第50話
カーソンは全速力で南エリアの病院に向けて走り続けた。
元々運動が得意な方でなかったカーソンはすぐに息を切らし、出来る事なら今すぐにでも立ち止まりたく思ってる。
だが、カーソンはその足を止めることなく走り続けた。
その間に幾人もの人間に襲われるが、その度に返り討ちにしながらひたすら走り続ける。
自分を殺しに来ているのか、たまたま目に入ったから襲って来るのかは定かではないが、カーソンは1人で襲って来る者達を相手取っていた。
シノアと2人で戦っていたのが急に1人になり、しかも全速力で走り目立つためか、襲って来る敵も先程までより多い。
さらにカーソンは医者であり戦う訓練などしたことなど当然なく、襲われる度に体のどこかに傷が増えていく。それでも、足を止めることなくカーソンは走り続けた。
「ハァ、ハァ。つ…着いた」
カーソンがようやく病院まで辿り着いた頃にはカーソンの体は傷がない部分を見付ける方が難しいぐらいボロボロだった。
それでも、やはりカーソンは留まることなく、慌ただしい足どりで病院の中に入りブライを寝かしている病室まで急いだ。
病院の中は荒らされたような跡があり、それがカーソンの心をより荒立てる。
今回の騒動でショッピングモールを見限った者達が医療品を求めて来たのだろうが、その者達がブライに手を出さなかったという保障はない。
「無事で…いてくれ!」
カーソンがそんな願いを口にしながら力任せに病院の扉を開け、中に入るとそこには無傷のブライがベッドで安らかに眠っていた。
周囲は荒らされていたが、ブライ自身には傷ひとつない。
カーソンはその事実に胸を撫で下ろしつつも、安堵している暇はないと急いでブライの元に駆け寄った。
ブライは薬で強引に眠らせているだけだから、その薬の投与を止めるだけで簡単に起こすことできる。
カーソンはブライに点滴で投与し続けていた薬を引き抜き、投与していた薬の効果を弱める薬を射ってからブライの頬を叩き始めた。
「起きろ!起ッきろ!」
本来ならゆっくりと意識が戻るのを待つべきなのだろうが、カーソンにそんな暇はない。一秒でも早くブライに目覚めてもらわなければシノアの命に関わる。
そんな思いを込めて何度かブライの頬を叩いていると、ブライから微かに声が聞こえて瞼が開き始めた。
「ハァ、ハァ。め、目が覚めたようだね。君は牧場で意識不明の重体のままショッピングモールまで運ばれたんだ。覚えている?」
早い所本題を切り出したい気持ちを必死に抑えてカーソンは優しい口調で声をかける。
反対に目を覚ましたばかりのブライは憎しみが籠もったような目でカーソンのことを見返していた。
「………あんた、医者か?」
「ん?あ、あぁ。確かに僕は医者だよ」
「………名前は?」
「名前?名前はカーソンという。そんなこッゥ」
カーソンは名前を問われ、それに答えると、突如としてカーソンの名前を聞いたブライが握り拳をカーソンの顔面に叩き込んだ。
目覚めたばかりの患者に本気で殴られるとは思っていなかったカーソンは、まだ体をうまく動かせないブライの拳で後ろに尻餅をつくように倒れてしまい、衝撃で持っていた銃を手放してしまう。
銃を床を滑るようにカーソンから離れていき、一方のブライはベッドの脇にあった医療用のメスを掴むとゆっくりと立ち上がり、尻餅を着くブライの前に立ちはだかった。
「な、なんのつもりだ!?」
「なんのつもりだと?身に覚えはないとでも?」
「ない!治療してやったんだ、感謝されることはあっても殴られる謂れはない!」
「………お前、それ本気で言ってんのか?」
「当たり前だろ!恩を仇で返しよって!」
その瞬間、ブライはギリッと歯を噛み締めたかと思うと、持っていたメスをカーソンの肩に勢い良く振り下ろした。
メスはカーソンの肩に深々と刺さり、その痛みにカーソンは顔を歪ませるが、既に全身に傷を負っているカーソンはそれ以上の反応はない。
そんなカーソンにブライはつまらなさそうに刺したメスをグリグリと抉るように動かし、これにはカーソンもぐぐもった声がもれる。
「なぁ、カーソン。医者なら意識不明の患者がどういう状態なのか知っとくべきだろ」
「グッ、何言って…そんなの意識不明に決まってるだろう」
「確かに俺は意識不明だったかもしれない。目も開かず、手も足も首も動かず、喋ることもできなかった。
でもな、耳だけははっきりと機能してた。そして、聞こえてきた会話を理解することもできた」
その言葉にカーソンは今までの傲慢だった態度から目に見えて怯えるような反応を示した。
