第45話
「俺の勝ちではない、だと?面白いことを言うな」
デニスはインターホンから聞こえたスピーカーの発言にクスクスと笑いながらそう返し、何が面白いのか際限なく小さく笑い続けている。
『冗談だと思ってるのか?いつまでそうやって笑ってられるか見ものだな』
「いや、すまん。言い方が悪かった。別に俺は負けと言われたことに笑ってるわけではないんだ。
そもそも、俺はお前に勝つためにこんなことをしたわけじゃない。結果的にお前が負けて俺が勝ったかもしれないが、そんなことはどっちでもいい。
悪いが、お前がどう勝ち負けを定義してるかは俺には興味ないんだ。俺は最終的な目標さえ達成できればそれでいいんだよ。
だから、勝ちだの負けだをこだわって言うのを聞いてると、つい、おかしくて」
『………なるほど。お前はあくまでもショッピングモールを支配していた悪から民衆を助けだした、正義の味方というわけか。
苦しむ民衆を救い出すのが目的で俺と勝負をしているわけではない、そんなところだろ。
ハハハハッ、建前はよせ。この会話を聞いているのは俺達だけだ。何が目的かは知らんが、人々を思っての行動ではないんだろ?
何なら手を組むか?上手くやっていけると思うぞ』
「考え過ぎだ。勝ち負けに興味ないというのは本心だ」
『………そうか。そのスタンスを貫くか。後悔することになるぞ』
スピーカーは威圧するようにそう言うが、デニスは相変わらずクスクスと笑うだけだった。
スピーカーはインターホン越しでも聞こえるぐらいの舌打ちをし、何も喋らずに黙ってしまうが、インターホンを切ろうとしない。
何もしないのにインターホンを切ろうとしないスピーカーを不思議に思い、デニスがインターホンに耳を澄まして待っているが、インターホンからガチャガチャと何やら機械のような物を操作する音が聞こえてくるだけだった。
『南エリア・西エリアに暮らす諸君』
デニスがさらに待っていると、先程までインターホンから聞こえていた声が、今度はショッピングモール中に設置してあるスピーカーから響き始めた。
『私は残念だ。不満があるなら私は聞き入れるつもりだったのに、それを口にすることもなくこんな愚行を犯すとは。
だが、それはごく一部だと信じている。ほとんどの者は周りに流されてるだけだろう。
中には私を支持する者もいるだろう。人のことを言えないことは重々承知しているが、今回のやり方はいささか強引だ。
一部の意見を全体に押し付け、反対する者を力で黙認させるやり方。これで、不満がない方がおかしい。
幸いにも今の君達には武器がある。立ち向かうための武器がある』
「なんだ、扇動でもしてるつもりか?確かに、現状に不満を持ってる者もいるだろうが、動かずにジッとしてるのがオチだ。せいぜい各地で小競り合いが起きるのが関の山だろう」
デニスが繋がりが切れてないはずのインターホンに向かって聞こえているかわからない茶々を入れてみるが、案の定スピーカーからの返答はない。
『………だが、これで動いてくれるなら君達はとっくに立ち向かっているだろ。誰もが黙ってジッとするどころか今までの生活がなかったかのように私のことを罵っているのではないか?
この現状を見ればわかる。南西エリアの者は何が正しい…いや、何が自分に平和と安全という益をもたらしてくれるかを考えてもわからないからその場の流れにダラダラと流されてるだけだろう。
なら、立ち向かわなければ平和と安全が脅かされるなら不満がある者だけでなく、その場で流れてるだけの者も流石に立ち上がるしかなくなると思わないか?
