第4話
ジャックとその家族は何をするでもなく、ショッピングモールの隅で体を寄せ合うようにして座っていた。
ジャックとマイアの間にすっぽり嵌るように体育座りで座っているソフィの口数は少ない。
ジャックとマイアの2人もぼんやりと自分の少し前の床を眺めるだけで元気がまるでなかった。そんなジャックの視界に横から人の足が入り込んできた。
「ヘイ、見っつけた!さっきニコルと一緒にいた家族だよね?そうだよね?」
ジャック達だけでなくショッピングモール内のほとんど人物が意気消沈している中に不釣り合いな明るい声がジャック達のすぐ前から聞こえてくる。
ジャックは自然と落ちていた視線を上げ、足の持ち主を見るとそこにはケイティが満面の笑みで軽く手を振りながら立っていた。
「さっきは挨拶できなくてゴメンね。あの後ゴタゴタしてて。
でさでさ、君達って名簿だした?」
ケイティが座っているジャック達に視線を合わけるように屈みながら聞いてきた。
ゴタゴタしてたというのは、恐らくスピーカーが原因だろう。
スピーカーはショッピングモール内のゾンビの殲滅に成功したという報告した後にショッピングモールにいる人物に次の指示を出してきた。
それは、名簿作成をするので、名前・年齢・性別・職業・知り合い、友人、家族がここにいる場合はそれも明記した紙を提出しろというものだ。
提出場所は中央エリア1階にある物品用の人が乗り込めないほどの小さなエレベーター。
中央エリアとは、このショッピングモールは大きく分けて5つのエリアで構成されおり、その1つだ。
北エリア・東エリア・南エリア・西エリア・中央エリアの5つ。
東西南北エリアはお店などが並ぶ客が入り込める所だが、中央エリアは違う。
中央エリアは監視カメラの映像やシャッターの開閉、ロックの解除などの全てのシステムを操作、閲覧が可能なショッピングモールの中枢部分だ。
現在、中央エリアは1階のみ開放されており、2階より上は電子ロックがかかった扉により入ることができない。
暗証番号も変更されており、スピーカーの主はまず間違いなくここにいる。
「出したよ。家族全員分を。
これを出さなきゃスピーカーのいう楽園の恩恵とやらは受け取れないんだろう」
「それはそうなんだけど、これを出すということはあいつの支持下に入るってことだよ?
よかったの?」
「別にいいよ。
スピーカーのいう平和とやらに賭けるのも悪くはない」
「ふーん。長い物には巻かれろと」
ケイティが感慨深く呟いていると、遠くからニコルの声とドタドタとした足音が聞こえてきた。
「いたいた。おい、ケイティ!
それと、お前ら家族も一緒か。探す手間が省けた」
「あらら、ニコルじゃない。
何?捜してくれたの?」
「そっちの家族もな。
食い物を持ってきてやったぞ。お前らこのままだと餓死しかねないからな」
ニコルがジャックにいくつかのお惣菜などが入った袋を投げ渡した。
ソフィ用なのか少ないがお菓子も入ってる。
「これ開放された食料品売り場から?」
ジャックが袋の中身を確かめながら聞くと、ニコルはあからさまに不機嫌そうになった。
「あぁ。名簿作成が終わるまでの飯だっていって食料品売り場を開放した時はいかに早く食料を確保できるか時間の勝負だと思ったが、あのガーディアンだった連中が独り占めしようとする奴は容赦なく断罪しやがるせいで、皆怖気ついてやがる」
「でも、ニコル。あなた、5人分も持って来て大丈夫だったの?」
「東エリアの食料品売り場を仕切ってるのはケネスのジジィだ。
あのジジィにあんたらの分だと言ったらあっさり許可してくれた。
武器庫が封鎖されてる現状において銃をショッピングモールに持ち込んだ銃待ちは圧倒的に強い存在だ。そして、何故かは知らんが銃待ちはことごとくスピーカーの下僕に成り下がってやがる」
「心理的に力を持つと人を支配したがるとか?」
「それか、連中が銃待ちを闇討ちでもして回ったか、外にスピーカーの仲間がいてこっそり武器庫から銃を流しているか。
どちらにせよ、俺らみたいな銃なしは被支配層だよ。