それもそうだ、それはブライをわざと昏睡状態にした挙句にブライを人質にシノアを従わせるという話をブライ本人に聞かれたことを意味するのだ。
だが、ここで怯えては心当たりがあると言っているような物だ、そう心に言い聞かせたカーソンは既に手遅れだとは理解しつつも精一杯の言い訳を考え始める。
「た…確かにそういう事例も聞いたことはある。だが、ほとんどの場合が寝たきりの状態の時に見た夢と混同しているだけで」
「黙れ。確かに夢かもしれないと考えたがあんたの名前を聞いて確信した。俺はカーソンなんて名前の知り合いはいない。なら、なんで医者のカーソンが俺の夢に出てくるんだ?医者のカーソンさんよ?」
「ぐ、偶然だ!偶然!」
「諦めろ。どう言い繕うがお前は俺の言葉に怯える反応を一瞬でも見せた。その時点で手遅れなんだよ!」
「あっ、うっ、待て待て待て。わかった、認める!そして、謝る!悪かった!だから、許してくれ!」
「許してくれ…だと?貴様、俺がどんな思いでこの時を待っていたかと!あんたがシノアを弄んでる時に俺は何もできなかった!長い年月をかけて積もり積もったこの恨みを悪かったで流せと言うのか!」
「償いは受ける!だが、今はダメだ!そのシノアのために待ってくれ!」
「………どういうことだ?」
「シノアは今ぼく………あんたのために命懸けで戦っている。早く助けに行かないと手遅れになるぞ」
「………もっと詳しく説明しろ」
「悪いが呑気に説明してる暇はない。だが、僕を殺せばシノアの居場所はわからなく」
カーソンの発言は苦し紛れの言い逃れと取ることもできるが、ブライはカーソンが嘘をついているとは思えなかった。
そしてなにより、この荒らされた病院と外から聞こえてくる銃声が今のショッピングモールの現状を物語っている。
少しだけ考える素振りを見せてからブライはカーソンの肩に突き刺していたメスを引き抜き、その行動にカーソンは安堵のため息をもらす。
そんなカーソンにブライは何の躊躇なく再びメスを、カーソンの柔な眼球に突き刺した。
「あああああああぁぁぁぁぁぁあ!目!目ェ!」
片目を潰され悲痛の叫びをあげるカーソンをブライは冷めた目で見下ろしながら、傷めつけるようにメスでグチャグチャと眼球をかき混ぜていき、その度にカーソンは全身の怪我を忘れるぐらいの苦痛に見舞われる。
「あんたの話は信じる。だが、あんたが今ここでシノアの居場所を吐けばいいだけだろ。正直あんたボロボロで足手まといになりそうだから一人の方が早い」
「いい、言ったら殺すだろ!」
「あぁ、殺す。でも、どうせ死ぬなら苦しむ時間は短い方がいいだろ?本当はあんたのことを苦しめて、のたうち回らせて、もがかせて殺すつもりだったんだ。だが、そんな時間はなさそうだから楽に殺してやる。
2択だ。シノアを助けた後にたっぷりと時間をかけて死ぬか、今ここであっさり死ぬか」
「………わ、わかった。わかった!話す!話すから、抜いてくれ!」
その後、カーソンは嘘偽りないシノアの位置情報を話し、それをブライは黙って聞き終えると、その情報を疑うことなく頷き、目に突き刺したメスを抜くと今度はカーソンの首筋に這うように置いた。
そして、いざそのメスで首を掻っ捌こうとするとカーソンがブライの手を掴み、それが原因でブライの行動は半ば強制的に止めさせられる。
「最期に1ついいか?」
「命乞いか?」
「違う。因果応報だし、諦めはついた。でも、心に留めておくつもりだったがやっぱり口にしたい事柄がある。なんというか、死ぬ直前で認めたくないことを認められるようになったという感じかな。そして、一度は口にして、ちゃんと言葉にして言っておきたい」
「長い。それで、結局それはなんだ?」
そのぐらいは構わないか、そう判断したブライが問かけると、カーソンはフッと軽く自傷気味に笑ってからその事柄を口にした。
「………僕はシノアを愛してる」
「ッウ、き、きき貴様あああああああぁぁぁぁぁぁあ!」
ブライはその言葉が引き金となり感情を爆発させ、メスを首ではなく顔面に勢い良く振り下ろした。一度ではなく何度も何度もメスは振り下ろされた。
その行動はカーソンが息絶え動かなくなってもブライの気が済むまで何度も繰り返されることとなる。
カーソンの顔面はズタズタに切り裂かれ、最期の表情を見ることが出来ず、カーソンが何を思って死んだかはわからない。
カーソンが満足して死んだのか悔やんで死んだのかは憶測することしかできず、それがより一層ブライを苛つかせた。




