第44話
「………何か用か?」
スピーカーの支配から解放されたショッピングモールを我が物顔で散歩していたカーソンはいきなり道を塞ぐように現れたエミルに困惑しながらも問いかける。
何か気に触るようなことをしたのか、エミルはしかめっ面で立ち塞がっており、カーソンにはエミルが不機嫌になっている理由に一切の心当たりがなかった。
「これ、お前か?」
エミルがボロボロになった雑誌のような物をカーソンの前に突き付けてきた。
カーソンはその雑誌を訝しげに見てみたが、ボロボロなため読める部分は限られ、一緒に載っている写真も何の写真なのかもよくわからない。
だが、カーソンにはその雑誌のたった今見せつけられているページに見覚えがあった。この雑誌が発売された当時は目が腐るほど見た物だ。
「なるほど。それかなり前の雑誌だよね?ゾンビが発生するさらに前に発売された雑誌だ。そんなボロボロになるまで持ってるなんてすごい執着」
「ここの本屋の在庫に埋もれるようにあった物だ。ゲーム機などの娯楽は競争率が高くて、暇を潰すために漁ったら見つけた物だ。
というか、そんなことはどうでもいい。最初の俺の質問に答えろ。ここに載っている医者というのはお前のことか?」
「ひどいな。知らぬ仲でもないというのにそんなゴシップ誌を信用し、あまつさえ疑われるとは」
「だから…質問に答えろ!」
「なら答えてやるよ。ここに書かれている医者っていうのは確かに僕のことだよ」
「………やっぱりか、貴様」
「だが、この手の雑誌というのは記者によって面白おかしく脚色が加えられる物だ」
「………どこまでが事実なんだ?」
「今回の場合は逆だ」
「!て、めぇ!」
エミルがその顔に怒気を含ませながらカーソンの胸ぐらを掴み上げる。
カーソンは何が面白いのかニヤニヤと人を小馬鹿にしたような笑いを浮かべて、それが癪に障ったのかエミルは持っていた銃をカーソンに突き付けた。
「殺すのか、この僕を!?いくら気に入らないといっても医者だぞ!」
「知るか!お前みたいな奴がのうのうと生きてるってだけで虫酸が走る!だいたいお前が医者として役に立ったことがこのショッピングモールで一度でもあったか!?」
「確かに役に立ってないな。だが、医者がいつ必要になるかわからないこの世界で医者は貴重だ。そんな医者であり、デニスさんの仲間である僕を殺すとど」
銃を突き付けられても人を見下すことを止めないカーソンに堪忍袋の緒が切れたエミルは銃を少し横にずらし、カーソンの顔のすぐ横を通るように銃を撃った。
銃弾は誰にも命中することなくカーソンの背後にある壁に銃痕を作るのみだったが、脅しとしての効果は充分あったようで小馬鹿にした笑いを浮かべていた表情を凍り付かせ、喋っていたセリフを止めて固まってしまう。
「………本気か?」
「今さら気づいたのか?」
「いやいや、でも今のわざと外したろ?殺す気があるなら頭を撃ち抜くはずだ」
「俺はあんたみたいなゴミが大ッ嫌いだ。ただで殺すわけないだろ。せめて、詫びはいれてもらうぞ」
「わかった、わかったから。謝るから許してくれ」
「………何もわかってないな」
そう言ったエミルの表情がより一層険しくなり、銃持つ手に力が入るのがカーソンから見て取れ、カーソンはこのままだと自分は死ぬと直感が告げるがどうする術もなく、アワアワとすることしかできない。
その困惑する様子がエミルをさらに苛立たせていると、いきなりカーソンがパァーと笑顔になった。
まるで救われたと言いたげなカーソンの笑顔に、今度は逆にエミルが困惑していると、カーソンは喜びから若干上擦った声をあげる。
「シノア!いいタイミングだ!」
「………シノア?」
エミルが聞き馴れない名前に疑問を感じていると、自分のすぐ後ろからカチャッという音が聞こえてきた。
エミルが音の発信源である後ろをゆっくりと振り返るとそこには見知らぬ女が自分の頭に銃を突き付けながら立っていた。
「君がシノアかい?」
エミルが試しに聞いてみるが、女は無愛想に無表情のまま反応を示さない。だか、その首は肯定の意味を表すように縦に動いていた。
「君も女ならわかるだろ?こいつは最低な人間だ。法があった時代から最低だった奴が法のなくなった世界に野放しにするわけにはいかないんだよ」
「………それでも、この人は医師だから」
「………」
「あの人はカーソンにしか救えない。色んな物を犠牲にしてきたのにあなたの自己満足の正義感を満たすたに台無しにされたくないの。
………わかったなら、銃を捨てて」
エミルは自己満足でもなければ正義感を満たすためでもないと声を大にして言いたかった。そして、こんないたいけな女性を既にその毒牙にかけていたカーソンにより強い殺意を覚えてしまう。
エミルはシノアが言うあの人がどんな状態なのかはわからないが半ば確信的にカーソンに治療する気はないと感じていた。
(もう助からないのか助けてないのかは定かではないが…故意に長引かせているはずだ。この男はそういう男のはず)
エミルが目の前のカーソンを睨んでみるとカーソンは既に勝ち誇っており、それがエミルをより苛立たせる。
だが、シノアの言うあの人が助けてないのかは助からないのかがわからない以上は無闇に殺すことはできない。
もし、助けていないのだとしたら、ここでカーソンを殺すことはシノアをより絶望させることになってしまう。
そう考えたエミルは断腸の思いで持っていた銃を床に放り投げた。
すると、滑稽にもカーソンがその投げ捨てた銃に飛び付き、拾うとその銃口をエミルに向けてくる。
「ハッハハ、ハハハハ!形勢逆転だ、死ね!」
カーソンがさぞ愉快そうに笑いながら銃を撃とうとするが、それを制したのは意外のもシノアだった。
シノアはエミルに向けていた銃を今度はカーソンに向け、これにはカーソンも目を丸くして驚くしかない。
「な、何をしてる!?まさか、裏切るのか!?」
「いいえ、約束を果たしてもらおうと思って」
「約束?治療のことか?あれには他エリアに必要な物があると言っただろう」
「えぇ。そして、西エリアが開放された」
「いや、西エリアだけじゃ必要な物が足りないんだよ」
「この2ヶ月間、私があなたに弄ばれてただけとでも?
調べれば確かに西エリアには医師免許がなければ取り扱えない品が置いてある薬局はありました。でも、医療器具の方は貴重なのは他エリアにはなく、むしろ病院がある南エリアに貴重なのが集まっていることはここのパンフレットにも書いてます。
なら、西エリアに行けるようになったこの瞬間から必要な物は揃うはずです」
「………そ、そうだな。うっかりしていたよ」
「もうあなたに従順になる気はありません。今すぐ西エリアの薬局に行きましょう」
「あ、あぁ。勿論だよ、約束だからね」
口ではそう言うカーソンだが、顔には湧き上がる不満さが滲みででいた。
だが、銃を突き付けられ、基本的に親に頼り切った人生を送ってきたカーソンが刃向かう度胸もなく、仕方なくシノアに言われるがままに西エリア薬局に向けて歩き出す。
そんなカーソンにエミルはいつか絶対に殺してやるという思いを込めた視線を向けていた。




