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第39話

多数の犠牲を払いつつも終わった牧場作戦から2ヶ月の月日が過ぎた。

その2ヶ月間のショッピングモールは至って平穏といえる。


唯一、平穏とは言い難い出来事はショッピングモール内の全チームの再編だ。

表向きは牧場で多くの人間が失われたせいでチーム間の人数にばらつきが出たため調整とのことだが、実際は牧場からの生還者同士の繋がりを恐れてのことだろう。


他エリアが繋がったとしたら連絡を取り合うために食糧庫や武器庫にお互いに決めた隠し場所に手紙を残すであろうことはスピーカーも百も承知だ。

そのためにはあらかじめいつ管理班やチェック班になるかを知る必要があるが、チームを再編することにより連絡を取り合うのを防ごうという魂胆だろう。

こうすることにより誰に手紙が渡るかがわからなくなるため、安易に手紙を出すことができなくなる。


だが、一度繋がりを持つことができれば手の打ちようはいくらでもあり、それは恐らくスピーカー自身もわかっているだろう。

わかっていながらどうすることもできずに手をこまねいているのがスピーカーの現状である。


そして、スピーカーへの反逆を企てているデニスは、ショッピングモールに戻る前からチームが再編されることはあらかじめ想定していた。

なので、デニスはジャックにバスの中である簡単な指示を出していた。


新しく武器管理班になったチームの誰でもいいから1人、出来れば真面目で気弱そうな人物に『家族からの手紙が武器庫のある場所に隠してあるからそれをこっそりと回収して、渡して欲しい』と頼む、それだけだった。

その際に中身は見ないように言及するようにも指示をだしており、デニスも手紙は糊付けをした封筒に入れるつもりだ。


管理班は基本的に武器庫への持ち込みは制限されてないが、糊を持っていくような人物はいないだろう。

糊付けされてる封筒を中身を見るなと言われてもなお開封する者は早々いない。

後は武器庫から出た所をジャックが待ち伏せし、開封して糊付けする暇を与えなければ、無事にジャックとデニスは連絡を取り合うことに成功するという寸法だ。


だが、この方法には不確定要素が多く存在する。


まず、糊付されていても遠慮なく封筒を開ける人物に頼んでしまうかもしれないという点だ。

ジャックができるだけそうならないような人物を見極めるつもりだが、絶対ではない。


他にも、手紙を開けなかったとしても手紙のやり取りをしていることがその人物からスピーカーに伝わる恐れもある。

デニス側からの手紙はデニスがある程度信用を置く人物に任せるが、ジャック側はそうはいかない。


そうなった場合に備えてデニスは手紙の内容から自分に繋がらないように細心の注意を払っている。

手紙を隠すのはデニスとは別の人物で、ジャックからの手紙はデニスではなくエミル宛てだ。

いざとなればジャック達を切り捨てればいい、デニスはそう考えていた。


ジャック達に細かい尋問をすることができればデニスの存在はすぐにわかるだろうが、スピーカーは中央エリアに引き籠もっておりそんなことはできない。

スピーカーにできるのは粛清班に殺させるか殺させないかの2択だけだ。

デニスとしてもこのままスピーカーにバレないのが最良だが、もしジャックが粛清されるような事態になっても愛する家族とこっそりと連絡を取っただけで粛清されたという事実は煽動に使える。


このようにデニスはどう転んでもいいように幾つかの予防線を張っていたが、結果的にはそれら全ては徒労に終わった。

これと言った問題も起きずにデニス達は手紙のやり取りをし、逆に気味が悪いぐらいだ。


だが、あのスピーカーがエリアを跨いで手紙を出し合っていると知って放置してるとは思えない。

デニスのような存在を疑って泳がせているという可能性もあるが、スピーカーは不安の種はすぐに取り除こうとするタイプだ。

何もないということはスピーカーは気付いていない、デニスはそう判断していていた。


もしかしたらスピーカーは牧場の件でデニスに漠然とした疑いを抱いているかもしれなかった。

だが、スピーカーがどのような思惑を持っていようが持っていなかろうがデニスにはもう関係ない。












(やれる事はやった。スピーカー、お前が何か策があるのかないのか、それはすぐにわかる。だが、そんなことはどうでもいい。どちらにせよ、俺としては問題ない。


あぁ………今日は記念日になるぞ。人類が救われた記念の日だ)


デニスは南エリアの室内にある広場を見下ろせる所で1人で考えふけっていた。

広場にはチラホラと人が見えるが、どの人も笑顔や希望とは無縁といった様子だ。

だからといって絶望しているわけではない。


「………デニスさん」


最後の光景を噛み締めるように眺めていたデニスを邪魔する声が割り込んできた。

デニスが仕方なくその声の方を向くと、そこにはエミルが立っており、その顔は不安そうに歪んでいる。


「どうした、エミル?」


「その………今さらなんですが、これが正しいんでしょうか?」


「本当に今さらだな。お前も乗り気だっだろ」


「確かに最初はそうでした。強引なやり口が男として許せなくて………けど、この2ヶ月のショッピングモールは平和でした。

今のショッピングモールが正しいかはわからないですが、この平和をわざわざ壊すかもしれないことをするのは」


「………一理ある。だがな、最初に強引な手を使ったことは変わらない。いつまた牙を向くかわからん。

安心しろ、俺はスピーカーとは違う」


「それは、そうですが」


「それにもう遅い。始まるから黙って見ていろ。

記念すべき日なんだぞ」


「き、記念すべき日?デニスさん、何言って」


エミルがよくわからないことを言い出したデニスの顔を覗き込んでみると、デニスは心底楽しそうに笑っていた。

今まで見たことないほど深い笑みだが、その笑顔を見たエミルは何か言い知れぬ悪寒を感じる。

このまま放っておくと取り返しのつかないことになる、エミルの頭の中ではそんな警告が鳴り響くが、エミルは動くことができなかった。

だが、黙って見過ごすわけにはいかない、俺がやらなきゃ誰がやる、そう自分に言い聞かせてエミルは言葉を絞り出そうとする。


「あ、あなたは武器と食材の倉庫を占拠して粛清班も味方につけることによる平和的なスピーカーとの交渉をする、そう言ってたじゃないですか!?

だけど、今の様子を見てるとそうは思えない!

もし、強引な手段を使おうとしているなら俺は確かに反対する!だから、俺に嘘の作戦を教えたっていうなら理解できるし、納得もできる!

でも、やっぱり!今のデニスさんがショッピングモールの平和を望んでいるとは思えない!

答えて下さい、いったい何がしたいんですか!?」


エミルは自分の正義感を奮い立たせ、いきり立った声を出すと、一度開いた口は止まることなく言葉を吐き出し続けてしまう。

全身をわなわなと震わせながら叫ぶように捲し立てたエミルに対してデニスは大きな反応を示さず、エミルの質問に答えたのか独り言を言ったのか定かではないが、ポツリと口を開いただけだった。


「人類の救済の時間だ」


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