それはそうと、あんたら名前書いたか?」
ニコルがジャックに問い掛けると、ジャックはソフィにお菓子を与えながら頷いた。
「まぁ、あんたらの選択をどうこう言うつもりはないよ」
「そっちはどうするつもりなんだ?」
「俺?俺はもちろん、書かないよ。
あのクソ野郎の下になんかついてたまるか。レジスタンスに入ってスピーカー野郎の鼻っ柱をへし折ってやる」
「あっ、ごめん、ニコル。
私ニコルの名前書いて出しちゃった。もちろん、私達は夫婦にしといたよ」
「………は?おい、待て。何勝手に出してんだよ」
「だってね。こんな世の中になったんだもん。もう、結婚とかできないから、ね。こういうことぐらいでしか」
「し、しかたねぇなぁ。今回は許してやるが、あんまり勝手なことするなよ」
「うわっ、ちょろっ」
「なんか言ったか?」
「ううん、何も」
いちゃつくニコルとケイティは楽しそうに肩を小突きあっているのを見ているジャックは横槍を入れていいものか考えていると、ニコルの方がジャックが何か言いたそうな顔をしていることに気がついた。
「どうした?」
「いや、さっきサラリと言ってたレジスタンスって何か気になって」
「あぁ。まぁ、噂程度の存在だけど。
スピーカーが名簿提出期間としてとりあえず今日1日をめどにした。
つまり今日中に身の振り方を考えろってことだろ。
積極的にスピーカーを崇拝する層、怯えながらもスピーカーに従う層、このショッピングモールを去る層。
そして、さっき俺が言ったレジスタンス、ショッピングモールに残りながらもスピーカーに反旗を翻す層。
大きく分けてこの4つに別れる。
俺らは一番大多数がいる怯えながら従う層ってわけ」
「そうだよな。冷静に考えればあのスピーカーを信用しろって方が無理な話だ。
レジスタンス的な存在が現れるのも自然なことか」
「俺も噂で聞いただけだが、確実にいるだろうな。
不可抗力だったとはいえ、名前を書いたからレジスタンス入りは諦めるが、このままヘコヘコと従うつもりはない。
スピーカーが何を考えてるかは知らんが付け入る隙は必ずある。
俺は他のエリアの様子も見てくる。恐らくはここと同じような状況だろうが。
おい、行くぞ、ケイティ」
「あっ、うん。ちょっと待って」
ケイティは屈んだ姿勢のまま更に頭を下にやり、俯いているソフィの顔を下から覗き込んだ。
突然の行動にソフィが体をビクンと震わせて、驚いたのかジャックとマイアの袖をギュッと掴んできた。
「お嬢ちゃん、名前は?」
「…ソ、ソフィ」
「ソフィちゃんね。
私ね、あなたみたいな娘と知り合うと必ず言う言葉があるの。私みたいな大人になっちゃダメたよって。
でも、今回はちょっと違う。
ソフィちゃん、大人になれるといいね」
ソフィがケイティの言葉に少し涙目になる。
せっかく落ち着いてきたソフィが再び体を震わせ、怯え始めた。
これにはマイアも堪らず声をあげる。
「ちょっと!子供になんてこと言ってるのよ!」
「こんなことこのぐらいの大きさの子供なら言うまでもなくわかってると思うけど」
「なら、別に言う必要ないでしょ」
「ソフィちゃんは両親が健在なせいで守られてるから自分は安全だと無意識化で考えてる。
本当にソフィちゃんの安全を願うなら子供に警戒を抱かせないと。
ここは確かに、安全かも知れないけど平和ではないから」
ケイティはそれだけ言うと立ち上がって、黙って見守っていたニコルの元に駆け寄った。
「それじゃあ、次会うときも誰も欠けてないといいね。行こ、ニコル」
「…あぁ」
ケイティはもう1回大きく手を振って、ニコルと並んで立ち去って行った。
さっきまでと一緒でぼんやりと座っているジャック達だが、心なしかソフィが怯えている。
ジャックはニコルの渡された食料品を家族に配ると、ソフィの頭をポンポンと叩いた。
「あのケイティって姉ちゃんはああ言ってるが、子供は親に守られて当然なんだ。
ソフィは俺らがいる限り警戒なんてしなくていいんだよ」
ジャックがソフィに笑いかけてみるが、ソフィの表情は浮かないままだ。