第48話
西エリアと南エリアでは放送をきっかけに小競り合いが至る所で起き、その小競り合いは時間と共に広がり、今やこの南西エリアで銃声が聞こえない場所がない程だ。
西エリアの薬局から必要な薬をとり、東エリアの病院へと戻ろうと足を進めていたシノアとカーソンの2人は、歩けば四方八方から飛んでくる銃弾に思うように進めずに困っていた。
「せっかく…せっかくここまで来たというのに!邪魔だ、屑共!」
店が立ち並び、上の階層が吹き抜けとなっているこの大通りには多くの人がおり、その分2人を襲う人数も多くなるが、ここを通らないと目的地に着くことはできないのだ。
足止めをくらっているシノアは苛立ちながら襲いかかってくる相手を返り討ちにしていくが、あまりにも数が多い。
カーソンは自分も当事者でありながら他人事のように自分とシノアの命に関わる最低限の相手だけに対処するのみだった。
「これはダメだな………なぁ、シノア?このショッピングモールはもう終わり。病院にいるブライは既に手遅れかもしれない。
騒いでるバカ共も薄々と気付いてるんだろう。この騒ぎは破滅以外に解決する術はない。だからこそ、こんな無意味な騒ぎが起こる。
ここにいても死ぬだけなら、2人で逃げ出すか?」
「………ふざけないで。あなたと2人で逃避行なんて死んでもイヤ。
だいたい約束を忘れたなんて言わせない。もし、言うなら殺すよ」
「グッ、こ、殺したらブライは助けられんぞ」
「だから殺さない。でも、それが叶わないとわかったその瞬間にあんたは私が殺す。そうすれば少しは溜飲が下がるからね」
そう言ったシノアは脅しをかねて銃をカーソンに向けると、カーソンは少し狼狽えたような反応を示した。
ブライを救う可能性がある限りは撃ち殺されないとわかっていても銃口を向けられるのはあまり気分が良いものではない。
カーソンとシノアの2人が暴徒と化した民衆による足止めをもらいつつも、ゆっくりと確実に東エリアの病院という目的地に向けて進む様を2階から観察するように眺めている人物がいる。
その人物、エミルは恨みが籠もった鋭い視線で2人の様子を眺めていたが、同時に関心していた。
皮肉なことだが長い時間をかけて深い付き合いをしている2人のコンビネーションは悪くない。
まるでお互いがどのような動きをするかを予知ともいえるぐらい精密な予測をしながら、足を引っ張らずに、尚かつフォローを入れながら戦っていた。
恐らく、2人はこの行動を意識しての行動ではないのだろう。
当事者が聞いたら激怒するであろうが、無意識でここまでのコンビネーションを発揮する2人の相性は悪くないはずだ。
だが、それは今のエミルにとっては厄介な要因に過ぎない。
この騒ぎの中で憎きカーソンを見かけた時はエミルは心底喜んだ。
この状況なら放っておいても死ぬであろうカーソンを見届けることができる、そう思ったのだが、カーソンはこの状況でもシノアというパートナーと共にしぶとく生きている。
エミルは自身の手で罰を下そうとも考えたが、近付こうものなら問答無用で殺されるのが目に見えていた。
狙撃するような腕も銃もなく、何よりエミルも周囲からの襲撃に対処しなければならず、狙撃をする暇などない。
エミルの実力ではあの2人に勝つことはできない。だが、放置してもあの2人は死なないだろうし、逆にエミルが死ぬ方が早いだろう。
ならば、周囲にいる無差別に人を襲う理性のない集団を無差別ではなくカーソンとシノアを襲うように仕向ければいい。
そうすれば、エミルの身の危険は減り、最高のコンビネーションを披露する2人も所詮は素人でありため、数の暴力に屈することとなるだろう。
民衆は特に信念を持ってるわけでもなく、訳も分からず殺し合っているだけだ。
ここに助かるかもしれないという道を与えれば、それがどんなに突拍子のないことでも、信じられる要因が少しでもあれば縋るように食い付いてくるだろう。
「ちゅうぅぅぅぅぅぅもぉぉぉぉぉぉぉくぅッ!」
エミルは2人を見失う危険性を犯してまで入手した拡声器を使い、鼓膜が破れるのではないのかというほどの声量を拡声器でさらに大きくして注目と叫んだ。
そのあまりにも突然響いた大音量に周辺にいる人々は驚き、銃を撃つ手を止め、その音源であるエミルを見る。
それはカーソンとシノアも例外ではなく足を止めてエミルのことを見上げており、2人にとって知らぬ仲でもないエミルに周囲より一層強く驚きの色が表情に出ていた。
「なぜ無駄な争いをしている?今すべきことは状況を打開すべく手を取り合うことだ!」
エミルは多くの注目を一手に集め、場が落ち着いている内に話し始める。
「………と言っても、それが難しいことはわかる。全員がデニスとスピーカーのどちらに従うかを一致させない限り、協力はありえない。だが、このままどっちつかずのままだと東エリアを巻き込んで全滅する」
「な、ならどうしろと言うんだ!わざわざこんなことをしたということはこの状況の打開策があんたにはあると言う事だろ!?
東エリアの家族がいる者も、デニスを支持する者も、スピーカーを支持する者も満足する策があんたにはあるんだろ!?」
「もちろん。わざわざ現状を語るために君達の注目を集めたわけではない。
打開策………いや、状況を打開するわけではないな。正確に表現するなら妥協策といったところか?」
「だ、妥協策?」
「そうだ、妥協策だ。全員がデニスとスピーカーに付かない限り全滅するというのが極端すぎる。なら、現状維持しようと思うのは自然なことだろう」
「つまりあるのか!?デニスを殺すことなくスピーカーを止める方法が!?」
「考えてもみろ。慎重に行動するスピーカーが我々の監視を音の聞こえない監視カメラだけで満足するわけがないだろ。
スピーカーはある手段を用いてい内部の情報を得ていたのだ」
「………ある手段?」
「そう、ものすごく単純な手段………内通者だ」
エミルの発した内通者という発言に黙って話を聞いていた者達がざわつき始める。自分達の中にスパイがいると言われ動揺を隠しきれていないのだ。
そんな反応にエミルはこっそりとほくそ笑む。
(根拠のない発言をこんなにもあっさりと。いや、違う。根拠なんてなくていいのか。
こいつらはさっきまで無意味な殺し合いをしていた張本人だ。根拠はなくても僅かにでも説得力があればそれを信じるのか。
僅かでも可能性があればいい。先程までの行動を無意味だと自覚しているからこそ、僅かでも可能性があれば自分達は意味のある行動をしていると思える。
その差がこんなにもあっさりと信用を得られる要因となるのか)
さぁ、大詰めだ。エミルはそう心中で言い締めると拡声器を持っていない手でこちらを呆然と眺めているカーソンを指差した。
唐突に指差された事に驚くカーソンと何かに気付いたのか焦った様子のシノアを見下ろしながらエミルは意気揚々と叫んだ。
「あの2人だ!それに女の方はスピーカーの愛人!騒ぎに乗じてこっそりと中央エリアに避難するつもりだ!
スピーカーはあの女がいる限りはゾンビを投入するようなことはしない!生け捕りにしてスピーカーへの交渉材料にしろ!男の方は殺せ!」




