人類の救済をする方法を考えた結果、これだよ」
「………すまん。考えてみたがこの結果はどちらかというと人類の数をいたずらに減らしているとしか思えない」
「わからんか。そもそも勘違いしてるが、人類の救済というのは現在生きている人類を救うことじゃない」
「………意味がわからない」
「そもそもジャック、君は神を信じるか?」
「神?宗教の話か?」
「違う。あれは人々が崇拝する対象を自ら作った紛い物だ。宗教ではなく真にこの世界を作った存在、他に呼び方がないから便宜上の神だ」
「………その便宜上の神がどうした?」
「この星は奇跡の惑星だ。危ういバランスの上で成り立っている。では、そのバランスを崩しうる人類という存在を神はなぜ創造したと思う?神は何を望んでいたと思う?」
ふざけた質問、ジャックからしたらそうとしか思えない内容の質問だったが、デニスの表情は真剣そのものだ。
ジャックは戸惑いつつも問われた問いを無視するわけにもいかず、一応自分の考えを答えた。
「………愛、とか?人間でしか表現できない愛を見るためとか」
「違う、真逆だ。神は自分より劣る存在が醜く争う様を見下し悦に入るために人類を創造したのだ。
歴史の勉強をすればわかるだろ?人類の歴史は争いの歴史。教科書を開けば何とかの戦い、何とかの戦争、何とかの争い、何とかの乱…そんなのばかりだ。
もし、神が愛を求めていたのなら人類はとっくに見捨てられた。だが、神は醜く争う様を楽しむために人類を創り、まさに期待通りの動きを人類はしたのだ。
しかし、人類は平和を手に入れた。小競り合いこそあるものの大国が欲望のままに、私利私欲のために戦争をする時代は終わった。
何か起こるたびに第三次世界対戦が起きると騒ぐバカがいるか、そいつらもわかってるんだ…そんなものは起きないと。
そして、平和を手に入れた人類が戦争の代わりに取り入れた物、それが愛だ。今の世の中は人種差別撤廃、動物保護、男女平等、そんな声で溢れてる。まさしく、愛し合う世の中だ。
そして、その世の中は神にとっては反吐が出るほどつまらない世界なんだよ。
だから、神は人類を用済みと判断した。そして、自分で創った物を自分で片付けなければいけない。そう考えた神は後始末用にゾンビを創りだした。人類を掃除するために」
「………何言ってんだ?」
「なら、人類を救うにはどうすればいいか?簡単だ、人類はまだまだ醜く争う。そう神に見せしみてやればいいんだよ。神が人類が自分の欲を満たす最適な存在だと認めれば神が自ら人類を再誕するといわけだ」
「まさかと思うが、そのためにこのショッピングモールで醜い争いといやらを起こそうと思ってるのか?」
「そうだ…そして見ろ!今のショッピングモールで起きてる惨状を!野望や目的もなく殺し合うこのショッピングモールの醜さは過去の戦争より酷いと言えるだろう!」
ジャックの目から見て、目の前のデニスは本気で言っていた。本気でこの方法で人類を救済しようとしているのだ。
ジャックからすればこのデニスの発言は戯言でしかない。こんな戯言で多くの命が失われることに憤りを感じるが、デニスにその怒りをぶつけても無駄だろう。
ジャックにデニスのことが理解できないように、デニスにもジャックが何を言ったところで理解できない。
なら、ジャックがデニスに言うべきことは1つだけだ。
「………頭おかしいんじゃないか?」
「何とでも言えばいい。このショッピングモールは人類救済の礎に過ぎない。そして、俺はその最中で醜く死ぬ。
さぁ、殺せ!自らもこの惨事の片棒を担いでいだのにも関わらず、そのことを棚に上げて家族という存在を、愛の免罪符に仕立てあげて俺を殺せ!自ら招いたことの責任を悪ぶれもせず俺に押し付けて殺せ!」
「………俺は自分の非を認める。軽はずみの行動だった。そして、誠に勝手なのも理解してるが死んでほしい。まぁ、お前は死ぬことを許容しているっぽいが」
「そうか!いいぞ、実に醜い!
それで………この話をずっと盗み聞きしてる奴。最期に俺に言いたいことがあるか?」
デニスの突然の盗み聞き発言にジャックは横にいる男のことかと思いちらりと見てみたが、男はオロオロとしているだけで心当たりはない様子だった。
そして、何より発言したデニス自身が男のことなど気にした様子はなく部屋のある一点を見つめているのだ。
ジャックがデニスの視線の先を見てみればそこには何もなく、ただ壁があるのみだった。
いや、1つだけ他の壁にはないものがある。その壁にはインターホンが取り付けられてあった。
「………まさか」
『もしかして、俺のことを言っているのか?』
部屋中の視線がインターホンに注目する中、インターホンから聞き慣れたスピーカーの声が響いてきた。