強引な手を使われたなら、こちらも強引な手を使い返すべきだと思わないか?目には目を、歯には歯を。知っていると思うが、かの有名なハンムラビ法典の一節だ』
「………おい、なにする気だ?」
『私はこの言葉の真意は知らない。単にやられたら同程度でやり返せという意味だと思っている。
だが、それじゃあつまらない。恩を仇で返し、それを黙って見てた連中を完膚なきまでに潰してくれる』
「聞いているかはわからんが、言わせてもらう。お前は自分を独裁者ではないとかぬかしていたが、今のお前は独裁者そのものだ」
『ハハハッ!っと、失礼。愚行を率先して行っていたデニスとかいう男がこの放送を聞いて何を思うかと考えると…笑える。
逆らった者を力で捩じ伏せるのは独裁者そのものだ、とかそんなこと考えているんだろうな。デニスだけでなく、そう思っている人間は少なくないだろう。
なら、言わせてもらおう。私は独裁者ではないと言った証拠としてショッピングモールに暮らす全ての人々が提案する権利を与えた。いわば、このショッピングモール全体が一つの議会・国会に相当するのだ。
もし、この国会に剣を向ける者がいたらどうなると思う?それはただのクーデターだ。
クーデターを起こした者を潰したら独裁者になるのか?ゾンビが発生する前の世界ではそうだったか?違うだろ。
南西エリアは反逆罪を犯した大罪人の集まりだ、それを潰して何が悪い』
「さっきからバカの一つ覚えみたいに潰す潰すとしつこいな。中央エリアに引き籠もってるお前に何ができる」
『フフッ。2つのエリアが同時に起こした謀反、国民の半数にも及ぶ人数によって引き起こされたクーデターを収めるにはそれなりの犠牲が必要になるだろうな。東エリアに暮らす人々には悪いが、犠牲になってもらう』
「………東エリア?」
『知っての通り、ほとんどの出入り口にはバリケードが作られており、中央エリアからではこのバリケードを破壊することはできない。
だが、東エリアの人達はよく知ってるだろう。東エリアにはシャッターを開けるだけでゾンビを中に入れられるポイントがある。そうなれば、東エリアはゾンビで溢れ返ってしまうだろうな。
そして、東と南のシャッターを開けば、ゾンビは南に溢れ、そのまま西にも押し寄せる。
ほら、簡単だ。私はシャッターを開けるだけで東エリアという尊い犠牲があるものの反逆者共を皆殺しにできた』
「本気か?そんなことしたら無傷の北エリアも終わるぞ。
北エリアにも他エリアに家族がいる者がいることは考えるまでもないことだろ」
『すまない、ショッピングモールに暮らす諸君よ。君達を不安にさせたな。これは最終手段だ。よっぽどのことがない限りこんな事はしない。だが、このままだとこれを実行せざるえない。
そこで提案だ。南エリアと西エリアにいる者達よ。今すぐデニス・ゴールドマンを殺せ。そのための武器はデニスによって配られた。
東エリアに家族がいる者。命が惜しい者。デニスのやり方を嫌う者。私を支持する者。誰でもいい、デニスを殺せ。
期限は設けない。私が最終手段しかないと判断した時点で東エリアにゾンビが雪崩れ込むことになるぞ。
死にたくなければ戦え』
そう言い締めるとスピーカーの放送はブツリと切れる。
今頃はショッピングモール中、特に南と西エリアが混乱していることはデニスには想像に容易く、もしかしたら早くも戦いが起きているかもしれない。
そんなことをぼんやりと考えていると目の前のインターホンから嫌というほど聞いたスピーカーの声が聞こえてきた。
『デニス。そんな所でボォーとしていていいのか?誰かが殺しに来るかもしれないぞ?』
「はぁ。1つだけ質問いいか?」
『あぁ、いいぞ。冥土の土産に嘘偽りなく答えよう』
「お前が言うシャッターは本当にあるのか?」
『ある。牧場作戦の時にトラックの一台がバリケードを破ったんだよ』
「そのシャッター、既に開いてるだろ?」
『………質問は1つだけだろ?』
「俺達は他のエリアのことを知る手段はない。
南西エリア内で殺し合わせて、ゾンビに後始末をさせる。そして、北エリア以外の全ての人間を根絶やしにしてから、放送で俺が有志により殺されて南と西は元の体制に戻ったとでも言うつもりか?それで二度とこのようなことが起きないように他エリアの立ち入るシステムを終わらせるとでも言えば北エリアの人間は他エリアもキチンと機能してると思い込む、と。
お前は北エリア以外を全て切り捨てたんだろ、違うか?」
『それはお前の憶測だろ』
「そうだな、憶測だ。それに、どうでもいいことだ」
『………どうでもいい、だと?』
「あぁ…お前のおかげで俺の目標は思いの外早く達成できそうだからな」




