第43話
今回の騒動は南エリアと西エリアに住む者達にとってはまさに怒涛の展開であったと言えよう。
突然の粛清命令から始まり、次から次へと流れるスピーカーの声に訳が分からずに呆然としていると、やって来た武装集団によって南・西の両エリアはスピーカーの支配下から独立したと伝えられた。
そして、自分の身は自分で守るために、支配からの脱却の象徴であり我々は誰も上にも下にもおらず平等であることを表すためにと言われ、人々はよく分からない内に武器を与えられる。
当事者以外は何が起きたかも理解していないのに関わらず、人々は与えられた自由に喜び、少し前まで自分達に平和と秩序を与えていたスピーカーを悪魔と罵り始めた。
さらに、この革命の立役者であるデニスのことを英雄のように奉り始める。
西エリアの某所では人々が輪になり、英雄によって解放されたことを喜び合い、今までの支配者のスピーカーへの恨み言を言い合っていた。
この光景は珍しくもなく、西エリア・南エリア全体でこのような輪が何個もあり、この輪もその1つにすぎない。
「………ふざけないでよ」
輪の外からそんな水を指すような声が割り込んでくると、輪を形成していた人々は折角の良い気分を害され、声の聞こえてきた方向を睨むように一斉に見る。
そこには清楚な見た目の女性が、その外見を台無しにするように鋭い目付きで睨み返してきていた。
「………なんだ、お前?」
「あっ、待て待て。この女、見覚えあるぞ」
「確か、教典とか言って変な本を配ってた奴だな。名前はティナとか言ったっけ?」
「あぁ、いたな、そんなの。あの本どっかに捨てたな」
「………ってことは、こいつはあのクソ野郎側の人間か」
誰かが言ったその発言をきっかけにティナを睨む人々の目がより一層鋭さを増し、デニスによって配られた銃をティナに向ける。
銃口を向けられたティナ自身も同じく銃を渡されていたが、その銃を向け返すようなことはしなかった。
「いいか…お前のご主人様の時代はもう終わった。誰もお前なんぞは守らない」
人々は黙って睨むだけのティナを怖気づいたと判断したのか、威嚇するように距離を詰め始める。
ティナは相変わらずその場で黙って立っているだけで、そんなティナに気を良くした人々の内の1人が銃口でティナの額をつついた。
「………愚かしい」
「は?」
されるがままにされていたティナがようやく口を開き、発せられた言葉は侮蔑の感情を隠そうともしていなかった。
額を突付いていた人物は折角の気分を台無しにされたと苛立ち、突付いた銃口を額にグリグリと押し付け始める。
「今、何って言った?」
「愚かですよね、あなたたち。昨日までは主様の元で何の苦労もせずにうまい汁だけを啜ってたくせに。
主様の考えを理解できないデニスという男は愚かだけど尊敬もできる。実際に自分で考え、行動を起こしてるから。
でも、あなたたちは違う。何が正しいかを考えることを放棄して、いえ、考える知能もない。
ただただ、その場で一番強そうな人を正しいとしてバカみたいに媚びへつらう。
それを愚かと言わずに何と言う?」
「………つまり、俺達が昨日まではスピーカーが作った楽園とやらを何の疑いも持たずに暮らしていたのに、いざ下克上が起きると今までの恩を忘れて新しいトップを何の疑いも持たずに受け入れている。
そのことが気に食わず、愚かであり考える知能もない存在の行為、そう言いたいのか?」
「………わかってるじゃない」
「そりゃ、そうだ。ちゃんと自覚してるからな。俺達みたいな考える知能もない存在をそうやって生きていくしかないんだよ。
強い木に群がり、おいしい所を齧りつくし、枯れたら別の強い木に群がる害虫みたいなもんだ。だが、それが俺達にとって最も楽な生き方。
俺達は強い奴が正しいかどうかなんてこれっぽっちも気にしてない。重要なのは啜るうまい汁があるかないかだけだ。
そんな俺達から言わせれば愚かなのは枯れた木にいつまでも固執するお前だ。
これまでもお前みたいなのは何人かいた。そして、これからもどんどんと沸いて出てくるだろう。
自分のことをしっかりと考えて行動をし、他の愚か者共とは違うと思ってるのかもしれないが、所詮はその内の取るに足りない1人なんだよ、お前は。
あまり、出しゃばらない方がいいぞ。スピーカーが失脚した今、お前みたいなのが真っ先に死んでいくぞ」
「………長々と変な屁理屈こねて。用は意気地のないだけでしょ?」
「はぁー。あーあ、やっちまったな。人が親切心で忠告してやったのに。別にここでぶっ殺してやってもいいんだぞ?
