第42話
南エリアと西エリアを遮断するシャッターの前に並ぶ武装した集団、西エリア粛清班は緊張した面持ちで目の前がシャッターが開くのを待っていた。
どこか他人事のように放送を聞いていた粛清班の面々は、まさかスピーカーが自分達に事態の収束に駆り出すとは夢にも思っていなかっただろう。
武装して並ぶ粛清班の中にはジャックとチャックの姿もあり、2人は他の粛清班とは一歩引いた位置で声を潜めて何やら話していた。
「ちゃんと言われた通りにやったぞ。これでいいんだよな?」
「ありがとう。シャッターが開いたら後は好きにしていい」
「………よくわからんがこれはデニスって奴の計画なんだよな?この提案はお前が自分でやっちゃダメなのか?」
「俺とデニスは牧場から同じバスに乗って帰還したから、目を付けられてるかもしれないからな」
「ふーん」
チャックは興味を無くしたのか、適当な相づちをうつと、目の前のシャッターが開くのを嬉々とした表情で待つ。
不安や恐怖などの表情が並ぶ中でチャックの表情は浮いているが、そんなことに気をかける余裕がある者は西エリア粛清班の中にはいなかった。
『さて、西エリア粛清班の諸君。早速だが、粛清を始めてほしい。
目標は南エリア武器庫を占拠した2名。速やかに武器庫を取り戻し、西エリアに帰還してくれ』
そんな放送が流れるとほぼ同時に西エリア粛清班の前のシャッターがゆっくりと開き出す。
少しずつ現れる南エリアの姿に何を思うかはそれぞれだったが、誰が何を思ってもシャッターは止まることなく塞いでいた道を開け放っていく。
そして、ついに完全に開ききった南エリアの道に皆が足を竦めるが、そんな中でチャックが我先にと足を踏み出し、その姿に他の面々も仕方なく後に続いていった。
「あ、相手は二人だ。恐れることはない」
「そうだよな、うん、そうだ。装備に暗視ゴーグルがあるってことは闇に乗じるってことだろ。なら、危険はないはず」
「いや、でも相手は武器庫にいるんだろ?向こうだって暗視ゴーグルを使ってくるかも」
『………何の真似だ?』
不安を紛らわすためにも世間話をしながら足を進めていた西エリア粛清班の不安を煽るように突如としてスピーカーの声が辺りに響いた。
何か不測の事態でもあったのかと、恐れながら足を止めていると、さらにスピーカーがようやく取り戻した冷静さをかなぐり捨てた荒げた声でショッピングモール中に放送を流し始める。
『お前だ、お前!何故、そこに…よりによってそこに立ち止まる!?』
ここでようやく西エリア粛清班はスピーカーが何を怒っているのか気がついた。
自分達と同じ西エリア粛清班であるジャックがさも当然のように西エリアと南エリアの境目、つまりはシャッターの真下に立ち止まっていたのだ。
だが、何を考えて立ち止まったのか、そしてスピーカーが何を怒っているのかもその場にいるジャック以外の西エリア粛清班の誰にも理解できなかった。
『何をしてる!早くそいつを殺せ!』
立ち続けに響くスピーカーの怒声に西エリア粛清班は自分達に向けて言っていると気づくと、慌てて銃を仁王立ちしているジャックに向けるが、ジャックがそれを手で制する。
「止めておけ。ここで俺を殺すとお前らは後で死ぬことになる」
その言葉に西エリア粛清班はますます混乱し、銃を向けたまま時が止まったように固まってしまう。
チャックはそんな光景を一人で遠巻きに眺めた後に、まるで他人事のように家族が待つ南エリアに再び歩きだした。
「俺は南エリア武器庫を占拠した犯人とグルだ。その意味がわかるか」
「………つまり、ここを開けることが目的だったと?」
「そうだ。そして、ここに立ち止まれば安全装置が作動してシャッターは下りない。
これで、俺がここにいる限り西と南は解放されるってわけだ」
「ずいぶんと単純な方法だな」
「単純だが、今しかできない手だ。南エリアと西エリアの粛清班、その両方が機能してないと使えない」
「南エリアはわかるが、俺達に撃ち殺されるとは考えなかったのか?現にスピーカーはそう指示してきている」
「さっきも言っただろう。俺は南エリアの反逆者の仲間で、目的は南と西をスピーカーの支配から逃れること。
これで、わかったか?」
「………なるほど。南エリアの反逆者が少数だとスピーカーに思わせて、西エリア粛清班を出動させる。だが、実際はかなりの大所帯だったっということか。
今頃は西エリアに乗り込むために南エリア武器庫に押し寄せてるのか?」
「そう。もし、俺を殺すとその部隊にあんたらは皆殺しにされる。だが、協力すれば一緒にスピーカーから解放されるって感じだ」
「………スピーカーが静かだな?」
「音は聞こえてないはずだけど、南エリア武器庫に道を封鎖していた粛清班を押し退けて向かう一団を見て、全てを悟ったってところだろう」
しばらく待ってみてもスピーカーが音沙汰ないのを確認した西エリア粛清班の一人が諦めたように銃口をジャックから外し、それを皮切りに次々とジャックへの攻撃体制を解く。
その後、ジャックの話が真実であることを裏付けるように武装した何十人という集団がやってき、その集団が運んできた冷蔵庫がシャッター下に置かれた。
あっという間に、実に呆気なく南エリアと西エリアを分けるシャッターは取り除かれ、スピーカーによって作られたチームは解散となる。
その後はデニスの指示の下スムーズに新体制が作られていった。スピーカーと違い放送が使えないため、言伝てでの指示だったが、デニスの想像をはるかに越える早さで、これにはデニスも驚きを隠せない。
そして、デニスはスピーカーからの解放の象徴として武器を南・西の両エリアの全ての人に配布した。
もちろん、これによりスピーカーを支持する者達にも武器を与えることになり、デニスの仲間達は反対したがデニスはこれだけは頑なに譲ることはなかったのだ。
そんなスピーカーからの解放の立役者であるデニスは南エリアのとあるインターホンを使い、スピーカーを呼び出していた。
『何だ?嫌味でも言うのか?』
ワンコールで応えたスピーカーにデニスは優越感に浸りつつ、挑発するような口調で話し始める。
「いや、今どんな気持ちなのかと思って?」
『ふん。先に言っとくがお前のやり方では混乱を招くだけだ。
これでは秩序もクソもない。放っておいてもすぐに南も西も滅ぶだろうな』
「忠告ありがとう。でも、あんたのやり方も似たような物だ。
少し前まであんたに従ってた連中は揃いも揃ってあんたのことを蔑んでいる」
『それでも、平和と秩序はあった。もう少しお前のことを警戒すべきだったか』
「よく言うよ、牧場で俺をケネスに殺させようとしたくせに。まぁ、ケネスはあんたにほいほい従う奴じゃなかったようだけど。
この件もそうだが、あんたは慎重だ。それは認めよう。だけどな、アホのあんたがいくら慎重になったところでたかが知れてるってことだ」
『………さっきから聞いてるともう勝った気でいるようだな』
「何言ってる?お前の負けだよ」
『あぁ、負けだ。負けたが、お前の勝ちではない』