お前はスピーカーの信者ってことは西だと有名だから、どうせすぐ死ぬだろうし」
そう言うと男は額に押し付けていた銃の引き金に指をかける。
男は脅しではなく本気でティナのことを殺すつもりでおり、ティナ自身も目の前の男の殺気が本物であることは感じていた。
だが、ティナは逃げることも命乞いすることもなく、それどころか男を小馬鹿にするような笑みを作り始める。
男はそんなティナにこめかみに青筋を立て、銃の引き金を引こうとした。
だが、その銃が撃たれる直前に横から伸びてきた手が、男の銃を持つ手を掴み、その手を上に持ち上げる。
当然、銃口も手と一緒に上を向き、ティナの頭は狙いから外れてしまう。
「なんだ、てめぇ?」
「………ジャック?」
男は突然現れて自分の手を持ち上げてジャックを非難し、ティナは驚きのあまりポツリと漏らすように呟いた。
当の本人であるジャックは少し困ったように苦笑いを浮かべている。
「てめぇもスピーカー側ってことか?一緒に殺してほしいってことか?」
「いや、むしろ俺はスピーカー反対派だよ。ただ、知り合いが殺されそうになってたから、つい」
「おいおい、反対派なら黙って見てろよ」
「知り合いが殺されるってのは目覚めが悪いというか、なんというか」
「………うぜぇな、お前も殺すぞ」
男はティナに向けていた銃を今度はジャックに向け、これには流石にジャックも頬を引きつらせ、ティナは焦ったような声を上げる。
「ちょ、ちょっと!この人は関係ないでしょ!?」
「うるせぇ、悪いのはこいつだ」
「止めた方がいい」
男はティナの声など聞く耳を持たず、ジャックを撃ち殺そうとするが、それを制止する声を背後からかけられた。
自分の行動を何度も何度も止められた男の苛立ちはピークに達しており、背後から声をかけた人物を視線で射殺さんばかりに睨みながら振り返る。
「誰だよ、おい!?」
「チャック・ギネスだ。俺の名前はどうでもいい。
俺が言いたいのは、君が殺そうとしているそこのジャックという男は殺さない方が身のためだということだ」
「チャックだが、ジャックだが、マックだか、ファックだが知らねぇが、あまり俺を怒らせるなよ!殺すぞ!」
「武器を与えられていきり立つのは構わないが、そこにいるジャックが何者なのかわかってないようだな」
「はぁ!?知らねぇよ!?」
「ジャックは西エリア解放した張本人だ。つまりデニスの右腕のような存在、その意味がわかるよな?」
「………それが嘘じゃないって保証は?」
「信じる信じないは勝手にしろ。だが、そこにいる2人はそれだけのリスクを犯してまで殺すほど憎いのか?」
「チッ、わかったよ。今回は見逃してやる」
男は不服そうにそう言うとさっさとその場を去って行き、いつの間にか蚊帳の外になっていた男と一緒に輪を作っていた人々はこっそりとその場を去って行く。
そして、その場に残されたティナ・ジャック・チャックの3人の間にはどことなく気まずい空気が流れる。
「あー、その助かったよ。ありがとう、チャック」
「ん?いや、俺はジャックにお礼をしようと思って捜してたらたまたま見つけただけだから。これで礼は済んだってことで。
俺は再会した家族との団欒があるから、行くよ」
空気を打破すべくジャックがした発言をきっかけにあっさりとチャックがどこかへ行ってしまい、残された2人の間には先程の比ではない気まずい空気が流れる。
「………ありがとう」
今度は気まずい空気をどう壊すかを頭をフル回転して考えていたジャックの耳に小さな声が聞こえてき、ジャックが声が聞こえた隣を見ると、ティナが落ち込んだようにうつむいていた。
「………どうして、あんな事したんだ?下手したら死ぬって少し考えればわかるだろ」
「うん、わかってた。私も死にたいわけでもない。
ただ、なんか悔しくて居ても立っても居られなくなって。最後は私もムキになってた」
「気持ちがわからないわけでもない。ただ、死んだらそれまでだ」
「わかってるよ。わかってたよ」
「………そうだな」




